語り方としてのアナクロニズム
  −時代を逆行させる歴史教科書−

               石田 英敬

2002.3.20 211−2002.4.20 212


 扶桑社の「新しい歴史教科書」


 「新しい歴史教科書をつくる会」が編集し検定に合格した中学校歴史教科書がもっている基本的な問題点については、歴史家や教育学者などから、すでに色々なことが指摘されている。それぞれの時代についての歴史的な事実の記述に関する指摘もたくさんある。そこで、私の専門である記号論、コミュニケーション論という方向から、この教科書の問題点を指摘すると、一言でいえば、歴史の語り方におけるアナクロニズムが、この教科書を特徴づけているということができる。それは、どういうことか。

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 この教科書では、「私たち日本」という言い方が、いたる所で使われている。日本という国がとうてい存在しえなかった時代から、まず「日本という国」が前提としてあって、その時代、たとえば新石器時代に日本はどうであったとか、古代において中国がこういう時代であった頃に、日本はどうであった、とかいうかたちで、その時代には存在しなかった、近代においてはじめて成立した国民国家を、さかのぼらせて、その「私たち日本」を中心にして歴史を語ろうとしている。

 これがまさに、「時代を逆行させて、さかのぼっていく、アナクロニズムの歴史の語り方」になっている。そのなかで、日本の文化はこのように優れているとか、独自のものであるとかいう観点が、歴史記述のなかに、逆転して投影されている。

 こうした語り方は、執筆者たちがこの教科書の序文でいっていることと、表面上は矛盾している。何かと議論の対象になったこの教科書の序文のなかでは、「歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである」と書かれている。すなわち、価値観を相対化しなければならない、と彼らは書いているようにみえる。

 ところが、彼らの歴史のとらえ方をみてみると、いま歴史観をめぐって問題になっている、明治以後の近代的国民国家が成立した日本において、その当時の日本人たちがどう考えたかということを、彼らは相対化して、この近代日本についての否定的な評価を取り除かせようと主張している。その一方で、それ以前の歴史についての語り方は、むしろ、彼らが擁護したい近代の国民国家日本というものを、過去にまで投影させており、その時代の人たちがどういう生活をしていたか、その時代にどう生きていたか、という視点とはまったく違ったところから、歴史を語りはじめている。

 これが、語り方としてのアナクロニズムという問題である。「歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである」というのは、じつは詭弁であって、ここで「学ばなければならない」とされている、当の考えというのは、近代日本において、とくに外国に侵略していった、その時代の人がどう考えていたのか、その考えを大切にしなくてはいけない、それを否定的な価値としてとらえるのは、歴史として間違っている、ということである。

 こういう語り方は、まずひじょうに倒錯したものである。物事を語るときに、どういう語り方をしているのか、どういう視点から語っているのか、どういうナレーションを選んでいるのか、私は専門分野から、そういうところに注目している。そこから、この歴史教科書をみると、まずひじょうに固定された歴史のある時期の日本といわれる国民国家を、歴史全体におしひろげ、拡大して、あたかも歴史は無かったかのごとく、時間というものは無く、歴史のさまざまな出来事が人びとの考えを変えていったなどということが、無かったかのように、最初から国民国家日本というものを基本にした、物事の語り方になっている。

 この思い入れは、つぎには、神話のあつかい方にもあらわれている。この教科書を使わされる中学生にとっては、ひじょうにわかりにくいと思うが、この歴史教科書では、事実を語ることと、神話を語ることが、連続的に記述されている。ある箇所で、それが、ひとつの歴史上のエピソードであるかのごとく、神話がそれとなく(というより、これ見よがしに)挿入されている。それも、神武天皇の話であったり、日本武尊の話であったり、おきまりの昔ながらの皇国イデオロギーの神話が、語りのなかに忍び込まされている。あたかもそれが、歴史と区別できないかのごとく、配置されている。これは、ひじょうに大きな問題である。

 こういう語り方のなかで、その頃の日本はこうであった、日本はじつは中国に負けていなかったとか、朝鮮に出ていったのはそれなりに理由があったのだとか、語り手の思いがナレーションとして、かならずつきまとっている。これも、近代の国民国家として侵略をおこなった「日本の私たち」を基点にして、それを擁護する語りをえらんでいるので、こういう語り方になるのである。

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 歴史の語り方の問題が、どうして重要かというと、文部科学省は、この教科書の検定でさまざまな修正を付けたけれども、それを合格させてしまったということと、じつはむすびついている。というのも、従来の歴史観における係争というのは、歴史の事実をめぐるたたかい、どういう事実が語られているかというレベルでのたたかいであった。ところが、この歴史教科書の「ある意味での新しさ」、「つくる会」の人びとがおこなっている「戦略の新しさ」というのは、どういう事実を語るかということだけでなく、むしろ、どういうように語るか、どういうように「思い入れを語るか」、「私たち日本」がどういうように歴史を語るか、というところに価値観を設定しているということにある。

 「どういうように歴史を語るか」というのは、「どういう事実を語るか」という検定では対処できない問題である。「どういうように歴史を語るか」ということは、いわば自由にされてしまっている。だから、事実の問題について、さまざまな修正を受けたとしても、語られている事実のレベルにおける修正では、どういうようにそれを語っているかということを、チェックしたりコントロールしたりすることはできない。

 そういうレベルで(修正を受け入れて)、検定をクリアーしながら、「歴史をどういうように語るか、ということは、それぞれの民族の自由である」「それぞれの民族には、それぞれの歴史の語り方がある」と、彼らは主張している。彼らは、この教科書の序文のなかで、「人によって、民族によって、時代によって、考え方や感じ方がそれぞれまったく異なっているので、これが事実だと簡単に一つの事実をくっきりえがき出すことは難しい」「歴史は民族によって、それぞれ異なっても当然かもしれない。国の数だけ歴史があっても、少しも不思議ではないのかもしれない」と書いている。これが「語りの相対主義」なのだが、彼らは、こうした「語りの相対主義」という体裁をとって、自分たちの価値観にもとづく語りというものを、一つの歴史だというように主張している。

 このように、アナクロニックな語り方が貫かれたのが、この教科書の特徴である。この教科書の原型になったといわれている、西尾幹二(新しい歴史教科書をつくる会・会長)が書いた『国民の歴史』を読んでみると、すぐにわかるが、とても歴史を語る、という冷静な客観的な歴史の語り方ではない。ひじょうに、自分の思い入れがつよく、自分がこう思うのだから、そうに違いない−−という論理で、語りのレベルで自分の価値観というものを表明して、それにもとづいて、歴史を描き出している。自分たちは日本人なのだから、いろいろな事があっても仕方なかったのだ、それにはこういう理由があったのだ、というように、歴史の事実にたいするルサンチマン(内攻し鬱積した怨恨や憎悪)、不満というものを、語りに動員していくものになっている。

 だから彼らは、歴史の事実に固執しているわけではない。事実などは、彼らはとっては、どうでも良いことなのである。どのように、「国民の語り」のなかに、人びとをひきいれるか、ということだけを目指しているのである。そういう意味では、旧来の歴史を舞台とした価値観の抗争というものとは違ったレベルに、自分たちのたたかいの戦略の焦点をあわせているということができるのである。

 したがって、この歴史教科書の採択をめぐる、教育委員会などの論議のなかで、この教科書の性格付けについて、これは「物語としては良いのではないか」「人物のことが語られているのではないか」「読み物になっているのではないか」という反応が出てくるのは、まさにこの教科書が、書かれている事実ではなくて、「語りのレベル」で何かをしようとしている、彼らの戦略がそこにあるということを、示しているのではないだろうか。こうしたことが、私が研究している専門分野からみると、いちばん重要なポイントだと思う。

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 少し、思想的・イデオロギー的にたちいって、「歴史や語り」という事を問題にすると、かつて「ポスト・モダン論争」というものがあった。物語は事実を写すものではなくて、むしろ事実というのは語りによってつくりだされる効果である、というような主張が一九八〇年頃から、人文科学や社会科学の分野であらわれていた。これは、ひじょうに面白い思想運動ではあったのだが、そういうものが示していたメディア状況、人びとが物事を語ることを支えていた状況というのは、この一九八〇年頃を境に変化している。そのことと、この歴史教科書のように、それが右翼的な形であらわれてきたということとは、連続した問題である。物事を語る、人びとが言葉を使うときに、事実というものが、まずあって、それにもとづいて物事が語られる、歴史ならば歴史が語られるということが、自明ではないという時代に、一九八〇年以降はなってきている。そういう状況と、この歴史教科書の問題は重なっている。

 そこには、いろいろな理由があるのだが、いわば「メディア状況」や「情報」という問題にむすびついており、「確固たる事実が保証されなくなった世界」に、われわれが生きているということである。こうした状況にかこつけて、それでは何を言っても良いのだ、どういう語りをしても良いのだ、「事実は逆に構成されるものだ」というようなタイプの政治的なイデオロギー戦略というものが描けるようになったという背景がある。だから、この歴史教科書と、「ポスト・モダン状況」というのは、ある意味でひびきあっているということができる。

 したがって、たとえば『産経新聞』のようなメディアが、「新しい歴史教科書」の主張を推進するような、政治的な言説を結晶化する極になってくるということも、そういったメディア社会の状況とむすびついている。メディアというものが、「事実を伝える」のではなくて、メディアそのものが「事実をつくりだすことができる」というような、言葉の使い方が一般化してくるなかで、『産経』のような新聞社が、『朝日』のような新聞社にたいして、「正統的なもの」を覆すような戦略、「進歩的」にたいしては「反動的」、「良心的」にたいしては「煽情に導かれた」、「事実認定的」にたいしては「事実は括弧にいれて」・・・というような、キャンペーンだけによるメディア戦略というものが、描きやすい位置に『産経』というのはある。ある程度大きい新聞社だが、「文化的な正統性からは排除されている」というのが、『産経』の位置であり、同じように、アカデミズムの世界(学問的な世界)からは排除されている「正統性を持たない人たち」が、これとイデオロギー的にむすびつくというのは、いわば法則化された関係である。

 そうした勢力が、もしメディア界において優位にたっていれば、政界とは一線を引くこともできるのだが、メディア界において弱い立場にいる場合ほど、政界のあるタイプとむすびつきやすいという力学が、ここには存在している。こうしたなかから、そのメディア的な状況にもとづいた政治的言説というものが、うみだされてくるし、そうした人びとは、自分たちの価値観というものを、戦略的に言説としてつくりだしていく、そのような仕組み(マシーン)が、出来上がってきた。こうしたメディアもふくめて、政界、イデオローグ、教育界の一部の人たちを、ひじょうに組織的につないでいくというのが、「つくる会」の人たちのやったことである。

 このように、一九八〇年代からの「ポスト・モダン論争」以降の、事実というものが表現との関係でもっているステータス(位置づけ)の変化というものを利用して、つくりだされてきた「語りのあり方」というのが、この「新しい歴史教科書」がもっている重要な問題なのである。

 これと関連して、いろいろと注意しなければならないことがある。一九九〇年代以降、「国旗・国歌法」など、一連の全国大手新聞のメディア現象をとおして、「ナショナリズム(民族主義)の新聞」というのも「再定義」されてきた。「新しい歴史教科書」がつくりだした「言説のタイプ」というのは、こうしたものとも、呼応する余地がある。

 たとえばスポーツで、私は「スペクタクル社会(劇場化社会)」と呼んだのだが、この現象は、シンボルがメディアのなかで増殖することによって、人びとをひきつけていく、人びと自身が、イデオロギー的にそういうシンボルをもっているのではなくて、メディアのなかで、逆にそれがイデオロギー的につくりだされ、人びとがそれに組み込まれていく−−というように、人間の思想がまずあって表現があるのではなくて、逆転した言説のあり方である。

 「新しい歴史教科書」も、これと同じように、事実というものが比重をせばめていって、語り方によって、何でも自分の欲望を証言することができる、という語りのタイプなので、「日の丸・君が代」問題にみられるように、メディアをとおした全国新聞の再配置というものと、この教科書の語りは、ひじょうに親和力があるのである。

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 「新しい歴史教科書」を特徴づけている、歴史の語り方としてのアナクロニズムについては、たとえば、NHKの大河ドラマをかんがえてみると良い。北条時宗の時代には、日本はもちろん現在のような形の国ではなかったのだが、テレビでドラマ化されると、あたかも、現代の日本人の生活というものが、そこにあったかのように投影される。テレビをとおして、歴史上は本当はそうではなかった事実までも解釈されていく、というアナクロニックなメカニズムがはたらいているわけである。

 これと同じように、「新しい歴史教科書」の語り方は、縄文時代までさかのぼって、現在の日本を投影していくというものなので、批判的なリテラシー(教養)というものをもっていないと、こういう言説にのみこまれる可能性がある。たとえば、テレビをとおして歴史をみていると、この教科書のような言説とひじょうに親和作用があって、「お話として面白いではないか」「物語として良いではないか」−−「われわれ日本人は・・」−−というような思考回路ができてしまう可能性が十分にある。

 「新しい歴史教科書をつくる会」の人たちが、もっとうまくやれば、本当にそうなったかも知れない。ところが、彼らには非常にイデオロギッシュな、あらかじめ決まったテーマというものがあって、教科書のなかには神武天皇を入れなくてはいけないし、教育勅語も入れなくてはいけないという、彼らが自分自身に課している掟のようなものがあるので、こういった語り方の路線をうまく消化することができていないのである。

 歴史というのは、本来、こうしたものとは、まったく逆の事を学ぶものである。現在のような人びとの考え方、現在のような生活、現在のような価値観というのは、歴史的に形成されたものであって、それが過去においてはそうではなかった、それはどうして現在にいたるなかで変わってきたのか、という事を学ぶものである。現在と同じように昔があった、という投影の仕方では、歴史に時間というものがなくなってしまう。歴史についての考え方を学ばせるのであれば、まったく逆に、昔それはどうなっていたのか、事実はどうであったのか、あるいは、どういう過程をへて現在のようになったのか、そうであれば、現在の生活はどのように相対化されなければならないのか、ということを、学ばせなければならない。そういう、「時間の奥行き」を学ばせるのが歴史のはずである。

 彼らのアナクロニズムというのは、自分たちの価値観だけを固定しておいて、過去に投影しているという意味で、そこには歴史はまったく存在しないということができる。

 だから青少年には、もう一度、「歴史とはどういうものか」ということを勉強してもらわなければならない。これまで言ったように、アナクロニックなポジションをとれないのが歴史であり、テレビを見ていただけでは、自分たちの世界の成り立ちというのは分からない、ということを勉強してもらいたい。「時間の奥行き」というのはどういうものか、ということを習得することが歴史なのだから。もちろん、テレビも良いところは沢山あるので、一面的に批判することはできないが、さっき言ったようなある種の危険性はあるわけなので、そういうものを相対化するような時間軸というものを、青少年にどういうように与えていくかというのが、歴史教育の基本になくてはならない。こういう事が、ますます重要になってきているのである。

 「新しい歴史教科書」には歴史は存在しない、と言ったが、たとえば、神話というものは「無時間なもの」で、そこには歴史はない。その「無時間なもの」と接合しようとしている言説があるだけで、まったく歴史は「動いていない」のである。そういう意味で、これは、歴史がまったく分かっていない人たちによる歴史教科書、ということができる。

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 こうした「新しい歴史教科書」をめぐっては、アジア諸国との関係というのが、世界的にみても、ひじょうに重要な問題になってくる。

 「新しい歴史教科書」のようなものが、どうして出てくるのか。そこには、「国民国家の枠組みが自明ではなくなった」という、彼らのおおきな危機感があり、それがモチーフ(主題・動機)になっている。彼らが、「新しい公民教科書」で「公」というものをもちだすとき、彼らにとっての「公」というのは、いわゆる市民社会の公共性のことではまったくなくて、国家のことなのである。国というものの輪郭を、どうしてもはっきりさせておかなければならない−−人びとの意識から国という次元を忘れさせてはならない−−というのが彼らのおおきなモチーフになっている。

 そこでは、天皇についての思い入れよりも、「国家や公」についての思い入れのほうがずっと強い。言ってみれば、個々の天皇はどうでも良くて、日本という国と国民というものを、どう維持していくかということの方が重要だ、というスタンスである。これは、たとえば「国体の本義」など、いわゆるファシズム期における皇国イデオロギーとは、質的にやや異なっている。彼らが守ろうとしているのは、国民国家における国家と国民というユニット(構成単位)であって、これを崩してはいけないということである。

 こういう主張は、グローバル化(地球規模の国際化)にたいする反動として、生まれている。グローバル化にたいして、国の輪郭というものを鮮明に保つために、アジア諸国などと日本を明確に区別するということである。そういう意図から、国民国家(ネーションステート)のユニットというものを、どうしても彼らは守ろうとしているのである。グローバル化には色々な面があるが、これにたいするアンチテーゼ(反対命題)として、国民国家を擁護しようとする世界的なうごきは、「右の側からも左の側からも」生まれている。そういううごきのなかに、彼らの主張も位置づけることができる。

 いわゆる市場原理主義的なグローバリズムにたいして、どういう態度をとるかということを、ここでは少し脇において考えると、このような枠組みに対抗する勢力は、それ自体も国家をこえていなければならない。トランスナショナルな、国境をこえた、国民国家の枠組みにとらわれない世論のうごき、国際的な世論のうごきがあってはじめて、価値観を相対化でき、本当に批判勢力たりうるし、対抗勢力となることができるのである。「新しい歴史教科書」の問題は、やや国家間の関係というような問題になっているが、本来的には、アジアの人びとと、これに反対している日本の人びとのうごきとは一致したものなので、相互の交流というものも出来てくるし、トランスナショナルな交流が生まれてくる。そのなかから、国民国家の枠をもう一度はめようとする運動にたいする対抗勢力が、まさに国家を横断する形で生まれてくる。そういう脈絡のなかで、アジア諸国と、この「新しい歴史教科書」がひきおこしている日本人にとっての問題というものを、再定義していくことができるのである。

 今回の問題ではじめて、国家と国家という関係ではなくて、草の根からの国境をこえた運動が起こりはじめていることは、その意味で希望がもてるうごきである。実際に、この教科書について問題提起をしている人たちは、日本のなかでも、日本人だけでなく、いわゆる在日韓国・朝鮮人やその他の外国の人が一緒に運動をやっているわけで、そういうなかから、対抗的な市民社会というものがつくられてくる、きっかけが生まれている。国際的な世論のうごきのなかでも、日本政府などは、かなり追いこまれてくるので、それによって、楽観はできないけれども、「新しい歴史教科書」の運動はむしろ今までが絶頂で、これから崩れていくことになるだろうと思う。それは、国家間の力学によってそうなるのではなくて、国際世論の包囲のなかで崩れていくということである。こうした運動を促進することで、歴史的な反動をのりこえる糸口が出来はじめているのではないだろうか。

 今回の教科書に対する不採択の運動では、かなり広範な運動が生まれている。こうした運動は、いってみれば、国民国家の枠をこえる可能性があり、対抗的な市民社会というものが生まれてくる可能性がある、ということを示している。いろいろな条件があって、こうした運動が生まれているのだが、今回の教科書問題についての運動で注目して良いのは、市町村などで韓国と姉妹都市になっているところが、リージョナル(地域的)なレベルで関係が出来ているので、国民国家が枠をはめようとしても、それにとらわれずに、思想的に「左翼的」という人たちだけではなくて、そうではないレベルでも、この教科書はまずいのではないか、交流ができなくなるのは困る、というようなセンシビリティー(感受性)が出来てきたことが、ひじょうに重要なことではないかと思う。韓国とか日本とかという国のレベルでの関係ではなくて、市町村などというレベルでお互いに、すでにネットワークをもっていて、これがうまくいかなくなるのはまずいのではないか、というような考え方が生まれてきている。こういったリアクション(反応)は、比較的最近でないと、生まれてこなかったものである。

 たとえば、韓国と日本との関係でみても、すでに、人と人との関係、共同体と共同体との関係は、ひじょうに密接に入り組んだものになっている。そういうものは、国を媒介せずに関係が出来ているので、国がそれをせきとめることはできないし、まさにトランスナショナルなグローバル化の良い面のあらわれとも言える。

 私の専門ではないが、歴史学が到達している水準の問題でみても、「国民の歴史」とは反対に、日本という国がひとつのまとまりとしてあって・・という歴史ではなくて、中国、韓国や東アジア、東南アジアとの海をとおしたネットワークが成立することによって、日本の古代や中世があった・・という研究がすすんでいる。こうした歴史研究の水準は、まさに日本のネーションステートとしてのアイデンティティを掘り崩して、むしろいろいろな地域とネットワークがあったことこそが歴史であった、ということをしめしており、アジアの人たちに開かれた歴史を描くことができる条件は整っている。

 この「歴史学の水準がしめす歴史についての認識」がひろくすすめば、もっとちがった世界が開かれてくる。「新しい歴史教科書」は、これにまったく逆行しているのだが、その提唱者の一人である藤岡信勝のような人は、私のいる東京大学のなかでも、まったく例外で孤立した存在であることは知っておいてもらいたい。

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 その一方で、「新しい歴史教科書」にたいするアジア諸国などからの批判にたいして、「内政干渉だ」という形でそれに反駁していくうごきがあるし、それが世論のなかにも影響をあたえている。「内政干渉だ」というのは、まさに「国民国家の建前」によって、批判勢力をせきとめようというスタンスであり、やり方である。いろいろな人が、これを支持したり、心情的に同調してしまうということは、確かにある。

 これは、現在の状況、段階では、ある程度仕方のないことでもある。というのも、国と国とのコンフリクト(衝突・対立・紛争)というものを、あまり経験したことのない時代に私たちが生きてきたので、今回のような問題が、「日本のことは、日本で決めれば良いではないか」「それをとやかく言うのは内政干渉だ」という、まさにナショナルな国家的・民族的な感情を自分が経験する機会になるということである。だから、それは仕方のないことでもあるし、それは経験したてであるだけに、どういうことになるのか危険なことでもある。

 こうした状況は、教科書問題にとどまらず、「小泉現象」などともむすびついた、日本のナショナリズムがおかれている状況である。それでは、「小泉現象」のようなものが何故おこるのか。日本人には、一九八〇年代以降、政治文化というものをまったく崩壊させてしまう、「空白の二〇年」というものがあった。それは、よほど意識的な人でないかぎり、政治というものを避けてきた二〇年であった。このなかで、日本の政治文化というのは根扱(ねこぎ)にされてしまった。人びとは政治を考えないということを、自分たちの生活のスタイルにして二〇年間生きてきた。こうして二〇年もたつと、ほとんど政治的に基本的な教養というものがなくなってしまう。そこにいきなり、政治というものが、ある形で現在してくると、それに距離をおいたスタンス、いってみれば「斜に構える」ことができなくなっているのである。議論されていることについて、「それは本当ではないかもしれない」「疑ってみよう」とか、こういうポジションの人間が言ったことは「こう読まなければならない」というような、批判的な政治的教養というものが、ひじょうに薄くなってしまった。こうした時代に、小泉が登場してきたのである。

 このような二〇年をへて、どうして人びとが今また、政治に向き合わねばならなくなったかというと、それは「危機だから」である。日本は、今だかつてないほど、経済も社会も危機であり、政治というものが前面に出て来なければならない時代になってしまった。しかし二〇年間の空白があると、それにすぐには対応できない。そこで、さまざまなメディア権力などによって増殖された、「小泉のイメージ」のようなものが、あまり抵抗もなく受け入れられてしまうという状況になっている。

 こうした状況は、それだけを見ると、ひじょうに嘆かわしい状況である。しかし、いってみれば、ここから一人一人の政治的な市民としての教育というものが出発するのだ、というように考えないといけないだろう。それによって、日本国を構成する市民たちが自己の政治的な教養をたかめていく、政治的な教育を自分たちに施していく、そういう時間と、政治の方が悪く展開していく時間との競争になっているのだといえる。

 ナショナリズムというのは、政治のなかで、ある意味でいちばん抵抗力のない人たちが、すぐに受け入れてしまうものなのである。だから、それに対して免疫力が出来ていくということが、政治的に成熟していくプロセスでもある。「内政干渉云々」というようなところから、政治的経験がはじまるのだが、それを相対化していく視点が出来ていくというプロセスに、次第になっていくのではないだろうか。

 六〇年代、七〇年代の「政治の時代」を経験した人たちは、二〇年たってマイノリティー(少数派)になり、「団塊の世代」とよばれるような中年になった。この間は、あえて「問をたてないでもすむ時代」でもあったのだが、今や、そういう事も言っておられない時代、みんながもう一度かんがえなおす時代に入っている。これ自体は、悪いことではない。しかしその初期の段階では、ナショナリズムというのはある種の「目潰し」なので、それにひっかかる人が、かなりのパーセンテージで存在することも事実である。

 それが、次第に成熟していけば日本は良い方向に行くが、悪い方向に行く可能性もある。たとえば、森首相のときの自民党の状況のままで選挙で惨敗していたなら、一五%程度の支持率をもっている石原慎太郎のような人物の極右政党が登場していたかもしれない。他の国の情勢をみると、だいたいそうなっている。左翼とはいえないが民主党の政権が出来たりして、保守が弱くなれば、こういう深刻な経済危機のなかでは、極右政党が登場してくる可能性もあった。それが、そうならなかったのは、小泉のような人物が登場して、今のところ、ある種のボナパルティズム(勢力均衡の上にたつ専制政治)をやっているからなのである。


いしだ ひでたか/東京大学大学院情報学環・学際情報学府・教授

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