揺らぐアメリカ型資本主義
 −株主資本主義の終焉?−

                        遠藤 雄二

2002.9.20 217


 企業不正で株価急落のNY市場

 エンロンの破綻

 昨年十二月、米エネルギー大手企業エンロンが連邦破産裁判所に破産申請したのは記憶に新しい。エンロン本社とグループ十三社の従業員は二万一千人で、簿外債務を含む企業集団全体の総債務残高は四〇〇億ドル(約五兆三千億円)を超え、当時「株式会社史上最大の倒産」といわれた。一九八五年にテキサス州とネブラスカ州の天然ガスパイプライン会社が合併してできたエンロンは、電力・ガスの卸売、小売、発電や天然ガス開発に事業を広げ、さらに従来は先物取引の対象でなかった電力、ガス、水道、通信なども先物商品として取引し、誕生から一五年で全米第七位の売上高を誇る巨大企業に成長した。

 しかし、転落も速かった。二〇〇一年七−九月期決算で一〇億ドル超の巨額損失などを発表するや最高時(〇〇年九月)九〇ドルを超えた株価は下がり続け、粉飾決算の発覚とあいまってエンロン株は二六セントまで低下し、破綻することになった。

 エンロンの創業者レイ氏は、不正発覚前の〇〇年に自社株を売り抜けて一億二三〇〇万ドル(一四四億円)を手に入れながら、従業員に対しては401k(この名称は従業員の保険掛金を所得控除の対象とする内国歳出法401条kに由来し、従業員の掛金で株を購入し、その株の運用収益によって受取年金額が変動する確定拠出型年金を指す)の年金資産をエンロン株で運用するよう推奨した。エンロン破綻により従業員は失職するだけでなく、年金資産も奪われることになった。エンロンにとっては従業員が職を失おうが、その老後が無になろうが関係ない。目先の株価を吊り上げること、これがエンロンの目的である。

 『うそつきポーカー』

 この目的を実現するためのバイブルが、実はアメリカ証券界流行の『うそつきポーカー』という本だった。六月下旬にNHKが報道した特別番組「エンロン破綻、アメリカがおかしくなっている」はエンロンの手段を選ばない株価吊り上げの実態を見事に描写していた。エンロンは合併・買収を繰り返しながら急成長し、その過程で莫大な損失を出した。損失が明るみに出れば、株価は急落する。そこで、幽霊会社を作って、巨額の損失を移す。損失を幽霊会社に「飛ばし」ながら、「本体は儲かっている」と嘘をつき続ける。幽霊会社は実に二八〇〇社にも上った。

 経営者以外には、従業員にもエンロンの一般株主にも取引先にも顧客にも、実態はわからなかった。トランプの五枚のカ−ドが八百屋(カ−ドがバラバラ)であろうが、嘘をつき続ければ勝つ。相手に嘘がばれれば負ける。このゲ−ムの通り、儲けのために市場でいかにだますか、そしていかにだまし続けるか。嘘がばれれば、ゲ−ムは終わり、会社も終わる。これを説いているのが、エンロンが経営指針にした『うそつきポーカー』という本である。「エンロンがやったのは、会社全体をかけた『うそつきポーカー』だった」と語るエンロンの元社員の言葉はカジノ資本主義の本質を見事に突いている。
 
 暴走する最高経営責任者

 エンロン破綻以後、アメリカのCEO(最高経営責任者)は、その不正行為が次々と発覚し、相次いで退任に追い込まれた。四月末に退任した通信二番手のワールドコムのエバースCEOは創業者の暴走路線が破綻した典型である。高校のバスケットボールコーチ、モーテル経営者と転職を繰り返してきたエバース氏は八三年にワールドコムを設立した。同社は、七五社に上る買収・合併によりAT&Tにつぐ長距離通信二位の企業となり、世界の電子メールの半数が同社のネットワークを経由するまでになった。エバース氏は同社株を担保に個人的に融資を受けた金融機関から返済を迫られると、四五億円もの融資額を会社に肩代わりさせた。経営の目的はマネーゲームとなり、負債は年間売上げを上回るほどになった。株式市場はエンロン破綻の教訓から巨額負債に神経質となり、株価は今年はじめから四カ月で八割低下し、同社の社外取締役がエバース氏を解任することになった。

 六月初めに退任した複合企業タイコ・インタナショナルのコズロウスキCEOは九〇年代に百以上の企業を買収し、同社を売上高三六〇億ドル、従業員二五万人の巨大企業に仕立てあげ、第二のGEと市場からもてはやされた。同氏の昨年の報酬は一〇億円に上った。多数の買収により同社の財務内容が不透明だとの批判を浴びて株価は急落し、同氏は退任することになった。そして、翌日には百万ドルを脱税した罪で起訴された。エンロンを追撃してきたエネルギー大手ダイナジーも粉飾決算の疑惑で株価が急落し、ワトソンCEOは五月の株主総会で株価下落や不透明会計についての質問攻めにあい、直後に引責辞任した。
 
 ワールドコムの破綻と不正経理の手口

 約四四〇〇億円の粉飾決算が明るみに出て経営危機を深めていたワールドコムは、七月下旬、ついに破産法を申請した。負債総額は四一〇億ドル(約五兆円)、資産規模は一〇三八億ドル(約一二兆円)で、アメリカ最大の企業倒産である。利益水増しによる粉飾決算はその後増えて、約八四億ドルにまで上った。また、前CEOエバース氏が、自社株の買い支えに資金をつぎ込み、株価下落の穴埋めに必要となった追加資金四〇〇億円以上を同社から融資させていたことも明らかとなった。

 無数の幽霊会社を作り金融技術を駆使して帳簿を操作したエンロンに比べれば、ワールドコムの不正経理の手口は単純である。その手口とは、費用を無形資産に付け替え、複数年に渡り償却することにより単年度の費用を過小に見せるというものであった。通信網の維持費や外部に支払うべき通信関連費用は、もともと損益計算書の「営業費用」に計上しなければならない。ワールドコムはそれらを貸借対照表の「無形資産」に計上していた。無形資産に計上すれば、償却という形で処理を数年にわたり分割できる。たとえば、一〇〇〇億円の無形資産を一〇年間にわたって償却する場合に、本来は一〇〇〇億円の費用として損益計算書に計上すべきであるが、無形資産に入れ替えているので、単年度に計上する償却費は資産の一〇分の一の一〇〇億円である。両者の差額分が単年度の利益を大きくすることになる、という仕組みである。
 
 企業経営者と会計事務所の癒着 

 米証券取引委員会は二月から同社を調査していたが、この粉飾を見抜くことができなかった。なぜ、こうした簡単な手口を見抜けなかったのか。経営者と会計事務所が癒着し、巧妙に操作していたからである。

 企業はまず、会計事務所から優秀な幹部会計士を引き抜く。そして、企業の社員となった彼らを会計事務所の会計士と折衝させる。監査する側の会計事務所が企業の会計士に指導され、簡単に説得されてしまう。これでは、全く監査にならない。選手(経営者)と審判(会計事務所)の両方が不正に手を染めているのである。世界五大会計事務所のアンダーセンがこの典型的な例である。アンダーセンはエンロンの監査を担当していたが、米証券取引委員会がエンロンにたいする調査にのりだすと、関連文書をシュレッダーで違法に破棄した。アンダーセンは司法妨害罪で有罪評決を下され、監査業務を続けることが不可能となり、その後八月末に八九年続いた会計事務所の歴史を閉じることになった。

 ブッシュ政権の企業不正

 企業だけが不祥事を引き起こしているのではない。会計事務所も証券アナリストもそれに加担してきた。そして、ブッシュ政権にかかわる疑惑も浮上してきた。ブッシュ大統領は七月上旬、ニューヨークのウォール街での演説で企業の不正防止策の一環として、企業は自社の経営幹部への融資をやめるべきだと訴えたが、その後、大統領の不正行為疑惑が明るみになった。ブッシュ大統領は八六年から九三年までテキサス州の中堅石油会社ハーケン・エナジーの役員をしていたが、その時に同社から低利の融資を受け、同社の株式購入にあてていた。九〇年六月に同社の株式を売却したが、証券取引委員会への報告は翌年二月と遅れた。意図的に遅らせたのではないか。株売却後に同社の経営は悪化したため、売却時より株価は下落した。大統領のインサイダー取引疑惑である。

 チェイニー副大統領はテキサス州の石油会社ハリバートンのCEO在職中に不正会計をしたとして七月一〇日、政治家の汚職を追及するNGOから株主代表訴訟を起こされた。CEO時代の九九年から〇一年までに、実体のない五四〇億円を収入として不正計上して株価を吊り上げ、副大統領になるために同社を去る時に保有株を売却し巨額の利益を得た。株価はその後暴落し、一般株主に多大な損害をもたらしたというのが提訴理由である。また、彼はハリバートン社の監査をしていた会計事務所アンダーセンの宣伝ビデオに出演し、同事務所を賞賛していたことも明確になった。
 
 アメリカ型資本主義とは株価至上主義

 企業スキャンダルが続出したアメリカ型資本主義の最大の特徴は株価至上主義にある。つまり、株価をいかに上昇させていくか、この一点に尽きる。アメリカでは、企業は決算発表を四半期ごとに行うことになっており、発表された企業業績の動向がその企業の株価を大きく左右する。そこで、経営者は三カ月毎の短期の利益をどう上げるかに狂奔することになる。

 アメリカ型資本主義には企業の短期の利益を上げて株価を高めるためのさまざまな制度が組込まれている。まず、ストック・オプション(自社株購入権)。あらかじめ決められた価格で自社の株式を購入できる権利のことである。決められた価格よりも自社の株価が上昇した時にこの権利を行使し、株式取得後に売却すれば、利益が得られる。株価が大幅下落すれば、紙くず同然である。経営者の報酬の一部をこれで支払うことになったため、経営者は株高を演出するための経営に走り、高株価の時にこの権利を行使し、莫大な報酬を得た。

 次に、M&A(企業の合併・買収)。これにより短期間に手っ取り早く企業業績をあげることができる。一〇〇社以上の企業を買収したタイコ・インタナショナル、七〇回以上の買収・合併を繰り返したワールドコムがこの例である。

 さらに、各種の規制緩和・撤廃。破綻したエンロン社は、テキサス州やカリフォルニア州などの州議会議員への徹底した政治献金によりエネルギー分野の規制緩和、電力自由化を勝ち取り、急成長した。エンロン社は、元商品先物取引委員長ウェンディ・グラム(クリントン政権誕生直前の九三年一月までの五年間就任)に働きかけて、先物取引規制の定義を狭める規則改正を行わせた。その結果、エンロン社のエネルギー関連先物取引は商品先物取引委員会の規制・監督対象から除外され、エンロン社は莫大な利益を上げることとなった。

 超「自己中」になった経営者−ストック・オプションの魔術

 一九世紀後半のアメリカの株式会社は、個人やその家族が出資して大株主になり、大株主が会社を経営する、あるいは番頭に経営をさせるというものであった。二〇世紀になり株式会社が大規模化すると、発行株式数も巨大になって数人での出資は不可能となり、株式は多数の株主に分散するようになった。こうして、かつての大株主の会社支配は終わり、それにかわって専門的経営者が会社を支配するようになった。いわゆる経営者支配である。当時、大企業は全ての人に責任を持とうと考え、株主、顧客、従業員、地域社会などの利害関係者の要求にバランスよく応えることが大企業の任務であるとされた。

 一九八〇年代半ばからアメリカ企業は株主価値、株価重視を企業目的とするようになった。かつての経営者支配の時代には、経営者は会社の利益のために働き、従業員の年収より何倍もの所得を稼ぐことは見苦しいことだと考えていた。ところが、状況は急変した。株価を吊り上げるために経営者と株主の利益を一致させる必要がある。そのためにストック・オプションによる役員報酬というニンジンを鼻先に突きつけられた経営者は、会社の将来よりも現在の株価を重視し、不正行為をいとわずに株価を上げるための経営に突き進んだ。株価が上がった時点でストック・オプションを行使すれば、経営者は莫大な富を取得できる。こうして、経営者の報酬は急上昇した。一九八〇年に労働者の平均年収の四二倍であったCEOの報酬は、一九九〇年に八五倍となり、二〇〇〇年には五三一倍にまで上がった。

 アメリカ型資本主義の帰結

 クリントン政権一期目に労働長官を経験したロバート・ライシュは、最近邦訳された『勝者の代償』(東洋経済新報社、二〇〇一年八月刊)の中で、九〇年代のアメリカ社会を総括して次のように述べている。かつての経営者支配の時代には、労働者は限られた労働強度の中でその雇用は安定していた。底辺の労働者の賃金は上がり、経営トップの報酬は制限されて、賃金格差は縮小した。労働者の平均賃金が持続的に上昇することによって、中流階級が拡大した。

 ところが、九〇年代以降こうした状況は急変することになった。企業は、いまでは、従業員や地域社会や一般大衆に対する責任を果たさなくなった。経営者の唯一の任務は株価を最大にすることであり、そのことにより自分の報酬を高めることである。企業はコスト削減のため、リストラを繰り返し、労働者の安定した雇用は消滅した。労働者は収入を得るために以前よりもはるかに継続した努力を求められ、長く働き、家庭にも仕事を持ち込まざるを得なくなった。この求めに応じられない労働者は下層に転落して行った。こうして、不平等はおどろくほど拡大した。「金持ちと中間層は、今や別の世界に暮らしており、そして貧しいものは両者にとってほとんど見えない存在になってきている。二〇世紀の終わりにはアメリカの世帯のもっとも豊かな一%を占める二七〇万人たらずの人が、税引後所得で、最低所得層の一億人分に匹敵するお金を持つようになった」(『勝者の代償』一六五頁)。
 これがアメリカ型資本主義の帰結である。


えんどう ゆうじ/九州大学大学院経済学研究院 教員

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