インタビュー 北朝鮮の核開発問題をどう見るか

                出水 薫

2002.11.20 219−2002.12.20 220


 
 −−日本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との国交正常化交渉再開の直前に、アメリカの指摘に対して北朝鮮自身が核兵器開発を行なっていると認めましたが、その経緯はどのようなものでしょうか。

 そもそも現在、北朝鮮が持っている核に関する技術は、旧ソ連から供与されたものです。すでに北朝鮮は六〇年代から一般的な原子力開発は行なっていました。ソ連も、核保有国として核兵器の拡散については敏感でしたから、北朝鮮にNPT(核拡散防止条約)に加入するよう圧力をかけました。そこで北朝鮮は一九八五年にNPTに加入することで、国際的な枠組みの中で核開発を進めるようになったわけです。日本での論議では誤解もあるようですが、兵器にならないレベルいわゆる「平和利用」なら国際的な取り決め(の遵守)の下で、北朝鮮の核開発がとがめられる理由はないのです。

 ただし、NPTに加入して原子力開発をすすめるには、管理・監督体制としてIAEA(国際原子力機関)と協定を結び、その査察を受けないといけません。ところが北朝鮮は、その査察協定を結ばないまま原子炉を運転し、そこからプルトニウムを抽出する事が可能な核燃料再処理工場の建設に着手しました。そうなると、これはNPTの抜け道を使った軍事転用と紙一重だと言われることになります。もともと原子力の平和利用と軍事利用は紙一重ですから、使用済核燃料から兵器用の高純度プルトニウムを抽出しないという保証・監視ができない状態のまま、北朝鮮が再処理施設の建設を始めたことが問題となったのです。

 北朝鮮がどうして核兵器開発を進めるのか。その一つは、世界最大の軍事大国アメリカと対峙する北朝鮮にとって、最も安上がりで効率的ないわゆる「抑止力」は、核兵器だからです。核保有大国と軍事的に対峙する小国は常に「核を持ちたいという誘惑」にかられるのです。

 韓国にもそのような「誘惑」はありました。ニクソン・ドクトリンにそってアメリカがアジアへの直接介入から手を引き始め、カーター政権が在韓米軍の撤退を言い出した七〇年代後半には、韓国も核兵器を持とうとしたことがあります。この事例に見られるように、小国の「核への誘惑」は当然あるわけで、北朝鮮も核大国のアメリカと対峙するなかで、核を持ちたいという側面があったであろうということは、否定できないでしょう。

 しかしその側面を過剰に強調することは、事態を見誤ることになると思います。というのは、もう一つの側面として額面どおり「エネルギー問題の解決」という側面も、当然あっただろうと言うことです。北朝鮮は、希少な埋蔵資源をもっている国なのですが、残念ながら石油は産出しない。そして南北朝鮮はどちらも、「オンドル文化」と言われるように、厳しい冬を越すための燃料の問題、電力・エネルギーの確保は非常に重要です。しかも、外貨獲得手段が限られている北朝鮮としては、原油に依存するエネルギー構造から脱却する代替手段は何かと考えると、核燃料サイクルと呼ばれているもの(ウランを燃やし、プルトニウムを抽出して、再利用する)は、エネルギーを自立的に運用するという面からも魅力的なものであったでしょう。そういう、本当にエネルギーの問題から、原子力開発をすすめたという側面は、否定できないと思います。

 −−日本での報道では、もっぱら「核開発疑惑」と言われていますが。

 これが、どうして米朝関係という問題、とくに「核疑惑」として浮上したのか。それを考えるには、まず九〇年代に入って北朝鮮が置かれた苦境というものについて見なければならないと思います。この雑誌にも何度か書いたことですが(本誌h齡ェ二・一九〇・一九六)、戦後の冷戦構造のなかで経済的にもソ連や中国との関係に頼っていた北朝鮮が、その冷戦構造の崩壊のなかで苦境に陥ったということです。

 決定的には、ソ連邦が解体してソ連に依存していた物資が入らなくなりました。原油等のエネルギー資源、小麦等の食糧・家畜飼料さらに機械部品などが、援助の意味をもったバーター貿易から外貨決済にかえられたことで、事実上の輸入中断状況になりました。それによって、工業生産、農業生産、流通が破局的になり、それがその後の、良く言われる「飢餓状態」への入り口だったのです。

 しかもさらに、北朝鮮を国際的に孤立させる事件がつづきました。韓国は、ソ連や中国と相次いで国交を結びます。韓国は外交攻勢の結果、九〇年代前半の時点で、朝鮮戦争から敵対関係にあった中国やソ連、すなわち北朝鮮の背後にある「同盟的な国」と、手を結び和解したのです。しかし北朝鮮は、その逆のこと、すなわちアメリカや日本との関係改善が出来なかったのです。そうした国際的な外交・政治的な孤立によるあせりと、先程言った経済的な打撃が、北朝鮮にとっては、外交攻勢を強める必要があるという判断に導いたわけです。そのなかで、実際に九〇年代はじめには日朝国交正常化交渉も、三党訪朝団(金丸訪朝団)からはじまりました。

 しかしその場合、北朝鮮と韓国には大きな立場の違いがありました。韓国が、ソ連や中国を関係改善交渉のテーブルに座らせることができたのは、韓国自身が「先進国化」しつつあり、相手国にとっても一定のメリットがあったのに対して、北朝鮮にとって、アメリカや日本を外交交渉のテーブルに着かせることは至難の業でした。そのための外交カードが無かったのです。そして限られた条件のなかで、どのようなカードを切るかと言うと、とくにアメリカとの関係でアメリカが最も敏感な「核の拡散」に関わる、ある意味で「瀬戸際外交的」なカードを切るという手段を選んだ、ということがあると思います。

 −−それがどうして、九四年の朝鮮半島危機となったのですか。

 アメリカはすでに九〇年の秋頃から、北朝鮮がIAEAとの協定が無いままに原子力開発を進めている事に警鐘を鳴らしはじめ、危機感をもっていました。ですから北朝鮮にすれば、このカードが外交的に使えるという判断に立つ訳です。アメリカは、「核不拡散」という政策から北朝鮮との接触を行い、国際的な圧力を行使し、九二年にはIAEAと北朝鮮の間での核査察協定の締結が実現しました。これは北朝鮮から見れば、IAEAとの核査察協定の締結というカードを失ったということです。

 ですがこうした形で、米朝の間の外交的パイプは繋がっていました。これは、旧ブッシュ政権との話です(現在のブッシュ・ジュニアの父が大統領であった時期)。この政権は、冷戦を終わらせた政権として、「冷戦後の国際秩序」を課題として取り組む姿勢をもち、そのなかで、北朝鮮との交渉も進んでいました。

 ところが、「外交のブッシュ」を破って当選した「内政のクリントン」政権は、発足当初、外交問題について敏感でもなく積極性もありませんでした。他方で北朝鮮は、いよいよ経済危機が迫り、実利が得られるような局面の打開が必要でした。それでも、IAEAとの核査察協定が結ばれるなかで、クリントン政権は、北朝鮮との関係にそれ以上の意欲を示しませんでした。日本との国交正常化交渉も、拉致問題などが出てきて頓挫してしまいます。

 そうしたなかでの新たな外交カードとして、すでに核兵器開発も視野に入れていた北朝鮮は、IAEAの査察を特定の施設については拒否するという事になりました。具体的には、九三年初めにIAEAが特別査察(当事国が申請した施設でなくとも査察を要請することができるというもの)を申し入れた事に対して、北朝鮮はこれを拒否した訳です。

 これによって、「核開発疑惑」は「核問題危機」へと転化して行きました。その評価は微妙な所ですが、北朝鮮が「瀬戸際外交的」なカードを切ったと見る事もできますし、現実に核兵器開発をあきらめていない事の現れだったとも言える両面があります。いずれにしても、特別査察を拒否した北朝鮮は、全土に準戦時体制を敷き、さらにNPTからの脱退を宣言しました。IAEAは、これを国連安全保障理事会に通告し、そこでこの問題が処理されることになり、次第にアメリカは、そのテーブルに着かざるを得なくなります。

 北朝鮮は、アメリカと交渉しアメリカとの関係を改善したいという意向で、北朝鮮の安全を保障せよ、朝鮮半島を非核化せよ、在韓米軍の脅威を取り除け−−という事を、IAEAの特別査察を受け入れる条件として提示しました。これは、まさにアメリカとの交渉を進めたい、という意志を明示したものです。だから、アメリカが北朝鮮との交渉のテーブルに着かないことには、国連安保理としても手の打ちようがないし、NPTからの北朝鮮の離脱を防ぐ事ができないという関係になった訳です。

 そうして、九三年六月からアメリカは交渉の席に着きました。そこで北朝鮮は、NPTからの脱退はしないと表明したのですが、まさに「瀬戸際外交的」に次々と外交カードを使ってきた北朝鮮にとっては、IAEAの特別査察をめぐる問題が次のカードになったのです。これに対してクリントン政権は、米朝間の交渉では埒があかないので、経済制裁によって圧力をかけるしかないという方向に行きました。

 当時の北朝鮮が置かれていた経済的苦境から見ると、実際にそうなのですが、北朝鮮はアメリカによる経済封鎖は「宣戦布告と見なす」と表明しました。北朝鮮にとっては、それだけ深刻な状況だった訳です。

 九四年四月から六月の「朝鮮半島危機」とは、この事態を指しています。アメリカは、経済制裁を国連安保理の決議としてあげるという圧力で、軍事転用が可能な北朝鮮の核開発施設の凍結を呑ませようとし、これに対して、北朝鮮はもはや後には引けないと、これを突っぱねて、危機的な状況に陥りました。

 この時に、アメリカから日本に対して、最悪の事態、「第二次朝鮮戦争」を想定しての軍事協力が打診されたのです。それは日本にとっても、非常に大きな意味をもつ問題でした。アメリカは、「第二次朝鮮戦争」も含めて、さまざまな選択肢を考えました。

 しかしそこで、今年ノーベル平和賞をもらったカーター元大統領が、国務省の一部と連携しながら、彼独自の判断も含めて、調停に乗り出しました。平壌を訪問し、金日成と会談して、アメリカが一定の条件を呑めば北朝鮮としても矛をおさめるという意向を、ホワイトハウスに伝えました。ここで「朝鮮半島危機」は、劇的な解決を見る事となった訳です。

 −−そこでの、「枠組み合意」とよばれる内容はどんなものですか。

 金日成が提示したのは、アメリカが北朝鮮の安全保障について一定の配慮を示し、米朝関係の改善についての継続的な約束すれば、使用済み核燃料から抽出したプルトニウムを封印し、建設中の核開発関連施設も凍結する−−という事です。これをクリントン政権が受け入れた事で、一旦は危機が回避されました。

 ここから、米朝交渉が再開され、九四年一〇月の、いわゆる「枠組み合意」となります。この「枠組み合意」の内容は、第一に、ソ連が提供した黒鉛減速炉はプルトニウムを抽出しやすいので、これをプルトニウムを抽出しにくい軽水炉にかえる。そのための技術や施設を北朝鮮に対して提供するという点があります。第二に、「米朝関係改善のための継続した努力」、たとえば交渉を大使級のレベルに引き上げるといった事があります。

 第三に、「非核化された朝鮮半島における平和と安全のための努力」があります。南北朝鮮は九一年に「非核化した朝鮮半島」について合意し署名していたのですが、北朝鮮にとってみれば、この問題は南北の間だけで合意しても仕方がない訳です。米軍が韓国に駐留している以上、アメリカとの関係で合意を得たいというのが、北朝鮮の一貫した政策でした。これにアメリカが合意をした訳です。

 第四は、「国際的な核不拡散強化のための協力」です。つまり、NPTから脱退するとか、IAEAとの核査察協定を遵守しないとか、北朝鮮がそういった行動をとらないという事です。

 さらに具体的に言うと、北朝鮮は何も核兵器のためだけでなく、本当にエネルギー問題として原子力開発を進めてきたからこそ、代替的な軽水炉の提供を要求しているのですから、軽水炉が完成するまで核開発施設を凍結するのであれば、それにかわるエネルギーを提供してほしいという事があります。「枠組み合意」のなかで、二〇〇三年を目処に軽水炉二基を供与するということになっています。その完成までは、年間五〇万の重油を供与することになっています。

 そうして見ると、この「枠組合意」は、米朝が、それぞれ何を重視しているのかを端的に示しているのです。北朝鮮からすれば、エネルギーの確保、アメリカという軍事的脅威からの安全への約束の取り付け、米朝関係正常化への窓口の確保があります。そのための取引内容として、黒鉛減速炉の放棄、核関連施設の凍結、「核不拡散体制」への協力が織り込まれています。

 したがって、この「枠組み合意」が粛々と実行されれば、北朝鮮にとっては、「御の字」なのです。

 しかし、アメリカやこれに協力する国から見ると、結局は北朝鮮の脅しにのって、北朝鮮にかなり特典を与える結果となっています。無償ではないにしても、軽水炉の技術や施設の提供や重油の供給なども入っています。したがって、その合意の当初から、これは譲歩しすぎで、脅しにのって譲歩したと批判を招き兼ねないもので、とりわけ議会をどう説得するかは、むずかしい問題でした。

 クリントン政権が、こういう政策方向に舵を切った理由としては、北朝鮮の体制は自滅し崩壊すると予測し判断していた、という事があると思います。当座の核開発を阻止し、時間を稼ぐことができれば、アメリカが譲歩した相手そのものが、無くなってしまうという「読み」が、恐らくあっただろうと思います。

 ところが皮肉なことに、その後いわゆる「台湾海峡危機」が起こり、中国が米中間の緩衝地帯としての、北朝鮮の役割を見直した事で、構図に変化が生まれる事になります。

 −−「台湾海峡危機」で中国が北朝鮮の役割を見直したというのは、どういう事ですか。

 中国にとって、台湾とともに、アメリカと対峙するもう一つの前線である朝鮮半島の南部には、米軍が駐留しています。中国が九〇年代後半に、そこでの緩衝地帯となっている北朝鮮を支えるため、事実上の援助をふくむ交易を強化したことで、北朝鮮は経済危機で自滅するのではなく、一息つけるようになり現在の底這い状態まで回復しました。

 それによって、早期の体制崩壊を前提として北朝鮮との間でかわした約束は、アメリカにとって逆に足かせになったのです。だからアメリカは、約束した重油の供給や原子炉技術の供与を、なかなかスケジュール通りに実行しませんでした。これに対して北朝鮮は、エネルギーの供給など本当に期待していた面もあったのですから、「約束違反である」とアメリカを非難しました。

 −−クリントン政権末期には米朝関係改善の空気もありましたね。

 こうした状況が続いていたのですが、クリントン政権は、その終り頃になって、南北朝鮮首脳会談につづいて米朝関係改善にすすんでも良いという姿勢を示していました。ところが、ここでブッシュ・ジュニア政権が登場し、そのブッシュはクリントン路線を引き継がなかったのです。北朝鮮は、新たな交渉相手に対して、どのような交渉戦略で臨むのか、考えねばなりませんでした。

 そこに、九月一一日のテロが起こりました。クリントン政権も、北朝鮮を「ならず者国家」としていたのですが、今述べたように、まだ交渉と妥協の余地をもっていました。しかしブッシュ大統領は、こともあろうに、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししたのです。北朝鮮としては、アメリカとの関係改善が第一の目標ではあるのですが、それを最優先してすすめる条件がなくなった訳です。

 厳しい条件のなかで、韓国の金大中政権も南北関係改善に努力してくれてはいるが、もうすぐに政権は終わりです。この状況のなかで、打開が可能なのは、日朝関係だけなのです。日本側の小泉政権の事情としても、党内基盤が弱いのでパフォーマンスに頼るしかないということで、歴史的な首脳会談が実現して日朝交渉再開の機会が生まれました。南北と日朝は、とりあえず交渉のテーブルに着いた。そこでアメリカはどうなのか、という事になった訳です。

 −−日朝会談後にケリー米国務次官補が訪朝しましたね。

 ブッシュ政権は、日本と韓国という東アジアにおけるアメリカのパートナーが、北朝鮮との関係改善という方向をとった以上、それを無下にあつかうわけにはいきません。また、当面はイラクとの戦争を控えて、二正面での軍事的対決はできません。そこで、北朝鮮との関係について、アメリカとしての姿勢を示さなければならなかったのです。

 アメリカは、あくまでも北朝鮮が危険な国である、核兵器開発の疑惑もある、ということを確認しながら、しかしそれが全面的な対決にいたらない状態にしておけば十分です。北朝鮮が核開発もやる危険な国であるとしておく事は、アメリカのミサイル防衛(MD)計画にとって必要な事です。北朝鮮の核開発疑惑やミサイル開発は、アメリカがミサイル防衛計画をすすめる格好の口実になっています。ノドンやテポドンという弾道ミサイルを打ち上げ、核も開発しようとして、アメリカや同盟国を直接に攻撃する能力を持とうとしているから、ミサイル防衛計画が必要なのだ、と言うことができる訳です。そういう国は、北朝鮮しかありません。

 だから、北朝鮮が核開発を放棄した、脅威でない国になった、という事になると少し困ってしまいます。軍産複合体の利益から見ても、ミサイル防衛を推進する政権としても、困ります。しかし全面対決については、今はそこに進む訳にもいきません。だから、北朝鮮が依然として核開発をすすめている危険な国だと、とりあえず言っておくことが、アメリカとして必要なのです。

 −−北朝鮮の側は何故、核開発を認めるかのような見解を示したのでしょうか。

 それは、「約束を守らないアメリカに対する保険だ」というのが、北朝鮮の側としては、当然あると思います。アメリカが約束を守らないから、我々もやむなく核開発をやっているという北朝鮮の言い分は、あながち嘘とも言えませんし、単に宣伝というレベルにとどまるものでもないでしょう。だから、ある意味で開き直って、核開発の事実を認めることも、吝かではないのです。

 他方アメリカにとっては、北朝鮮が核開発を認めたという事実を指摘することが、今の状況では意味のある事なのです。その両者の関係から、米朝交渉でアメリカが「核開発の証拠」を指摘し、北朝鮮がそれを認めるかのような発言をする、という図式が生まれているのです。

 アメリカはイラクに対して、「核兵器を開発しているかもしれない」という疑惑のレベルで、軍事攻撃をやろうとしています。ところが北朝鮮に対しては、「核開発をしています」と言ったのに、軍事行動をとっていません。

 これは奇妙なジレンマなのですが、それは今までのべたような米朝関係の経緯のなかで、お互いの立場を認識しあった結果なのです。「北朝鮮の核開発疑惑」をめぐる日本のマスコミの報道は、この奇妙さをまったく指摘していません。

 −−日朝交渉も暗礁に乗り上げているように見えますが。

 小泉政権を、日朝交渉再開に踏み切らせたのも、世論頼みの政権構造であり、その交渉が袋小路に陥っているのも、同じ世論頼みの構造のなせる技です。前回のインタビューの繰り返しになりますが、小泉政権の是非は別にして、私は日朝交渉をすすめるべきだと思います。日本や北東アジアの安全にとって利益があるし、アメリカの行動を封じ込める事にもなります。
 小泉政権も、これを進める腹ではあると思いますが、そのなかで拉致問題が、外交カードなのか別件で解決すべき問題なのか、整理できていません。何をもって拉致問題の解決とするのか、準備がないままに交渉に臨んだ付けが来ているのでしょう。

 ここでは、マスコミの責任が大きいと思います。拉致被害者の事情を考えれば原状回復という事になるのですが、それが日朝国交正常化とどのような関係になるのか、整理しないまま、国民感情と言われるものを煽っているだけです。小泉政権は、世論頼みである事から、これを整理する能力をもっていません。

 米朝関係と同じように、このままだと、北朝鮮としては「約束を守らなかった」ということで、態度を硬化させざるを得ず、交渉は破局しかないと思います。拉致被害者の原状回復はやらねばならないのですが、時間のかかる事です。そこを踏まえて、本来の国交正常化をどうすすめるのか、誰もイニシアティブをとっていません。

 核問題は、枠組み合意に戻れるかどうか、という事です。それができれば、北朝鮮としても核開発凍結は可能です。拉致問題は、今度の日本人帰国者だけでなく、まさに三世代にわたる問題として日朝間で解決すべき問題です。しかし、アメリカは北朝鮮を脅威としておきたいし、小泉政権は解決能力がありません。


いずみ かおる/九州大学大学院法学研究院 教員/二〇〇二年一一月一一日収録
http://homepage2.nifty.com/IZUMI_Lab/

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