論壇 「つくる会」教科書から日本の保守構造を読む

                    小森 陽一

2002.1.20 209−2002.2.20 210


 新しい歴史教科書の極東裁判のページ 


 「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」と略称)が主導して編集し扶桑社から出版された中学校歴史教科書は、文部科学省の検定の段階で一三七カ所の修正意見が付けられたが、「とにかく検定に合格するため」という、学問的良心とは無縁なかたちでその部分を書き直して、世にだされることになった。マスコミでもすでに指摘されていた、この教科書の「近隣諸国条項」に抵触するような記述には修正がくわえられた(「近隣諸国条項」は、一九八二年に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解の見地から必要な配慮がなされていくこと」と規程した教科書検定基準)。

 しかしそのことで、この教科書の内容の、いわば枝が切り落とされて、幹が非常にはっきり見えてきたということができる。一言でいえば、その特徴は二点ある。ひとつは近代に入ってからの日本が行なった侵略戦争を美化するということである。この侵略戦争は、陸海二軍の統帥権をにぎる天皇の責任(主体)において遂行されたものであるが、これと関わって、二一世紀からの天皇制を再定義していくというのが、今ひとつの特徴としてある。

 「つくる会」歴史教科書の前書き的な部分に、「歴史を学ぶとは」というコラムがある。そこでは、「歴史に善悪を当てはめ、現在の道徳で裁く裁判の場にすることもやめよう」「歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである」と書かれている。

 今の中学生たちが歴史を学ぶにあたっては、現在に生きる彼らが、未来をどう生きていくかという視点から、過去の出来事に対してどういう判断を持つのか、というのがいちばん大事なことである。ところが、この歴史教科書の観点に立つならば、中学生たちはこの事について、まず思考停止しなければならなくなる。考えるのをやめ、過去の人たちに感情移入しなさいと、この教科書は言っているのである。

 また、「歴史を学んで」と題するこの教科書の締めくくり的な部分では、つぎのように書かれている。
 「日本は外国の軍隊に国土を荒らされたことがないので、外国を理想にしても、独立心を失わない幸せな国だったと前に書いたが、大東亜戦争(太平洋戦争)で敗北して以来、この点が変わった。全土で七〇万人もの市民が殺される無差別爆撃を受け、原子爆弾を落とされた。戦後、日本人は、努力して経済復興を成し遂げ、世界有数の地位を築いたが、どこか自信を持てないでいる」

 「本当は今は、理想や模範にする外国がもうないので、日本人は自分の足でしっかりと立たなくてはいけない時代なのだが、残念ながら戦争に敗北した傷跡がまだ癒えない」

 この記述にあるように、日本人が「自信を持つようにして、戦争に敗北した傷跡を癒す」というのが、この教科書のねらいとしてある。これを単純な論理だけから見ると、大東亜戦争に敗北した日本人が自信を失ってその傷が癒されていないとすれば、もう一度、大東亜戦争と同じ戦争をやって、それに勝つということでしか、日本人は自信を回復できないし、敗北した傷は癒せないということになる。したがって、この歴史教科書のいちばん根底にあるのは、こうした潜在的な「好戦史観」「煽戦史観」だ、ということができる。

           *  *  *

 けれども、「つくる会」とその運動にかかわっている勢力は、基本的には日本の右派・保守勢力なので、現時点において、日米安保体制を堅持する立場に立たざるをえない。それで、「東京裁判史観は許せない」などと言い、ある所で反米感情をかきたてながら、結論的にはアメリカに追随していくという、根源的な矛盾をかかえている。

 つまり彼らは、勝者が敗者を裁いたという東京裁判史観を批判しながら、実際にこの教科書のなかでアメリカを批判しているのは、GHQ(連合軍総司令部)に占領されていた時期に、「大東亜戦争を悪しき戦争とする見方を日本人にうえつけた」ということだけなのである。その一方で例えば、彼らが「日本人に自信を失わせた」というアメリカ軍による無差別爆撃や原爆投下などについては、「戦争と現代を考える」というタイトルで「戦争の悲劇」「ナチスによるユダヤ人虐殺」「くり返される国家による犯罪」と三つに分けられたコラムのなかの、「戦争の悲劇」に記述されている。したがって結局、サンフランシスコ講和条約以降の日米安保体制については、まったく問題にできないのである。ここに、「つくる会」とその「新しい歴史教科書」を採択せよという運動をつづけている勢力のかかえる最大の矛盾があるということができる。

 だから彼らは、アメリカともう一度、大東亜戦争のような戦争をやるという選択肢をとることはできないのである。そこで、二番目の選択肢はどうなるかというと、アメリカと一緒に同じ戦争をやり、その戦争に参加して勝つ、そのことによって日本人の自信を回復するということになる。

 こうした勢力の動向と、小泉純一郎が総理大臣になって以降のうごきは、つながっている。小泉内閣が生まれると、ただちに、集団的自衛権の行使とそれに伴う憲法第九条のさらなる解釈改憲、そしてあわよくば改憲にすすもうと主張していることは、「新しい歴史教科書」の採択をすすめるうごきとつながっている。

 つまり、冷戦構造が崩壊して以降、「世界の憲兵」の役割をはたしているアメリカにアジアですり寄りながら、アメリカに従属する政治的軍事的経済的同盟のなかで、アメリカと同じスタンスに立って自信を回復するというのが、こうした保守勢力の方向なのである。もちろん、バブル経済の時期には彼らにも、経済的にアメリカに勝つことができるという幻想があったが、それは崩壊してしまった。

 こうして、アメリカと一緒に戦争をやるという軍事行動に自衛隊が参加することになれば、今までの国連PKO(平和維持活動)や海外派遣の枠組みを大幅に拡大していくことになる。そのためには、新ガイドライン(日米防衛協力指針)関連法をさらに実質化し、現在の米ブッシュ政権下でアーミテージ国務副長官の発言にあるような「ガイドラインは最低限であり、上限ではない」という要求に応じていかざるをえないことになる。

 自衛隊がアメリカの軍事行動に参加すれば、まず自衛隊の指揮権のことが必ず問題になる。はたして自衛隊が本当に日本を防衛する軍事力なのか、ということについて、そうではないことが明らかになる。つまり、自衛隊はアメリカのアジア戦略のなかで動かされるひとつの駒にすぎないということが明らかにならざるをえない。一九九〇年代には、沖縄を中心に米軍基地の問題、米軍が日本に駐留していることによって発生する様々な問題についての議論が起こり、今もつづいている。自衛隊の軍事行動の枠組みを拡大させれば、こうした問題が、よりいっそうはっきりした形で、国民の批判にさらされざるをえなくなることを、日本の保守勢力も予測しなければならない。

           *  *  *

 そしてさらに、自衛隊が実際の軍事行動に参加すれば、死者が出ることになる。この問題について、彼らはあらかじめ解決しておかなければならない。具体的には、アメリカとともに軍事行動を行なって自衛隊に死者が出た場合に、その死を一体どのように意味づけ、どのように弔うのか、ということである。

 日本軍がアメリカ軍と同じ戦争に参加すれば、アメリカのアジア戦略のもとで駒として使われるということになり、死者もそのようなものだということになる。それは、どうしても許されないことである。この問題を解決するためには、どうしても昭仁天皇に登場してもらわなければならない。つまり、アメリカのアジア戦略のなかで死んだ日本人を、それは日本のため日本人のために死んだ軍人なのだ、というように意味づけて、自衛隊員の栄誉、死の栄光を天皇の名において与える必要が生まれてくるのである。

 だからこそ、小泉内閣は集団的自衛権行使の問題を言いながら、その発足当初から靖国神社への公式参拝を公言してきた。また、自民党総裁選に勝利するためにも、靖国公式参拝の問題を出すことで、日本遺族会の会長であった橋本龍太郎から総裁選の票をかっさらっていったという構図になっている。そうした理由から、小泉首相は、「新しい歴史教科書」の問題と連動して韓国や中国からの批判をあびた靖国神社公式参拝の問題で、譲ることができなかったのである。

 こうした動きを見るならば、明らかに、三十数年前に三島由紀夫が『文化防衛論』のなかで言った「文化概念としての天皇」を、歴史全体にわたって構築することを、「つくる会」の「新しい歴史教科書」はめざしていたということができる。三島は、『文化防衛論』の末尾で、「菊と刀の栄誉が最終的に帰一する根源が天皇なのであるから、軍事上の栄誉もまた、文化概念としての天皇から与えられなければならない。現行憲法下、法理的に可能な方法だと思われるが、天皇の栄誉大権の実施を回復し、軍の儀仗を受けられることはもちろん、連隊旗も直接下賜されなければならない」と言っている。

 こういう要請にしたがって、まさにアメリカと同じ戦争ができる国にしなければならない。そのためには、かつての侵略戦争を全否定したままでは、国家のために死ねる人間ができないから、これをとにかくあらゆる姑息な手段を使って肯定的に描き出すということと、昭仁天皇にもう一度、「菊と刀の栄光」を軍人に与えるための天皇として登場してもらわないといけないので、天皇制を再定義するという構図になっているのである。

           *  *  *

 これが、実際の「新しい歴史教科書」の記述のなかでどうなっていくのか。まず天皇についての記述で見ると、これについての批判のなかで、「皇国史観の復活だ」というものがあるが、それは的外れであると私は思う。この教科書は、皇国史観とはまったく違った論理にもとづいて書かれていると言わざるをえない。

 皇国史観とは何であったか、とふり返ってみると、皇国史観がまとめられたのは一九三七年の『国体の本義』だが、その出発点は一八八二年の『軍人勅諭』にある。これはまさに、天皇の統帥権を宣言した最初の国家的な文書であった。そのなかで、日本の国体の正しい在り方というのは、天皇が陸海二軍を統帥している状態だ、これが天皇親政の形だ、したがって天皇の家臣である征夷大将軍(すなわち幕府の将軍)に、軍隊を任せてしまったのは間違いであったという論をのべている。だから歴史観で見ると、源頼朝が一一九二年に鎌倉幕府を開いてから江戸幕府が崩壊するまでは、(後醍醐天皇が親政をしいた「建武の中興」の時期をのぞいて)間違いだったということになる。それで、『国体の本義』で記述されている国体の歴史は、「大化の改新」と「建武の中興」と「明治維新以降」ということになっている。そういう「歴史記述なき歴史」なので、その代替として神武天皇からの歴代天皇の名前を覚えることで、皇国史観の歴史教育はなりたっていた。

 これに対して、今回の「つくる会」の歴史教科書は、まったく違った歴史観に立っている。それはどういうことかと言うと、この歴史教科書には、検定で一三七カ所の修正意見が付いて、そのうち一〇八カ所が近代以降なのだが、それはすべて、日本の侵略戦争を美化する、あるいはその戦争はやむを得ないことだった、という評価からの歴史の捏造が行なわれた部分である。じつは、このように近代の侵略戦争を美化する一方で、この近代の天皇についての記述は徹底して避けているというのが、この教科書の特徴である。明治天皇が登場するのは、明治憲法が制定され、近代の日本人の人格の骨格となった「教育勅語」が発布されたことについて、全文が注釈付きで紹介されている程度である。昭和天皇については、「二・二六事件」を鎮圧したということと、「ポツダム宣言」を受諾したいわゆる「聖断」、そして最後のコラムに「昭和天皇国民とともに歩まれた生涯」と題して書かれているだけである。

 ということは、近代においては『軍人勅諭』でまさに天皇こそが陸海二軍を統帥する大元帥とされ、したがって、すべての戦争行為の責任は法的には天皇であるということを、徹底して押し隠しながら、侵略戦争を美化していくという構図である。そういう理由で、「つくる会」の歴史教科書のなかには天皇についての記述が出てこないのである。つまり、近代の明治・大正・昭和の三代にわたる天皇の統帥権をもった大元帥としての侵略戦争と植民地支配への一切の責任を歴史記述から消しており、その責任を免罪しているわけである。

 こうした「新しい歴史教科書」にあらわれている天皇制の再定義とは、近代がはじまって以降つまり明治憲法の時から、日本は「象徴天皇制」としてやってきた、天皇は直接の権力を担わずに、ひとつの権威、「文化的な権威」としてやってきた、というように描きだすことである。だからこそ、例えば昭和天皇の戦争責任の問題について、「つくる会」などの勢力が一番嫌っているはずの『マッカーサーの回想録』を引用して、昭和天皇の「明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までもゆり動かした」と言わせている。ここに、彼らの最大の眼目があることは、見てとることができるだろう。これと対比して、近代以前の天皇に関しては、天皇は国家の危機に際して常に重要な役割を果たし、幕府と協力して事にあたったと書かれている。そこには、「日本は権力を超えた権威としての天皇の国である」という、一貫した歴史観がしめされている。

 「新しい歴史教科書をつくる会」などの勢力は、現行憲法の第一条から八条までにうたわれた象徴天皇制を肯定し、これにもとづいて、「権力を超えた権威としての天皇」の位置を新たにつくりだそうとしていることが、「新しい歴史教科書」にはしめされている。

 それでは何故、かれらが「新しい歴史教科書」をつくり、その採択を従来のような学校で決定する方式から教育委員会による採択方式に変えよ、と主張しているのか。これまで一度も大同団結したことのない右翼・保守勢力が、「大同団結した草の根運動」をくみたててきたのか。

 その理由は、日本の保守勢力がナショナリズムを主張して、国民を煽ろうとしたときに、ただちに日米安保体制の矛盾につきあたるという問題を解決し、体制を二一世紀型に改変しなければ日本の保守勢力の支配はもたないという危機感にある。つまり、このまま日米安保体制を堅持して、アメリカと協力関係をもち、アメリカのアジア戦略の駒として戦争を行なったときに、そこで死ねる若者をいかにしてつくるのかという、日米安保体制の矛盾を克服することができるイデオロギーを必要としているからである。

           *  *  *

 その背景は何かという問題は、現在の世界的な動向をどうみるのか、ということに関わってくる。一九九〇年代はじめの冷戦構造が崩壊する時期に起こった湾岸戦争と、九〇年代おわりのコソボ問題にからんだユーゴ爆撃という、九〇年代の二つの大きな戦争のプロセスをみると、湾岸戦争はアメリカを中心とした軍事力の一方的な行使がイラクに対して行なわれたのだが、このときには、まだしも国連安全保障理事会の決議にもとづいた軍事行動であった。けれどもユーゴ爆撃は、国連安保理などは完全に無視して、アメリカとNATO(北大西洋条約機構)だけで決定し、しかも爆撃する側が、自分たちは「人権と正義の名において」攻撃するのだといって、一方的な制裁が行なわれた。

 これは、戦争とはいえない。やられたユーゴの側は、反撃もできない。これは、かつての帝国主義戦争、国家と国家のあいだで行なわれた戦争とは、まったく違うものである。つまり、冷戦構造崩壊後「世界の憲兵」となったアメリカのスタンダード(基準)にあわない国家や地域は、問答無用で軍事的に制裁していくという新しい秩序が形成されたのである。そういう意味で、軍事的には、アメリカとNATOで制圧できる地政学的な地域においては、独裁体制といっても良いような状況が、九〇年代にはつくられたということができる。

 しかしアジアでは、中国や北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)があり、隣合わせでロシアがあるというなかで、こうした軍事的な独裁制裁体制が、まだ確立できていない。そのなかで、日本がどうするのか、ということが日本の保守勢力には問われているのである。

 経済的には、IMF(国際通貨基金)体制をふくめてヘッジファンド(デリバティブ=金融派生商品などの複雑な手法で相場の上下にかかわらず利益を追求する投機基金)をうごかしているようなきわめて限られた大資本グループが、一方で、市場は合理的にうごいているという幻想をたれながし、市場原理主義を吹聴しながら、自分たちだけは絶対に損をしないようなシステムをつくりあげている。要するに、経済的には世界的な規模で一部の人たちが儲かる、貴族政治といっても良いようなシステムが機能している。アジアは、このIMF体制に完全にまきこまれており、韓国の経済もIMFの管理下にあることは周知のとおりである。

 そうすると、いわゆるグローバリゼーション(地球規模の国際化)とよばれている、アメリカン・スタンダードの政治・経済・軍事体制のなかで、利益をこうむっている人たちは、ますますアメリカ・NATO従属型になっていく。けれども、そういう人たちは少数である。日本でリストラされている人たちをふくめて、世界の圧倒的多数の人たちは、これから現実に必ず不利益をこうむることになるというのが、この体制なのである。

 この体制に対して、すでに不利益をこうむって、それを批判している勢力の思想的な中心、その下支えとなっているのは、宗教的な原理主義とそれにむすびついたナショナリズムである。本来は、アメリカン・スタンダードのグローバリゼーションに対するカウンター論理(対抗論理)あるいはオールタナティブ(対案)を構築しなければならないのだが、まだ世界的な規模で、ある複数の地域が合意するかたちでのオールタナティブにはなっていない。ただ、イギリス・EU(ヨーロッパ連合)とアメリカとの対立が今回のベネチア・サミットで非常にはっきりしたように、アメリカ主導型の新秩序に対抗する構図が形成されつつあり、日本はこのなかで、完璧にアメリカの側に追随している。しかし、そうでない地域においては、宗教的な原理主義とそれにむすびついたナショナリズムにしか、依拠する基盤がない。

 日本は、アジアのなかでEU的な連合をつくってはいないが、九〇年代をとおして、国民的な現実としては、アメリカン・スタンダード・グローバリゼーションによって、多数の人びとが不利益をこうむるという状況が顕在化している。そして、こういう状況が今後もすすんでいくであろうことは、拭いきれない趨勢である。そうなると、放っておけば、国民的な気分感情が、反米的なナショナリズムに全面的に傾くかもしれないという危険性のなかにある。それは、沖縄問題でも端的にあらわれている。

 したがって、こうした不満が国民諸階層からでてくることに対して、あらかじめ現在の保守勢力が遂行している政策の矛盾を、矛盾と感じさせないような、受け皿的なイデオロギーが必要になっているのである。

           *  *  *

 これまでの日本のナショナリズムは、反共ナショナリズムであることによって、アメリカに追随することが合理化できた。けれども、冷戦構造が崩壊したことによって、反共の要素が消えてしまったので、むしろ、アメリカと対決するようなナショナリズムになりかねないという質をもっている。

 もうひとつ、保守勢力の政策の矛盾を合理化してきたのは、アメリカのマッカーサーとの談合で成立した象徴天皇制が、論理としては、これによって昭和天皇を生き延びさせ、戦争犯罪人としても裁かず、ヒロヒトの戦争責任は、全部免罪したのだから、結果として「国体を護持して守ってきたのだ」という話である。もちろんそれは、東京裁判の結果によって支えられているわけなので、「東京裁判史観ナンセンス」という「つくる会」の主張には矛盾があるが、この「国体を護持することができた」という点を支える論理が、「靖国の論理」である。戦争で死んだ人びとの死を、天皇ヒロヒトを生き延びさせるために役立ったのだ、という一点にもっていって、戦争によるすべての死者の個別的な死を抹殺して、全体的な靖国奉祀(奉仕?)とすることで、国体護持のために死んだのだ、という意味づけがあたえられるのである。

 しかしヒロヒトが死んで、この論理も、息子の昭仁には通用しなくなった。昭仁の背後には、一人の死者もいない。そこで、戦後のヒロヒト天皇制のなかで機能してきた靖国天皇制を、どう再利用するのかということが、緊急の課題になっている。だからこそ、これから死んでいく日本の軍人すなわち自衛隊員に「菊と刀の栄誉」をあたえることのできる主体として、昭仁がもちあげられてくる。

 そのためには、アメリカと同じ軍事行動をやらなければいけないので、「つくる会」の「新しい公民教科書」は、安保条約について記述した、すぐとなりのコラムで安保条約と憲法第九条の問題をとりあげて、集団的自衛権を語っている。この教科書は、ある意味で小泉政権を先取りした教科書であるし、逆にいえば、この教科書が採用されれば、小泉政権の集団的自衛権を行使して憲法を改正していくという路線を下支えする教科書になる。すなわち、根本的に矛盾をかかえている現在の日本の保守勢力の戦後の政策を、いわば「矛盾なきもの」として辻褄をあわせるための、象徴天皇制の再定義ということが、必要になっているのである。

           *  *  *

 この問題と、小泉純一郎や石原慎太郎という大衆煽動型のポピュリスト政治家が、人気を博しているという、現在の国民的な気分感情の問題とは、深くつながっている。それはどういうことか。

 もし、アメリカ追随型で、しかもブッシュ政権の中国までも敵にまわすような政策にしたがっていけば、日本がアジアのなかで孤立することは、はっきりしている。アメリカ追随型の軍事的政治的外交的さらに経済的な政策に、小泉政権のようにべったり従っていけば、まさに国益に反することになる。現実的な政策としては、今の経済的な危機から日本がぬけだして、たとえば雇用が増えるなどという展望は、まったくない。そうすると、現在の「痛みをともなう改革」のなかで、「痛みをおしつけられている」人びとは、「痛みからぬけだす道」をみつけられないまま、当分のあいだ放置されることになる。そして、現実的な政策的展望をもてずに、生活をどうして良いかわからない矛盾のなかにいる人びとが国民の多数派になる。

 その人びとが、論理的に、どのようにしてこの「辛い痛み」からぬけだすことができるのかといえば、現在の小泉型政治に対して反旗をひるがえすしかない。矛盾と真正面から向き合うならば、そうせざるを得ない。これに対して保守勢力としては、そうさせないためには、国民の気分感情の矛先を違うところに向けるしかない。そして、人びとにとって、矛盾と論理的に真正面から向き合うということは、かなりきついことであるし、それを実践していくのは相当な努力を必要とすることである。こうした状況のなかで、国民が政府に反旗をひるがえすといった方向にむかわせないための、保守勢力の処方箋が、「つくる会」の教科書なのである。

 前にものべたように、「つくる会」の教科書は、まず現状に対して思考停止させようとしている。また現実の政治や政策に対しては、「それを議論しても、何も変わりはしない」というシニシズム(冷笑的な態度)を醸成しようとしている。そして「つくる会」の藤岡信勝などが政治的には転向者であることとも関係して、どんなに正しいことをいってもそれには根拠がない、という政治的ニヒリズム(虚無的な態度)が、この潮流の底流には存在している。こうした、思考停止とシニシズムとニヒリズムが正三角形をつくると、その真ん中にはいってくるのは、ナショナリズムあるいは宗教的原理主義しかない。こういう、気分感情の構造が現在の日本では、急速につくりだされている。つまり、このナショナリズムこそが、新しい日本型の原理主義だということができる。もう一度、天皇を中心にして、死者の死の意味を内部に充填するかたちで、「近代の天皇教としての靖国」を利用しながら、保守勢力のイデオロギーと支配体制を再構築していこうとしているのである。

 それでは、たとえば小泉が何故、「痛みをともなう改革」で中小企業を切り捨てるような政策を主張できるのか。これまで、中小企業経営者団体のKSDとむすびついた小山孝雄議員が「つくる会教科書」の路線をしき、それが政府の容認する路線となって各地域の教育委員会に対する陳情や決議が一気にふえてきたのだが、小山がKSD疑惑で逮捕されると、今度は、こうした勢力を切り捨てるということになったのである。こうした政治過程と、「つくる会教科書」の成立過程は深くかかわっており、「つくる会」の運動は非常に「汚れた運動」でもある。

 そこで、日本の近代の歴史のなかでもなかったような、右翼・保守勢力の大同団結運動が何故やられているのか、その意味にもどってみる。現在の日本の小泉型政治、「つくる会教科書」を検定合格させた政治がしいてきた路線は、あらゆる面でアメリカに追随し、アジアからは基本的に離脱し、「無駄な金は使わずに」人びとを切り捨てていくという路線であり、新自由主義とニューライト(新右翼)がむすびつく構造である。他方で、「金をばらまく」路線と従来の保守政治がむすびつく、という奇妙なことになっている。そうなると、政治的経済的外交的に、あきらかに国家は国民の生活の場から退場しているのである。

 こうしたなかで、国家が過剰に迫り出す可能性があるのは、教育の分野だけである。「日の丸・君が代」を法制化し、まずは、教育委員会が校長をとおして「日の丸・君が代」を徹底させるという上意下達型の、下からは動かされないような、国家が現場まで迫り出していくという体制をつくった。そして、教育三法の改正では、「つくる会教科書」が採択されれば、教師は教科書どおりに教育しているのかということが、学習指導要領の実践として問題にされることになる。したがって、「つくる会」などの勢力が、「新しい教科書」を教育委員会が採択すべきだと主張し、「下からの草の根運動」を展開していることは、「日の丸・君が代」を、国家から教育委員会をとおして末端の学校まで徹底させる体制ができるなかで、今度は、教育内容までも教育委員会主導で徹底させようという、下からの運動として展開された。「つくる会教科書」に反対する運動の発展は、それを今、われわれがぎりぎりのところで阻止しているということなのである。

 教育内容までも国家統制型のものにしていく、その教育内容が学習指導要領をとおして教師に徹底され、それを教えない教師を現場から排除していく、そのために校長の職務命令を行使していくこれは、日教組と文部省が村山政権のときに手をむすんでしまった結果の構造化であり、組合破壊の最終攻撃を機構として機能させていくという状況が、今の教育現場にあらわれている。
 こうした教育現場に踏み込んでくる過剰な国家を、どのように撃退するのかということが、この間の教科書闘争に問われたということができる。この闘争は、教育の問題を教職員組合にまかせてしまうのではなく、さまざまな分野からの市民運動としてたたかわれたことに意味があり、教職員組合運動が「共産党系、社会党系」さらにそのなかでも「左派、右派」などというかたちで分かれていって、統一的な闘争をくめない状況にあるなかで、「教科書闘争として」そういった否定的な状況を克服していく、さまざまな芽が各地域でうまれてきたということに意味がある。そうした面で、教育問題をめぐる国家とのたたかいが、教職員組合運動の専売特許という、かつての「五五年体制型」のあり方から大きく変わっていきつつあるということができるのである。


こもり よういち/東京大学大学院・総合文化研究科・教授

  トップページへ  ページの先頭へ