焦点 独善国家「米国」の危険性

             前泊 博盛

2001.10.20 206


 アフガン攻撃に出撃する米戦闘機

 米国本土で起きた「同時多発テロ」事件に対し、ブッシュ米国大統領は英国とともに十月七日、アフガニスタンへの「報復爆撃」を開始した。爆撃は十一日現在、四日間継続されており、空爆の被害はブッシュ氏が攻撃目標とする「タリバン」の軍事拠点以外の一般市民をも巻き込み、さらにNGO事務所の「誤爆」報道も伝えられ始めている。

 「見えない敵」からの自爆テロによる首都ワシントン(国防総省)と商都ニューヨーク(世界貿易センタービル)への攻撃を受けた軍事大国・米国は、その威信を傷つけられ、完全に冷静さを失っている。米国中に愛国主義者があふれ、星条旗が飛ぶように売れる。多様な価値観を認め、思想・言論の自由をうたう米議会では、報復攻撃を認める決議が満場一致で可決する勢いすらみせた。「誰かが抑制を効かさなければ」と危機感を抱いく民主党の女性議員が、たった一人で反対票を投じたのが印象に残ったほどだ。

 ここで冷静に、もう一度「事件」をおさらいしよう。事件は九月十一日午前八時四十五分から十時十分にかけて、複数の犯人グループによって四機の米民間機がハイジャックされ、うち二機がニューヨークの世界貿易センタービル北棟と南棟に次々に衝突。さらに一機は首都ワシントンの国防総省ビルに突っ込んだ。もう一機は、ペンシルバニア州南部のピッツバーク郊外に墜落した。

 犠牲者の数は四機の航空機の乗員乗客二百六十五人、国防総省百二十四人、それ世界貿易センターの崩壊による行方不明者約五千五百人を含め六千人を超える大惨事となった。

 事件直後から米国は証拠も示さぬまま「犯人はイスラム過激派」とし、主犯を「オサマ・ビンラディン」氏と断定。その身柄確保にあたってブッシュ大統領はメディアを通じて「生死は問わない」とまで喧伝。さらに「テロリストもテロリストをかばう者も、米国の敵とみなし、攻撃する」と踏み込み、そして十分な確証も示さないままに「アフガニスタン」のタリバン勢力を「同時多発テロ」の首謀者をかばう「敵国」として、十月七日深夜、巡航ミサイルや戦略爆撃機による空爆に踏み切っている。

 空爆を前に、米国は「テロは米国のみならず自由主義に対する重大な挑戦」として世界各国に報復攻撃への同調と支援を求める政治宣伝を行っている。その論拠として、世界四十八カ国の約千二百社が入居する金融ビジネスの拠点「世界貿易センター」が標的とされ、犠牲者が米国にとどまらず多数の国家企業に及んだこと、さらに人的被害にとどまらず、メリルリンチ本社をはじめ世界の主要金融・証券企業、米国を代表する経済紙ウォールストリート・ジャーナルの本社などを含む情報拠点の喪失など、資本主義の司令塔ともいえる中枢部を破壊され、世界同時不況の危険性すらも招いていることなどをあげている。

 しかし、はっきりと認識しなければならないのは、テロに狙われたのは、紛れもなく「米国」である。英国でもフランスでもドイツでも、そしてもちろん日本でもないのである。

 「世界の警察官」を自負する米国は、最も安全であるはずの商都と首都、しかも国防の要「ペンタゴン」を直接攻撃され、覇権大国の威信と誇りを打ちのめされたかもしれない。しかし、だからといって世界中を「報復戦争」という殺戮戦に巻き込むべきではない。

 世界中が「なぜ?」と問う中、米国は「犯人はイスラム教過激派、主犯はビンラデインだ」と主張し、その証拠の開示を求める声にも応えることなく、「テロリストを匿う国」としてアフガンを名指しし、空爆によるアフガン国民の虐殺を正当化している。

 そこには「情報の独占」による米国の「一国正義主義」的な横暴さがみえる。

 米国がいうイスラム過激派がテロの犯人だとしよう。では、そのイスラム過激派に武器、弾薬を与え、十数億ドルもの資金を提供し、軍事顧問を送り、ゲリラ集団に育てあげたのは誰か。アフガン紛争時に「対ソ戦略」として支援したのは、ほかならぬ米国である。

 米英の夜間空爆を迎撃するタリバン兵士の武器は、アフガン紛争時に米英が供与した米国製スティンガーミサイルや英国製の携行式地対空ミサイルと聞く。

 「危機」を売り、「武器」を売り、戦争や紛争に介入し、反発を買うと「敵」とみなし抹殺するという米国流政治の矛盾が見える。

 冷戦の影で膨張してきた米国軍需産業の支援も受け大統領に当選した父・ブッシュは、低迷する支持率をイラク爆撃で押し上げた(八九%の高支持率を獲得。しかし「軍事拠点をピンポイントで爆撃し民間人の犠牲はない」と喧伝した爆撃は、その後報道管制が解けるや民間人に多数の犠牲を出していたことが発覚。翌一九九二年十一月の大統領選挙では再選されず)。

 戦争を「国内政治」の支持率アップに利用し、軍需産業に「特需」を与え、同盟国に巨額の戦費分担を求める。ベトナム戦争の教訓を生かし、国民の血は流さず、戦闘や殺戮は常に外で行う。米国民はゲーム感覚でコーヒーを片手にテレビで爆撃シーンを眺める。今回の自爆テロは、そんな圧倒的な軍事力や経済力を持つ大国への小国の抵抗にも映る。唯一の覇権大国米国の「傲慢さ」に対するアンチテーゼにも思える。

 なぜ自爆テロは起きたのか。なぜ米国は狙われるのか。かならず理由があるはずである。

 その徹底究明こそが、今回の同時多発テロの再発防止、テロ撲滅という抜本解決策である。報復攻撃という血で血を洗えば「目には目を」のコーランの教えが牙を剥く。「聖戦」を信じ、テロにに殉ずる若者を増やすことなのない対話と交渉こそが求められている。

 湾岸戦争の際にも米国は「交渉による解決の可能性が約六回あった」にもかかわらず空爆という軍事的手段を選択したともいわれる。その湾岸戦争を米国は「クエート侵攻に対するイラクへの国際的な制裁戦争」とした。だが、その戦争は国際的な制裁を決める国連決議を得られず、従って「国連軍」ではなく「多国籍軍」によって行われた。国連の機能不全が露呈し、危機感が募った。その反省を踏まえ「国連中心の新世界秩序」の建設を訴えたのも、他ならぬブッシュ大統領(父)であった。だがその教訓は、どこに消えてしまったのであろうか。米国の一国正義主義に警鐘を鳴らす役割を「国連」「安保理」に期待するのだが、沈黙を続ける「国連」に、いま疑問と不信感が募る。ましてや対米盲従で違憲も厭わず米軍支援法成立に勤しむ日本の政治には、呆れて言葉も出ない。

 余談だが、在日米軍基地の大半を抱える私の出身地・沖縄では、冷戦終結による平和の配当を受けることなく、今回のテロ事件を契機に始まった「新たな戦争」で、武装米兵による基地周辺の警備強化や米軍基地への報復テロへの恐れなどから観光客が激減し、県経済への深刻な打撃を受けている。


まえどまり ひろもり/九州大学大学院 助教授

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