新しい国立の追悼施設は必要か?

                      小武 正教

2002.8.20 216−2002.9.20 217


 靖国神社

 二〇〇一年八月一三日小泉総理靖国神社「公式」参拝

 二〇〇一年八月一三日、「何が何でも八月一五日に靖国神社に参拝する」と言いつづけた小泉首相が、「熟慮」とやらを重ねて、二日前倒しして靖国神社に参拝した。堂々とテレビカメラに写りながらの参拝であった。しかしあれだけ自分の信念で参拝するといっていた小泉首相が、その後全国五箇所で訴えられた「小泉首相靖国神社公式参拝違憲訴訟」に対しては、「あれは私的参拝であった」と法廷で主張していることはマスコミもほとんど伝えることがない。

 ともかく、あれほどマスコミを通じて「参拝するぞ、参拝するぞ」と宣伝して靖国神社に参拝した首相は小泉の外にはいない。当然、中国や韓国などアジアの国々からの囂々(ごうごう)たる批判がおこり、二〇〇一年の春から夏はまさに、日本全体が「靖国の夏」であった。

 その批判を受けることを繰り返したくないという思いからか、前々からあった構想ではあるが、具体的に官房長官の私的諮問機関として、「追悼・平和祈念のための記念碑等施設のあり方を考える懇談会」(平和祈念懇)が二〇〇一年一二月一九日に設置され、ほぼ一ヶ月に一回のわりで、検討委員会を開いている。その議事の内容がホームページに公開されている。それを読むと「とても今すぐにまとまるような話しでない?」という曖昧なもので、二〇〇二年四月二一日の小泉首相の靖国参拝への波紋も考えてのものであろうが、今年六月初め予定していた中間報告を取りやめてしまった。

 施設を作るにあたっては「誰を祀るか」ということが決定的である。ホームページの議事録を見ると、平和祈念懇では、第二次大戦の前後に分け、「それ以前は、日本人の戦没者は、靖国神社に祀られていない原爆や空襲の犠牲者も祀る。諸外国の人においては、例えば『南京大虐殺』の犠牲者も含まれることにするとどうか?」「戦後においては、自衛隊のPKO活動などでは相手のあることだから日本の死没者だけにする」というような、日本の侵略行為で死んでいった相手の立場を全く考えない無茶苦茶な論議である。委員の中では、「窓論」というのがあるようで、記念碑は外を眺める「窓」で、そこから何をながめるかは、めいめいの自由にしようということらしいが、そこまで祀る対象を抽象化してしまうと、「何を祀る施設なのかわからなくなる」と委員みずから語っている。当然国家が戦争で亡くなった人たちを祀る施設ということからもほど遠くなるというジレンマが出てくる(02年第6回議事要旨)。
 
 「平和祈念懇」の検討に対して最も危機感を抱いているのはいうまでもなく靖国神社であり、靖国神社への総理大臣の公式参拝、そして国家護持を求めてきた右派勢力である。靖国神社にとってかわる施設が創られることで、靖国神社の価値は決定的に低下することを極力警戒して、今平和祈念懇へ反対のキャンペーンをはっている。

 「平和祈念懇」で議論される中身をみていくと幾つかクリアーしなければならないハードルが設定されているように思われる。

 ▽A級戦犯合祀問題がクリアーされないと、中国・韓国からの批判をあびる。しかし表だって外すというわけにはいかない。何とかボカせないだろうか。
 ▽国立の追悼施設に「戦没者」を祀るということで、靖国に祀られている遺族の人にも、了解をえられないか。しかしそのためには誰を祀るかということがハッキリとしなければならない。
 ▽戦後の祀る対象として、自衛隊等の活動で死亡した人も祀るということを位置づける必要がある(そこでは新たな戦死者が想定されているがそうとは言えない)。

 平和祈念懇の審議は、右派からの警戒と、中国・韓国など批判の板挟みの中で、落とし所がみつからないというところであろう。しかし、事態はいつ急変しないとも限らない。有事法制との絡みで、仮に日本の戦死者が新たに出る状況になった場合は一夜にして世論は変わると思われる。そして、仮に新たな戦死者が出ない場合でも、靖国の直接の遺族がもう一〇年もたてば激減するという状況も想定しなければならず、無宗教での追悼施設の問題は今後ますます大きな問題となつていくということは間違いない。

 なぜ国家の追悼か

 靖国神社の問題は、「靖国神社」という特定の宗教への国家の関与という「政教分離」「信教の自由」の問題と同時に、個人の生死を国家が意味づけをするという「思想・良心の自由」に深くかかわる問題である。

 国家が「国が感謝と敬意を捧げて追悼・慰霊するのだから生命をささげよ、個人の人権を制限・侵害するのは我慢せよ」という儀礼装置として戦前靖国神社は存在したし、今その役割りを復活させようと右派勢力はすすめてきた。まさに、有事法制によって、「思想・信教の自由が制限されるのはやもをえない」とすることとワンセットである。国家の側より、無宗教の追悼施設をというのは、その正体こそ現れたりというところで、同じ機能を果たすものなら、靖国神社でも無宗教の国立墓苑でも、いや平和祈念館と銘うったものでも何らかまわない、後はその施設が国民にどう受け入れさせるかどうかだけが問題というわけである。要は国からすれば、「国立」かどうか?、「国の意図」を反映できるものかどうか?が一番重要な点となる。

 よく諸外国の例としてアメリカのアーリントン国立墓地が引き合いにだされるが、戦死者を賛美する国立墓苑という意味ではアメリカ版「靖国」という言い方もできるだろう。

 平和を祈念する施設の一つの例として、沖縄の「平和の礎(いしじ)」と広島の「原爆慰霊碑」があげられることがある。摩文仁の丘の平和祈念公園には、沖縄戦で死んでいった日本人兵士・軍属、そして沖縄県民、さらには強制連行されて沖縄で死亡した朝鮮人・台湾人・中国人、そして沖縄戦で死亡したアメリカ軍兵士の名が刻んである。とはいっても、旧日本の植民地出身者の所に刻まれた名前はほんの僅かである。「戦没者」ということで一括りにして加害者と一緒に祀ってほしくないという拒絶の意志表示であり、日本の戦後補償や歴史認識の現状をまさに反映した結果でもある。戦争責任の問題が曖昧なままでの「戦没者」の追悼の限界をハッキリとしめしたものであり、それを一気に飛び越してしまった追悼は、国であれ教団であれ、自己満足・自己肯定にすぎないものになっている。

 広島の原爆慰霊碑においても、「平和資料館」に原爆の被害の説明・展示はあっても、加害の展示かないといって、中国や韓国から指摘された問題、そこには「国の政策の間違いが明確に追求できない」という、やはり国が絡むと戦争責任の問題はノータッチにならざるを得ないということがある。

 今必要な論議は、「靖国か無宗教の施設か」ではなくて、「はたして国家の追悼施設は必要なのか?」という視点を中心に据えた論議であるべきだろう。

 「新しい国立追悼施設を作る会」

 今年七月三一日『朝日新聞』の第四面に「新国立追悼施設を」というタイトルで小さな記事が掲載された。

  「ジャーナリストや弁護士らでつくる『新しい国立追悼施設をつくる会』は三〇日、首相官邸を訪れ、小泉首相あてに靖国神社への公式参拝中止と国立追悼施設の建立を求める申入書を提出した。申し入れでは『すべての戦没者を追悼し、非戦平和を誓う象徴的な場をつくるべきだ』と求めた」

 「新しい国立追悼施設をつくる会」は、政府の官房長官の私的諮問機関の平和祈念懇とは全く別の組織である。その「つくる会」の中心メンバーとして浄土真宗本願寺派総長・武野以徳の名前が登場する。総長とは教団行政の最高責任者で、国で言えば総理大臣に該当するポジションである。本願寺派に所属し、靖国神社国家護持法案や中曽根公式参拝靖国違憲訴訟いらい長く靖国問題にかかわつてきた私たちにおいても、秘密裏に会合が進められているらしいとの情報が入ったのは約一カ月半ほど前。「つくる会」は約一年半準備を重ねてきたと発会の時にプレス発表しているが、実は第一回の準備会は今年六月五日、そして第二回七月三日、第三回七月一五日とまさにバタバタのやっつけ仕事で立ち上げた感がある。

 呼びかけ人の欄には次の一二人が名前をつらねている。

 久保井一匡(弁護士・前日本弁護士連合会会長)・三枝成彰(作曲家)・笹森清(全日本労働組合総連合会長)、眞田芳憲(中央大学法学部教授)・下村満子(ジャーナリスト)・武野以徳(浄土真宗本願寺派総長)・寺崎修(慶応義塾大学法学部教授)・ひろさちや(宗教評論家)・松原通雄(立正佼成会外務部長)・武者小路公秀(中部高等学術研究所所長/元国連大学副学長)・湯川れい子(音楽評論家)・鷲尾悦也(全国労働者共済生活者協同組合連合会理事長)

 ちなみに、当初呼びかけ人の先に名前があがりながら、梅原猛やカトリック枢機卿、曹洞宗宗務総長、円応教教主は参加を見合わせ、立正佼成会も理事長から外務部長と二ランク程度もレベルダウンしたものとなったため、「つくる会」では西本願寺総長が宗教教団では一人突出して旗を振るというかっこうになっている。「つくる会」の主張は五点ある。

 ヌ追悼の対象は、すべての戦没者を対象とした、非戦平和を誓う象徴的な場とする。
 ネ追悼対象の戦没者としては、過去(近代以降)にわが国が関わった戦争のすべての戦没者とする(新しい戦死者の受け皿とはしない)。
 ノ特定の宗教性を持たせない。
 ハ個人・団体がそれぞれの思想・信条・信仰に基づき追悼できる。
 ヒ靖国神社へのいわゆる公式参拝はおこなわない。

 この五つの理念だけよめば、「すべての戦没者を無宗教で誰でも自由に追悼出来るならいいのではないか」という世論をつくり出さないとも限らない。官房長官の私的諮問機関「平和祈念懇」と比較すれば「だいぶまし」と、一見そう思う仕組みになっている。

 準備会に名を連ねた本願寺総長に抗議するため広報室長に私が面談した時のことである。広報室長曰く、「こうした具体的対案が、靖国公式参拝の歯止めにもなるし、政府の平和祈念懇への楔にもなる」と。

 はたしてそうだろうか。もっともやってはならない「国立の追悼施設が必要」という政府と同じ土俵に乗ったとたん、「国立追悼施設の必要性」の宣伝に利用されるだけ利用され、「新しい戦死者は入れない」とか「非戦平和の施設」というものはなし崩しになることが予想される。「その時は手を引けばよい」と公報室長は言ったが、その時もはや「国立、国立」と国の露払いをした責任はとりようがない。

 西本願寺総局の暴走

 西本願寺は靖国神社国家護持法案が国会に上程されて以来、他の浄土真宗教団と一緒に真宗教団連合として靖国神社国家護持反対、公式参拝反対を表明してきた。したがって、公式参拝反対への教団内へのコンセンサスはあっても、靖国神社に替わる国立追悼施設を国に求めるという教団内コンセンサスは持ったことはない。確かに三〇年程前に、靖国神社の国家護持への批判として「国立の施設」を真宗教団連合で言ったことはあるが、有事法制が論議され憲法改悪が政治日程に登っている現在では状況が大きくことなっていることは言うまでもない。現に浄土真宗大谷派は、「つくる会」の提案に、「現段階では賛成いたしかねます」と宗教新聞のアンケートに答えている。

 私たち、備後靖国問題を考える念仏者の会は、国や教団が果たすべき責務は、追悼施設や追悼対象を考えることではなく、真相の究明と、事実の開示をふまえた、被害者・遺族に対する謝罪(補償の裏付けをもった)のみだと考える。

 今、国は一方で有事法制を成立させようとするかたわらで、「靖国神社」と「国立追悼施設」を天秤にかけている状況をとことん厳しく見なければならない。

 昨年、小田実が講演会でこういったことを思い起こす。「戦争への道を開くのは、決していかつい右翼ではない。一見野党のホーズをとりながら、修正・妥協を重ねる民主党である」と。

 私たち備後靖国問題を考える念仏者の会も、たとえ頑固な原理主義者と言われても、妥協することなく以下の二点を主張しつづけている。

 一、靖国神社代替施設案など国家による追悼は、私たち一人ひとりの精神に国家の介入を許し、思想及び良心の自由を損なう行為であり、厳重に抗議する。

 二、公的追悼は国民の歴史認識を画一化し国家への帰属意識を煽るものであり、強く抗議する。また教団が同調することは大衆洗脳になりかねず、強く再考を求める。

 靖国神社であれ、その代替施設であれ、遺族の心情を利用し、国家の要人が頭を下げることで遺族を癒しつつ、再び国民の意識を国家に結びつけ、「国のために命を投げ出す」(中曽根康弘元首相)国民づくりをしようとするものだ。それはむしろ平和を願う遺族の思いをも、踏みにじり続けることに違いない。


おだけ まさのり/備後靖国問題を考える念仏者の会/広島県三次市西善寺住職

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