論壇 なぜ、今、有事法制か?
    −施行五五周年の憲法をめぐる状況を考える−

                             出水 薫

2002.5.20 213−2002.6.20 214


 有事法制廃案を求める集会 


 日本国憲法の施行から五五年が経ちました。憲法の平和主義は現在、岐路に立っています。

 四月一七日に与党は、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案、いわゆる「武力攻撃事態法案」、自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案、いわゆる「自衛隊法改正案」、安全保障会議設置法の一部を改正する法律案、いわゆる「安保会議設置法改正案」の三つの法案を国会に提出しました。一括していわゆる「有事法制案」です。この「有事法制」の制定をめぐっては結構長い歴史的な経緯があります。しかしここまで具体化したことは過去にありません。歴史上初めてです。

 「有事」とは何でしょう。あらためて言うまでもないことかもしれませんが、確認しておきましょう。『広辞苑(第五版)』によれば「戦争や事変など、非常の事態が起こること」と書いてあります。辞典的に言えば有事の代表例は戦争なのです。軍事行動なのです。つまり有事法制とは戦争や軍事行動をおこなうための手続きを定めたものということになります。だから言うまでもありませんが、有事法制は憲法の基本原則である平和主義に反するものです。憲法違反のあってはならない法律です。これが国会で立法されようとしている。とてもおかしなことです。

 有事立法のようなものが必要とされるのは、どのような状況でしょうか。これも言うまでもなくあたりまえのことですが、今回のような有事立法は戦争をおこなう可能性がないなら、必要ないものです。戦争の可能性があるから、戦争をおこなうかもしれないから必要になるものです。戦争をおこなうのであれば軍隊を、すなわち自衛隊を動かさなければならない。手続きが法制として定められていなければ「超法規的」に動かすことになります。それは許されない。だから法制度の整備が必要であるという主張です。

 繰り返しますが、先ほど申し上げたように、戦争をおこなうための立法はそもそも憲法違反です。仮に有事法制のようなものをきちんと手続きを踏んでつくるのであれば、改憲こそがまずおこなわれなければなりません。そして憲法に違反しないという状況をつくって立法されなければなりません。しかし現実は、憲法に違反する立法が、どうどうと国会でおこなわれようとしている。とても奇妙なことがおこなわれているわけです。

 けれども一方で、こういう声も聞こえてきそうです。「日本を侵略から守るために自衛隊が動けるようにするための法制だ。日本が自衛権をもたないということは憲法も否定していない。日本の自衛、日本防衛のために必要な法制ではないか。むしろ日本を守るために自衛隊が動くのに、法制度がなく、いわゆる『超法規的』に動かざるをえないほうが問題だろう。テロや不審船などがあり、日本も危険にさらされている。国民は不安をもっているんだ」と。

 確かに現在、このような理屈が一定の力、影響力を持っています。しかしこの説明もよくよく考えると、おかしなところがあります。

 今年は、サンフランシスコ講和条約が発効して半世紀の年です。言い換えれば、占領が終わり、独立を回復してから五〇年経ったわけです。いわゆる「右翼」は、もっとお祝いしてもいいと思いますが、そのような筋の通った右翼は減っているようですね。あまり見かけないでしょう。

 サンフランシスコ講和条約が発効し、独立を回復してからのこの五〇年間、日本は有事法制をもちませんでした。歴史を振り返ってみると、独立した一九五二年当時の日本は、今の用語で言えば、いわゆる「周辺事態」のまっただなかでした。一九五〇年にはじまった朝鮮戦争は一九五三年まで続きます。日本が独立を回復したのは、朝鮮半島で戦争が戦われているさなかだったわけです。しかし当時の日本は、まさにいわゆる「周辺事態」が進行中であるにもかかわらず有事法制をもたなかった。つくろうということでもなかった。ちなみに一九五二年におこなわれたのは、軍事行動を想定した有事法制ではなく、破壊活動防止法という治安立法でした。

 ひるがえって今日、現在の状況でなぜ有事法制なのでしょうか。そういうふうに問い返すこともできるわけです。

 今、私たちの目の前にある有事法制という政治課題を通して、憲法平和主義の岐路としての憲法施行五五年目の現在の状況を、今日はみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

 備えあれば憂いなし? 

 今回の有事法制制定の推進にあたって小泉首相をはじめてして政府からは「備えあれば憂いなし」ということが盛んに強調されます。しかし政府の言う「備えあれば憂いなし」は、よくよく見てみるとちぐはぐなおかしなものです。まずそのことを確認したい。何がちぐはぐなのか。端的に言えば、憂えているものと備えがかみあっていないということです。

 有事法制の国会提案にあたって、小泉首相は談話を発表しました。その冒頭で小泉首相は、こう述べています。「国家の緊急事態に対する対処は、国の最も重要な責務であります。政府は、これまで、様々な緊急事態に対して、法制、運用の両面にわたって対処態勢の整備を図ってまいりました。しかしながら、昨年の米国同時多発テロは、想像を超える態様と規模の事態が現実に起こり得ることを示し、また九州南西海域不審船事案は、我が国の安全を脅かすおそれのある武装不審船の存在を明らかにして、国民に大きな不安を与えました」。

 お分かりのように、昨年のアメリカでのテロや不審船によって国民が不安を持っていると述べられている。つまり憂えているのはテロや不審船などだと言っているわけです。この小泉首相の談話は、確かに現在の日本社会の雰囲気を代弁したものだと言えるでしょう。現在、日本社会が一般的にテロや不審船に危険を感じているのは確かだろうと、私は思います。つまり今回、有事法制を進める理由として、そのような国民の「憂い」が挙げられているわけです。

 それでは「備え」として提案されているのはどのようなものでしょうか。「武力攻撃事態法案」の提案理由はこう述べられています。「我が国に対する外部からの武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合を含む)が発生した事態または事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態への対処について、基本理念、国、地方公共団体等の責務、国民の協力その他の基本となる事項を定めることにより、武力攻撃事態への対処のための態勢を整備し、併せて武力攻撃事態への対処に関して必要となる法制の整備に関する事項を定め、もって我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に資することとする必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」。

 また「自衛隊法改正案」の提出理由はこうです。「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、防衛出動を命ぜられた自衛隊がその任務をより有効かつ円滑に遂行し得るよう、防衛出動時及び防衛出動下令前における所要の行動及び権限に関する規定を整備し、並びに損失補償の手続き等を整備するとともに、関係法律の適用について所要の特例規定を設けるほか、武力攻撃事態に至ったときの対処基本方針に係る国会承認等の手続きが新設されることに伴い、防衛出動命令の手続きについて所要の整備を行い、併せて防衛出動を命ぜられた職員に対する防衛出動の手当の支給、災害補償その他給与に関し必要な特別の措置を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」。

 このような有事法制の提案理由からわかるのは、今回の法案は「外部からの武力攻撃」に備えるものだということです。自衛隊法で言うところの「防衛出動」を念頭に置いたものであり、すなわち大規模で直接的な日本領土に対する攻撃に備えるということです。

 これは先ほど述べた現在の国民が一般的に憂えているもの、有事法制が必要な理由として示されているテロ・不審船などへの備えと言えるでしょうか。そもそもテロや不審船の問題は、いずれも犯罪であり警察が管轄すべき問題です。防衛出動とはぜんぜんかけ離れています。

 仮に「憂い」として挙げられているもののことを考えないとしても、このような内容の有事法制を「備え」として必要な状況が現在あるのでしょうか。私には、現在有事法制が必要な状況であるとは、とても思えません。みなさんもそうではありませんか。今回の法案が備えようとしている大規模で直接的な日本領土に対する攻撃についての危険は、今の日本社会の誰も実感できないのではないでしょうか。

 朝鮮半島での軍事的緊張、台湾海峡での緊張や中国の軍事大国化の問題を挙げる方が、もしかしたらおられるかもしれません。しかしそれらはいきなり日本への大規模攻撃に結びつくものではありません。今挙げたいずれの例も、いきなり日本が攻撃されなければならない理由がないからです。例えば北朝鮮、例えば中国が、まず第一に日本を攻撃しなければならなくなる状況は想定できません。したがって大規模で直接的な日本領土に対する攻撃についても、日本だけの事情を考えれば、そもそも備える必要がないわけです。

 これでおわかりになると思いますが「備えあれば憂いなし」と掛け声を掛けるものの、その内容はとてもちぐはぐなものになっています。備えなければならないと憂えているもの、有事法制が必要だという理由とされているものと、いわゆる「備え」として提案されてる今回の有事法制の内容は、まったくかみあっていない。つまり小泉首相の言うような脈絡では「備え」になっていない。小泉首相の「備えあれば憂いなし」という掛け声は破綻しているわけです。

 今しかつくれない?

 それでは、このようにちぐはぐなものが今、なぜ進められているのでしょうか。あたふたと進めさせている原因は何でしょうか。

 ひとつの見かたは、どさくさまぎれ、今しかつくれないという判断がつくろうとしている側に働いているという説明です。つくる必要があるという説明とつくろうとしているものが噛みあっていない。そういう面でちぐはぐな今回の有事法制は、率直に言えば「理由はなんでも良いからつくってしまえ」ということではないのか。長い間、防衛庁と自衛隊が研究してきた「成果」が日の目を見るのは今しかないという判断によって進められているのではないのかということです。

 ご承知のように小泉政権は、一九七〇年代以降続いてきた自民党の派閥主導の力学に反してできた政権です。多数派閥の領袖ではない小泉首相は一年前、自民党を壊すことも辞さないと吼えて、自民党の派閥の力学を、パフォーマンスによって集めた一般党員の支持で抑え込んで首相の座をえたわけです。自民党を破壊しても、これまで自民党ができなかったことを実行すると見栄を切ったわけです。

 少し余談ですが、小泉政権も今回の有事法制と同様、あるいはそれ以上に、ちぐはぐで奇妙な存在です。自民党を破壊してもと言いつつ自民党総裁の座を射止め首相になる。結果として自民党が政権与党でありつづけるようにしたわけです。また新しいことをやると言いつつ、やれたことは例えば靖国神社を参拝したりと旧い自民党政権と同じことばかりなわけです。だからさすがに最近、メッキが剥がれてきましたね。支持率の低下がそれを示しています。

 したがって一年はもったけれども、そろそろ掛け声どおり、これまでの自民党政権がやれなかったことを実行しないとダメだ。そういうところに小泉政権はさしかかっています。有事法制もこれまでの自民党政権がやれなかったことのひとつです。公然と研究に着手してからも四半世紀やれなかった。

 小泉政権を自民党の方で支えている山崎幹事長が、有事法制へのこだわりをもっていることも、ひとつの原因ではあるでしょうが、いずれにしてもメッキが剥がれはじめた、それでも相対的にはかなりの高い支持率を維持している小泉政権こそが、実現のチャンスだということでしょう。

 ただここで確認しておきたいのは、今回の有事法制の準備は、小泉政権のみによっておこなわれたわけではないという点です。ともすれば今回の有事法制は、昨年のアメリカでのテロから、あれよあれよという間に出てきたようにも見えます。もちろんそれが後押しをする役目を果たしたのは間違いないのですが、今回の有事法制に直接つながる立法の準備作業自体は二年以上前から動きはじめていました。

 今回の立法の直接のことの起こりは一九九九年一〇月です。小渕首相による自自公連立が組まれる時の合意に有事法制が織り込まれました。もちろんこれを主導したのは自由党の小沢一郎党首です。さらに連立三党のプロジェクトチーム主導で政府へ立法を促す圧力がかけられます。

 二〇〇〇年三月の防衛大学校の卒業式の訓示で小渕首相は有事法制の制定に言及することになりました。その訓示では有事法制が可能な条件として、国民の意識が変化してきたことを強調していました。振り返れば一九九八年八月の「テポドン」発射、一九九九年三月の取り逃がしたほうの不審船の事件が起こり、漠然とした不安感が煽られていた時期でした。

 もちろんご承知のように小渕首相が急逝し、その後を森政権がひきつぎます。この森政権の下で、さらに有事法制の立法作業は具体化します。二〇〇一年一月の通常国会における施政方針演説で森首相は有事法制の着手を宣言します。この時期というのは、例の「えひめ丸事件」が発生し、ゴルフ中の森首相の対応が厳しく批判された時期です。「危機管理」が不備であるという点を中心に、マスコミなどが批判を加えました。そこで「危機管理」体制の強化の一環という脈絡で、有事法制の問題を具体化させるとともに、意図して新たな争点をつくることで政権への批判をかわそうとしたのだと言えるでしょう。森首相は官房長官と防衛庁に立法のための準備作業を開始させました。

 以上のように、今回の有事法制につながる発端とその準備作業は小渕・森・小泉とリレーされてきたものです。結局のところ新しい振りで旧い課題をやらされているのが小泉政権です。パフォーマンスの一方で、すでに敷かれているレールを粛々と進んでいるだけです。ただ一時期よりもメッキが剥がれてきたとはいえ、歴代の自民党政権と比べれば、まだ高い支持率を維持している。人気があるので小泉にやらせて実現できればそれで結構、ダメならダメでも良い、これで小泉政権がつぶれればそれもまた結構という構図が、現在有事法制をめぐって与党内にあると考えます。

 「憂い」はどこから? 

ここでさらに「備えあれば憂いなし」というセリフにこだわって考えたいのは、それが説得力をもっているのは、なぜかという点です。冒頭述べたように、戦争をおこなう、軍事行動を自衛隊がおこなえるようにするための準備である有事法制は、憲法違反です。憲法は最高法規であって、憲法と反する立法はおこなえない。それがくつがえされれば、憲法が最高法規であることを否定してしまうことになります。だから有事法制をつくるのであれば、手続きとしてまっとうな手順は、まず改憲するということでなければなりません。しかし現実は、憲法に違反する立法がどうどうと国会でおこなわれようとしているわけです。

 改憲は難しい。そういう判断が有事立法を進める側にあるのは間違いありません。最近の改憲の是非を問う各種世論調査の結果は、改憲の必要がないという判断が少数派になりつつあることを示しています。しかし、こと九条になると、依然として改憲に慎重なのが多数派です。

 そこで違憲の立法を、違憲であると知りつつ進めている。事実上の改憲をおこなうわけです。ここで考えたいのは、そのような状況を許してしまいつつある原因・背景は何かということです。そしてそれは「備えあれば憂いなし」という小泉首相の説明が、本当は先に述べたような矛盾があるにもかかわらず一定受け入れられている現状の原因・背景でもあると私は考えます。

 有事法制の口実としてテロや不審船が持ち出される、なぜでしょうか。それが訴える力をもつという判断があるからです。日本も危険にさらされている。国民は不安にさらされている。「備える」必要があるでしょう。こういうことです。

 日本を守る、日本を守る必要がある、そう言ったときに、基本的に守るべきものとして無意識に想定されているのは日本の「現状」です。今の日本の社会の日常です。それが乱される、侵されることがあってはならない、わたしたちの日常を守ってもらいたいということでしょう。そのためには、憲法の平和主義と矛盾があっても目をつぶりましょう。そうなりそうな雰囲気がある。

 もちろんそれは、ある意味で自然で当然な感情です。私も家族との平穏な日常を脅かされたくないと自然に考えます。しかしながら私たちが脅かされてほしくないと思う日常の、あるいは現状の足元に無自覚であっては、まさに足をすくわれてしまうことになるでしょう。

 ここでお話したいのは、私が最近「危機管理イデオロギー」と名づけているものの影響とその影響が広まる背景についてです。「危機管理」という日本語が広く一般に使われ定着してきたのは、一九九〇年代になってからではないでしょうか。私はそういう印象をもっています。「危機管理」とは、危機に際して適切かつ迅速に対応できるということはもちろん、危機を未然に防ぐ、先取りして対応する、そういうものとして一九九〇年代に急速に政治がおこなうべきひとつの重要な仕事として浮上してきました。

 それは一九八〇年代以降、明確に日本が「豊かさ」実現し、「大国」になったということが背景としてあります。つまり日本は「豊かな大国」として、危機に敏感な「金持ち社会」になった。また先ほど述べた一九九八年の「テポドン」、一九九九年の不審船、さらにさかのぼれば一九九五年の阪神大震災、地下鉄サリン事件などが発生することによって、実際に「脅かされている」という獏とした不安が煽られた。その結果として「危機管理」という言葉が流行し、優先順位の高い政治的課題として定着したのだと言える。危機に的確に対応できるだけでなく、危機を先取りして備え、あるいは未然に防ぐことが政治に実現を期待する大きな課題となった。裏返せば、それはまさに今現在の日常を危機から保障することへの期待であり「現状の維持」への期待です。

 そのような「危機管理イデオロギー」の影響は、日本社会の平和観を変えつつあるのではないか。「平和」を危機管理が万全な状態、基本として現状が保障されている状態というふうに考えるようにしつつあるのではないか。もしそうだとしたら、それは「平和」の意味を矮小化し貶めるものです。しかし残念ながら、明確に憲法の平和主義に違反する有事法制が、どうどうと国会で審議されるにいたった、過去に例のない状況を目の前にした時、どうも「平和」が単なる現状の保障として理解されつつあるというふうに考えざるをえない。

 さらに私自身、憲法の平和主義に大きな意義を見出し、それを擁護する運動に携わってきたものとして、事態がこのような深刻な状況にいたると、憲法平和主義擁護の運動を歴史的に厳しく反省する必要があると言わざるをえません。つまり平和主義の擁護は、かなり以前から単なる「日常の擁護」=「現状の維持」を求めるものになっていたのではないかという厳しい自問です。

 振り返れば憲法の平和主義を擁護する運動の原点であり、運動のエネルギー源は日常を戦場に変えられるという自身の被害体験です。それは沖縄の地上戦の体験であり、あるいは広島・長崎への原爆の投下を含む都市無差別爆撃の体験です。「戦場に巻き込まれるのは二度とご免だ」という経験にねざした思い。その思いを込める対象として憲法平和主義があった。あるいは戦争に巻き込まれない保証として、九条は理解されたのではないか。

 ご承知のように憲法平和主義は軍隊をもたない、戦争をしないことを規定している九条のみで成立するものではありません。丸腰で裸の「普通でない国」日本が安全であるために、世界全体の平和を実現すると宣言している。世界から戦争そのものだけではなく、戦争の「種」を取り除くために日本は積極的な役割を果たすのだと規定している前文とセットで平和主義を構成しているわけです。
 先ほどから申し上げている「厳しい反省」とは、戦後の憲法平和主義擁護の運動においてそれがどれほど意識されていたかのかということです。「戦争に巻き込まれない」とういことへの偏りのつけが、今日の状況をもたらしているのではないか。

 冒頭述べたように今年はサンフランシスコ講和条約が発効して五〇年の年です。独立を回復して半世紀の年です。振り返ると一九五二年の日本はすでに、平和主義を掲げる武装を禁止した憲法と、日米安保(米軍基地)と警察予備隊(半年もせず保安隊)が同時に存在する状況にありました。結局のところ日本社会はその状況に目をつぶってきたということではないでしょうか。少し意地悪い言い方かもしれませんが、朝鮮戦争という「周辺事態」のさなかで、結局は日米安保と警察予備隊という現実を黙認したのではなかったか。つまり憲法の平和主義を理念として神棚に挙げて拝むだけにしてしまったのではないか。有事法制が国会に上程される今日の現状からすれば、そのような厳しい自問をおこなってみる必要があると思います。

 平和主義を掲げた憲法と、世界最大の軍事大国と軍事同盟を結びその核の傘の下に入り事実上の軍隊をもつという現実が、同時に存在するというのは絶対的な矛盾です。それが半世紀続いた「つけ」はきわめて大きい。

 確かに半世紀、日本は戦場になりませんでした。それは何のおかげか。一方で平和主義を掲げた憲法のおかげだという主張がある。しかし同時に他方で世界最大の軍事大国と軍事同盟を結び、事実上の軍隊が存在したからだという主張がある。正反対の主張のいずれが誤っており、いずれが正しいのか断定することができません。なぜならどちらも現実に存在した条件だからです。どちらか一方を日本が戦場にならなかった「原因」として「信じる」ことはできても、他方をそうでないと反駁することは難しい。

 しかしこの絶対的矛盾は時間がたつほど、後者の影響力を大きくします。時間がたつほど憲法の掲げる平和主義は「建前」として空文化する一方、他方で軍事同盟と軍隊の存在は「既成事実」として現実への影響力をますます強めていく。一九八〇年代の「一国平和主義」批判にせよ、一九九〇年代の「湾岸ショック」にしても、その反映です。「豊かな大国」となった日本は現に存在する条件の「恩恵」である。そのことを日本社会全体が自覚しているから大国の責任論が、果たすべき役割論が台頭する。

 有事法制の場合も、現に存在する条件(自衛隊)から発想して「なくてはならない」(超法規的な自衛隊の行動を阻止するため)ものとして説得力をもちはじめている。憲法の空文化の極限に到達したわけです。そして「平和」は現実に存在する条件を基礎とした「現状維持」にすりかえられようとしている。

 「備え」がない? 

 さらに「備えあれば憂いなし」にこだわってみたいと思います。今度は「備え」の問題です。

 今、「備え」がない、として有事法制の必要性が政府からおこなわれています。有事法制は「備え」だと。しかしよく考えてみると、これも奇妙なことです。これまでの歴代の自民党政権は日本を守る「備え」がないと言ってきたのか。違います。歴代の自民党政権は日米安保や自衛隊こそが、まさに「備え」であると説明してきたはずです。日米安保、自衛隊の存在を、まさに日本を守る「備え」と説明してきたはずです。

 つまり「備え」がないというのは、本当のところは「備え」が足りない、あるいは新たに「備え」がいるということだ。従来言ってきた「備え」と異なる「備え」の話になりつつあるわけです。この問題を考えるにはポスト冷戦の国際関係とアメリカの戦略の転換と日本の関連を、構造的に影響を与えている要因として考えなければなりません。

 私がこの一〜二年言っているのは、一九九〇年代以降今日までが日本の言わば「軍拡の一〇年」であったということです。ここで言う「軍拡」とは自衛隊の活動量や役割が拡大したということを指しています。

 具体的には、はじめに一九九一年のペルシア湾へ掃海艇が派遣される。一九九二年にはPKO協力法が制定され、さっそくカンボジアに派遣されます。その後、モザンビーク、ザイール、ゴラン高原、そして今度の東チモールと自衛隊は海外に派遣され続けです。一九九六年には「安保再定義」と呼ばれる日米安全保障共同宣言が発表され、一九九七年には新ガイドラインが策定される。一九九九年の周辺事態法、時限立法ではありますが二〇〇一年のテロ対策特別措置法がつくられ、事実上アメリカ軍支援のためであれば世界のどこにでも自衛隊を派遣できるようになった。まさに「軍拡の一〇年」であったわけです。

 それらは冷戦後の状況の中でおこなわれ、冷戦後のアメリカの戦略に連動している。アメリカ自身は冷戦後の現在の状況を「戦略的猶予期間」として次の明確な「挑戦者」が登場するまでの戦略の模索期と位置づけています。従って政権ごとに外交・軍事政策上のブレがある。しかし一貫した基本的な大きな枠組みは「現状維持」であると言えるでしょう。

 維持すべき「現状」の内容は何でしょうか。まずアメリカが圧倒的な軍事的優位を含めて唯一の超大国である状態、その地位でしょう。第二に一九九〇年代に急速に進んだ貿易・資本・金融の自由化によって実現された市場経済の「世界化」状況でしょう。それらがおそらく維持すべきと目されている「現状」のはずです。

 しかもアメリカはそのコストと責任の分担を同盟国に求めるという路線をとっています。そこで注目すべきは、最近よく聞くようになった日本の「イギリス化」という問題です。アメリカと一定の距離を置き、アメリカを相対化しようとするEUの中で、突出してアメリカに「追随」するイギリス。アジア太平洋地域において、まさにヨーロッパにおけるイギリスと同様の位置を占め、役割を果たすという意味での「イギリス化」、それを日本に期待するわけです。端的に言えば、それはアジア太平洋地域における日米の共同覇権の確立ということになるでしょう。もちろん、そこで言う「共同」は、あくまでもアメリカの主導権を前提とした相対的な表現です。

 アメリカは冷戦後、一九九〇年代からアジア地域を重視しはじめます。冷戦後のアメリカの軍事戦略の基本である「二正面戦略」が示された一九九三年の「ボトム・アップ・レヴュー」以来、「二正面」は中東と東アジアです。冷戦終焉以前のアメリカであれば、ひとつの「正面」は、かならずヨーロッパであったはずです。

 ソ連が消滅しヨーロッパを「正面」とする必要がない。大国としての中国が存在する。朝鮮半島や台湾海峡という軍事的緊張地帯がある。それらも要因としてありますが、何よりもやはり、アジアが二一世紀の「成長の中心」と見なされているということがもっとも大きな要因でしょう。「アジア太平洋」という言葉も一九八〇年代後半以降、急速に定着した言葉だと思います。おそらくそれ以前は単に「東アジア」だった。これも「アジア太平洋」と括ることによって、アメリカがその一員として介入できるための発想でしょう。いずれにしてもアメリカは従来よりも、アジアへの関心の比重を冷戦後に強めていることは間違いありません。

 そのように戦略的な価値が高くなったアジア太平洋地域における共同派遣の相手として日本に役割を果たすことを期待している。具体的にはアメリカの戦略の基調である「現状の維持」、すなわち既存の国際秩序の維持において日本が役割を果たしてほしいということです。これは国際関係における「危機管理」の問題と言うことができるかもしれません。

 ここで「備え」の問題に立ち戻りたい。一九九六年の日米安全保障共同宣言が「安保再定義」と呼ばれるのはなぜでしょうか。この安保共同宣言では、日米安保の役割についての説明が変わりました。共同宣言では日米安保の役割は日本の防衛にあるということではない。そんな説明は基本的にはありません。日米安保はアジア太平洋の安定の基礎であると言うのです。日本を守るための日米安保を超え、アジア太平洋の安定の基礎であると言うわけです。そのような「備え」が日本にあるのか。ない。

 つまりこれまでの日米安保や自衛隊のあり方では、そのような脈絡での「備え」になっていない。そこに「備え」のすりかえの出発点がある。これまで歴代の自民党政権が「ある」と言ってきた「備え」が、急に「ない」と言われるわけが、まさにそこにあるのです。

 アメリカは一緒に、実際に戦える日本、戦える能力を持ち、戦う姿勢を示せる日本を求めています。それによってアメリカはアジア太平洋地域において抑止体制を強化したい。抑止とは「脅し」であり、場合によっては「相手が殴る前に殴る」こともある。しかしそれによって潜在的な「脅威」を抑え込み、危機が危機として発現することをも防ぎたい。そうして現状の国際秩序の維持=平和を実現する、そういう抑止体制を強化したいというわけです。しかし平和主義を掲げる憲法をもつ日本は、そのような抑止体制にとって「弱い部分」です。

 ご承知の方も多いと思いますが、現在のアメリカの国務副長官であるアーミテージという人を中心に、ブッシュJr政権誕生前の二〇〇〇年一〇月に超党派で発表された対日政策文書の「アーミテージ・レポート」というものがあります。これはブッシュJr政権の対日政策に大きな影響を与えていますが、その中で注目されているのは、集団的自衛権を行使できるように日本になってもらいたいという点です。それはイギリスのようにアメリカと実際に共同軍事行動がとれるようになることを要求しているわけです。
 しかし集団的自衛権を行使できるようにするには明文改憲が避けがたい。しかし、それは困難である。それが日本の「軍拡の一〇年」につながる。とりわけ一九九〇年代後半の一連の動きは、そうでしょう。すなわち既成事実を積み重ねて、憲法を空文化し、事実上の改憲をおこなう。そういうことではないでしょうか。

 有事法制は、この脈絡でのアメリカの要求に対応した「備え」には、かならずしもなっていない側面があります。しかし有事法制が進められるにいたる構造的背景は、以上のようなものだと考えます。

 「大国」として現状の国際秩序の維持にアメリカと協力して責任を果たす。そういう言い方で、既存の国際秩序=平和というおきかえが進められつつあります。しかも日本が戦場にならないかぎりは、ある種の「警察活動」であるかのように、軍事行動を見る傾向も強くなるでしょう。そうすると「大国」として国際秩序=「平和」の維持のために貢献するという「美名」のもとに日本が参戦する可能性も出てきます。

 実態はアメリカに引きずられるかたちで共同覇権国家として戦場におもむく日本であっても、これまでの憲法平和主義擁護運動が梃子にしてきた戦争体験のイメージとは違う役回りを果たすという意味で、反戦の訴えかけの難しさが出てくる局面も懸念されます。

 それではアメリカとの共同覇権の確立という路線に展望があるのでしょうか。その選択には、まったく展望がないと私は考えます。それは現状の世界秩序の維持が、決して「平和」ではありえないからです。

 世界の多数派の人々にとっては既存の世界の状態は、理不尽な状況を強要するものでしかありえません。例えば富の偏在というような問題を見ても、それはとほうもない不正義な状態です。それを維持しようとすれば、かならず異議申し立てが起こります。そのような「異議申し立て」を、「秩序維持」の問題にすりかえて「抑止」しようとしても不可能です。それは昨年のアメリカのテロで明らかでしょう。テロを正当化するつもりはありませんが、やはりあの九・一一テロは現状の世界秩序に対しての「意義申し立て」であることは間違いありません。

 したがってアメリカとの共同覇権という路線の選択は、日本自身が不正義に手を貸すものであり、日本自身が「異議申し立て」を受ける立場になるはずです。

 本当は日本国憲法の憲法平和主義が、ひとつの有力な代案になりうるのだと私は考えます。ただ有事法制が国会に上程されるにいたった現実からすれば、憲法は限りなく「空文」になりつつある。
 教科書的に言えば、憲法とは権力者を縛るものとして近代が産みだしたものです。しかし残念ながら、政府を拘束する基本法としての憲法という観点からすれば、これほど政府によって言いように「解釈」され「こけにされた」憲法は世界史上、例がないのではないでしょうか。

 そして、そのような状況を目の前にしたとき、憲法平和主義の擁護を「護憲」というかたちでおこなうことが、果たしてどのような意義をもつのかという深刻な問いに向き合わざるをえません。この半世紀を振り返るならば、あらためて「護憲」もまたある種の「現状維持」の主張に過ぎなかったのではないかという厳しい問い返しをせざるをえない。単に条文としての憲法をいじらせないということにしかすぎなかったのではないかと言われても反論しようがないところまで、現実は進んでいるのですから。

 すでに述べたように憲法よりも、既成事実としての日米安保の方が現実を規定する力は強かった。それは憲法が最高法規であるということ自体が「建前」にしかすぎない現実を放置してきたからです。その脈絡から言えば、必要なのは「護憲」ではなく憲法の「復権」ということになるでしょう。憲法の平和主義を「棚上げ」された理念から降ろし、法規としての役割を回復しなければならない。

 具体的に言えば、それは日米安保をどうするのかという問題に行きつきます。逆立ちして憲法よりも事実上上位にある安保を憲法の下に置く必要がある。それによって、憲法の最高法規としての機能をとりもどすことができる。憲法によって安保を乗り越える、これこそが、憲法の「復権」の具体的な内容であるはずです。


いずみ かおる/九州大学大学院法学研究院 教員/2002年5月3日の講演より
http://homepage2.nifty.com/IZUMI_Lab

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