インタビュー 日朝首脳会談をどうみるか

                   出水 薫

2002.10.20 218



  −−歴史的な日朝首脳会談の基本評価に入る前に、焦点化されている朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の拉致問題への国内の反応をどう見ますか。

 二つの点から話したいのですが、一つは社会の反応です。政府が拉致問題を日朝国交正常化交渉再開のハードルにすると言っていたので、マスメディアの報道姿勢も、会談前からこの問題に集中していました。それがあのように劇的な結果だったので、ワイドショー的に報道されて、社会の非常に感情的な反応を引き起こしています。

 朝鮮学校の生徒への脅迫などは、とんでもない話です。拉致された当事者の無念や家族の気持ちは理解できるにしても、社会自体がマスコミのワイドショー的な報道に煽られてしまうのは良くないし、もっと冷静に対応すべきです。こうした状況は、今後の日朝交渉の選択肢をせばめてしまうし、その意味で問題だと思います。

 もう一つは政治レベルの話です。もともと小泉政権は世論の支持を支えにしているので、世論の方向に逆らうのは難しい政権です。同時に、パフォーマンスによって支えられている政権なので劇的な訪朝、首脳会談という決断をしました。しかしその結果として、社会の厳しい反応を引き出しています。これを、自民党内の小泉を引きずり下ろしたいグループも利用するし、野党も利用しています。これもまた、今後の日朝交渉には悪影響しか与えません。


 −−国交正常化交渉そのものを否定する意見さえありますが

 まず今回の日朝首脳会談を評価する前提として、私は日朝交渉をすすめるべきだという立場です。今やアメリカが世界でもっとも危険な国であって、このアメリカの東アジアにおける行動を封じ込めるためにも、日朝交渉はすすめるべきです。小泉政権の評価とは離れて、日朝交渉の糸口をつかんだ事は肯定的に評価すべきです。日朝の国交正常化は「日本の安全」と言われる問題を考えたときにも望ましいし、東アジア全体にとっても望ましいことです。だからこそ、今の社会・政治状況は後ろ向きで危険です。

 −−拉致・不審船問題そのものは、どう見たら良いでしょうか。

 今回表面化した北朝鮮による拉致事件は、一九七〇年代から八〇年代前半に起きています。七〇年代は、いわゆるニクソン・ドクトリンが出され、アメリカが東アジアへの直接介入を後退させていく過程であり、その後、カーター政権が在韓米軍の撤退などを打ち出してきます。ベトナム戦争に決着がついて、朝鮮半島が「第二のベトナム」になるのではと韓国が危機感をつのらせた時期です。逆に北朝鮮の側は、「第二のベトナム」をめざして攻勢に出ました。

 こうした歴史的背景のもとで、七〇年代に北朝鮮は積極的な対外工作をおこない、中国と連携して韓国へ圧力をかけます。その水面下で、非合法的な拉致問題が引き起こされたのだと思います。八〇年代前半は、ソウル・オリンピック開催が決定されて、八七年の大韓航空機爆破事件まで、韓国の全斗煥政権に圧力をかける時期と符合します。

 しかしその後、拉致のような手荒なやり方は影をひそめたようです。少し説明すると、北朝鮮にとって、基本的にはアメリカとの関係改善こそが最大で最優先の課題です。北朝鮮がどのような戦略をとっても、世界との流通・貿易、経済・金融取引、援助や資金の調達などの点で、朝鮮戦争以来アメリカと敵対関係にあるということが、ネックになります。それで七〇年代後半から一貫して、アメリカとの関係改善こそが、北朝鮮の死活的な課題なのです。アメリカのテロ国家指定リストに載せられ、世界市場から締め出されている状況を脱却したい、何とかテロ国家指定を解除させたいと、北朝鮮は一貫して追求してきました。

 だから大韓航空機爆破事件以降、そういうテロや拉致のような事件は起こし難い状況になった。アメリカの側もそれ以降、北朝鮮が「よど号」の犯人を匿っている事以外にテロを支援している証拠はない、というような評価になりつつありました。とくにクリントン政権下で関係改善が進んだ時期はそうです。北朝鮮が今回、拉致事件を認めたのは、その一一件が八〇年代前半までの事で、テロ国家指定の解除には悪影響を及ぼさないという判断があったのでしょう。

 その一方で、不審船問題のような「工作」の類については続いています。九〇年代に、韓国で北朝鮮の潜水艦が捕捉され座礁する事件があったように、日常的に続いています。日本に対しても、恐らくそうでしょう。軍事的に考えると、追い詰められている北朝鮮にとってみれば、当然ありうる行動です。
 不審船について、日本政府や日本社会の見方からすれば、領海や排他的経済水域が侵犯されるのを取り締まれという理屈になります。それでは日本だけが脅かされているのかと言えば、必ずしもそうではありません。むしろ北朝鮮の方が国家体制全体として追い詰められ、脅かされているからこそ、情報収拾やさまざまな工作をおこなっている、という側面を見落としてはならないと思います。そうした工作を正当化するわけではなく、その背景にある事情を理解すべきだということです。

 −−そこで本題の「平壌宣言」やその背景について、北朝鮮はかなり譲歩しているようですが、どうでしょうか。

 「平壌宣言」は基本的に、日米韓の対北朝鮮政策についての連携の枠組みを、すべてクリアしています。その意味で、内容は予測の範囲内です。

 北朝鮮側からみた場合、まず対米関係については、クリントン政権までは改善の方向にすすんでいたのが、ブッシュ政権になると、がぜん対応が変わり、例の「悪の枢軸」発言があり、イラクへの攻撃が準備されるという状況で、手詰まりになっています。水面下では、米国務省筋との外交接触を絶やしてはいないのですが、大きな関係の転換は難しい状況です。

 韓国との関係では、今年の一二月に大統領選挙を控え、金大中政権は内政的に「死に体」なので、今どうこうするより、むしろ次期政権が金大中政権の「太陽政策」・「包容政策」から大きくブレないように誘導しておけば、それでよしというのが北朝鮮の考えでしょう。具体的には、二〇〇〇年の南北首脳会談の合意でもある、南北の経済交流をもっと太くする、象徴的には鉄道の連結事業をすすめておきたいでしょう。

 北朝鮮からみて、日米韓との関係で、のこるのは日本との関係です。今すすめられるのは、日本との関係だけだという観点からのアプローチだと思います。鉄道の連結事業にしても資金が必要で、その点からも日本との関係改善をすすめようとしているのだと思います。

 北朝鮮の経済状況については、色々な評価があるのですが、九〇年代中頃のような厳しい状況は、中国の支援も受けつつ、いったんは脱したものの、底這いで展望がない状況だと見ています。この展望がない状況をどう打開するのか、という問題に直面しており、そこが九〇年代中頃との違いです。多くのコリア・ウォッチャーが言っているように、恐らく中国型の開放経済のようなものを視野に入れながら、少しずつ動き始めているというのが現状でしょう。

 そうなると、北朝鮮にとって日本との関係、とくにお金の問題がますます大きくなります。一九六五年の日韓国交正常化では、無償三億ドル、有償二億ドル、商業借款三億ドルが日本から韓国へ経済協力という形で提供されたのですから、少なくともこれと同等のものは、北朝鮮との関係でも見込めるだろうということです。

 さらに無視できないのは、在日朝鮮人系信用組合の破綻処理の問題です。これは決して小さくない影響を北朝鮮の経済には与えます。この解決も時間的にぎりぎりの所にきています。

 日本の小泉政権からみると、先程のべたようにパフォーマンス政権ですから、発足から一年を経過して、そのパフォーマンスがどれだけ実のあるものになったかが問われています。特殊法人処理などいろいろ試みていますが、ここで一つ大きな目立つ成果をあげたいという事はあるでしょう。失点続きの外務省からすると、その存在意義を示すような冒険的な成果をあげる方向にうごかしたという面もあるでしょう。ただ、これらの思惑は結果として、今のところは裏目にでている感じです。

 −−ブッシュ政権の世界戦略の展開のなかで、日朝会談はどういう意味をもつのでしょうか。

 北朝鮮にとってもう一つの問題は、イラク問題との関係です。イラクがアメリカの当面の標的になっており、その次が北朝鮮ということになる可能性が高いので、そうなってはたまらない。矛先がイラクに向いている間に、アメリカとの関係を何とかしたいということです。

 アメリカのブッシュ政権のなかには、イラク政策などについて、ラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領などの「強硬派」とパウエル国務長官やアーミテージ国務副長官などの「穏健派」があると言われています。しかし私は、いわゆる国務省グループを穏健派で「ハト派」だと評価するのは違うと思います。

 パウエルやアーミテージは戦争に参加し指揮した軍人です。九〇年代以降のアメリカは「負ける戦争はしない」「負けない体制を作って戦争をする」という考えです。ラムズフェルドなど戦争を指揮した経験のないような人物の主張する、跳ね上がった意見とは違って、今の国際的状況では勝てないと思っています。

 アフガニスタンはアメリカ単独でも攻撃できるが、イラクについては無理だということです。軍費を考えても、湾岸戦争レベルかそれ以上の負担が必要になります。大国間の協調と他国の軍費負担がなければ、戦えないし勝つことができないからです。だから、いわゆる穏健派は決してイラクのフセイン政権を抹殺することに反対しているわけではありません。

 いずれにしても、この両グループにとって、北朝鮮と日本との関係改善で北朝鮮をある程度安定させることは、思惑の違いがありながらも支持すべきことではないかと考えます。

 強硬派からみると、イラクを攻撃するうえで有利になるという判断です。というのもアメリカは九三年のボトムアップ・レビュー以降、二正面戦略で大きな戦争を同時に戦えることを追求してきましたが、今は二正面では戦えません。二正面の戦争に備えていた軍事力の一方を、アメリカ本土防衛にはりつけています。アフガニスタンでは現在も戦闘が続いています。そこで一正面のイラクと戦争するためには、もう一つの正面で絶対に戦争を起こさせてはならないのです。二正面の戦争として想定されているのは、まさに中東と朝鮮半島ですから、イラクと戦うためには、台湾を含めた東アジアの緊張を激化させるわけにいかないのです。つまり「時間稼ぎ」です。

 穏健派からみると、「悪の枢軸」をぶち上げて強硬派がやろうとしていることを、まずは落ち着かせたいし、北朝鮮との関係改善が、その意味での歯止めになることを期待しているでしょう。

 したがって評価している所は違っても、アメリカの両グループは日朝関係が進展することに、今のところあえて異を唱える必要はないのです。強硬派の時間稼ぎという観点からすれば、積極的に後押ししている可能性もなくはありません。

 韓国にとって、少なくとも今の政権にとっては、「太陽政策」・「包容政策」を揺るぎないものにするための非常に大きな環境作りの一環として、日朝関係の進展を支持こそすれ反対する理由はありません。

 中国やロシアなど東アジアと関係する諸国にとっても、ブッシュ政権が九・一一以後、イラク攻撃まで含めて「テロとの戦争」をぶち上げてしまったなかで、日朝関係の進展は歓迎すべきことです。

 −−経済的な面を含めて北朝鮮の安定から、周辺諸国は何を得ようとしているのでしょうか。

 中国は、九〇年代の朝鮮半島危機で、北朝鮮がなくなったらどういう事が起きるのか、ということを切実に考えざるをえませんでした。統一朝鮮ができたら、アメリカに基地を提供している国と国境を接することになります。その国境地域には少数民族の朝鮮族が住んでいますから、国境紛争・民族紛争すら引き起しかねない。北朝鮮という緩衝地帯が、いかに中国にとって重要であるかを学んだと思います。だからこそ九〇年代後半に、事実上の支援に近い形で北朝鮮の経済を支える行動にでました。

 しかし、今のままの北朝鮮経済では、底這い、じり貧で北朝鮮を安定させることはできません。そこで中国から見ると、自国と同じようなある種の開放経済政策をとって、中・長期的に北朝鮮という国の体制を維持させる必要があると考えています。

 ロシアにとっては、朝鮮半島からロシアへの鉄道の連結によって、地上の流通ルートをずっとヨーロッパまで確保したいと、本気で考えているのではないでしょうか。これが実現すれば、世界有数のコンテナ港である釜山からヨーロッパまで繋がります。

 北朝鮮自身にとっては、どれだけの利益か分かりませんが、北朝鮮に進出しようと手ぐすねを引いている日本の事業家もいると思います。在日朝鮮人事業家などもそうでしょう。賃金の低さや労働者の抑え込みに関しては、東南アジアより魅力的だとも言えます。日韓条約以後、日本企業が一斉に進出した六〇年代の韓国のような地位を、結果として得ることになるでしょう。

 −−日朝会談後の拉致問題キャンペーンが、日本の戦争準備、改憲、有事法制に与える影響をどう考えますか。

 この問題で、いま何が問われ、何が分岐点かと言えば、日本がいわゆる「普通の国」になるかどうかという事です。なし崩し的な変化はありましたが、理念的・法制度的には、まだ現在の日本は「普通の国」ではないのです。それが今ほど名実ともに、争点として問われることは、戦後の歴史になかった事です。

 これをどうするか、という立場については、世代交代の影響があると思います。「普通の国」でない事を積極的に支持するのは、いわゆる護憲派です。さらに「普通の国」でなくても仕方がないという、改憲派でない保守があります。そこには戦争体験があって、「普通の国」でない事も止むを得ないと、この状態に意義を見出していました。

 ところが、そういう体験や意識を持たない世代が登場してくると、「普通の国」でない事自体が問題だ、と考えるようになるわけです。この世代は、日本が大国になったという意識を強烈にもっており、九〇年代以降の「国際貢献論」のように、「国際社会でどう責任を果たすのか」がより大きな問題だという議論になってきます。

 有事法制について見ると、日本自身の直接の行動が原因で有事を引き起すことは、想定し難いと、小泉政権の閣僚ですら認めています。想定されるのは、明らかにアメリカの軍事行動を契機とするものか、その出撃基地・兵站を提供している日本への波及についての対応を視野に入れたものです。また「内乱」まで行かないにしても、反米反戦行動は起こり得るし、旧安保条約のような、それに対して威嚇し制限できる体制を考えているという事でしょう。だから有事法制は非常事態における、いわば「緊急権力」を内閣に与えるための準備だと見た方が良いと思います。

 それは「普通の国」の在り方という観点とも結びつくし、アメリカや日本の政策決定者から見ると、抑止力を高めることになる。本気で戦争できる体制を作ること自体が、威嚇になるという考え方です。

 日朝会談後、拉致問題で「北朝鮮脅威論」のようなものが煽られていますが、日本でのそういう議論は以前から倒錯しています。くり返しになりますが「脅されているのは何方なのか」という問題です。九〇年代の朝鮮半島危機の時から、本当に体制の死活にさらされているのは北朝鮮の方です。あの時には、掛け値なしに生きるか死ぬかという状況にさらされ、北朝鮮は「瀬戸際外交」をとりました。アメリカを交渉のテーブルに着かせるには、外交的にそのカードしかなかったからです。

 アメリカ政府には、この関係を分かっている人もいるようですが、日本では政策決定者も含めて、それが分かっていない所があります。とりわけマスコミが、九〇年代にそういう倒錯した情勢認識を煽るだけ煽ったので、その後遺症が社会のなかに非常に深刻に残っています。これを解決しないといけないでしょう。

 そして、日本と北朝鮮が一般的で正常な国家間関係を結ぶことが、拉致問題のような非合法的工作活動をも停止させる一番の早道だという事に、気づくべきでしょう。それこそが、言うなれば一番の「安全保障」です。拉致問題の犠牲を無駄にせず、前向きに、最大で最良の安全保障である国交正常化こそを目指すべきだと思います。また日本の有事法制を封じ込め、アメリカの軍事行動を封じ込めるためにも役立つと考えます。


いずみ かおる/九州大学大学院法学研究院 教員
http://homepage2.nifty.com/IZUMI_Lab/

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