論壇 不安定化する核兵器開発利用をめぐる国際情勢@〜B

                    吉岡 斉

2002.11.20 219−2003.1.20 221


  対イラク決議を採択した国連安保理 


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 ニューヨークで開かれた国連安全保障理事会の公式協議は一一月八日午前(日本時間一一月九日未明)、一五か国の全会一致で対イラク決議(決議一四四一)を可決した。その骨子は、以下の四項目からなる。

一、イラクは七日以内に決議の遵守を表明し、三〇日以内に大量破壊兵器、及び弾道ミサイル等の運搬手段に関する研究・開発・製造・保管等の全容を国連安保理に報告する。

二、国連は査察を決議から四五日以内に再開し、その六〇日後に安保理に報告書を提出する。

三、イラクは大統領宮殿を含むあらゆる施設への、国連査察団による即時・無条件・無制限の査察を認める。

四、虚偽申告、査察妨害、不服従などの義務違反は、査察団より安保理に報告され審査を受ける。

 ここで七日以内とは、アメリカ東部時間一一月一五日一杯(日本時間一六日午後二時まで)を指す。三〇日以内とはアメリカ東部時間で一二月八日一杯(日本時間九日午後二時まで)を意味する。大量破壊兵器とは、核兵器及び生物兵器を指す。また国連査察団は、国連監視検証査察委員会(UNSCOM)と国際原子力機関(IAEA)によって構成される。義務違反に対する制裁措置の規定はないが、「重大な違反」が「深刻な結果」をもたらすことが示唆されている。

 米英両国の独自の判断によるイラク軍事攻撃の可能性が高まるなかで、ひとまずは国連ルールの枠内での事態収拾が目指される恰好となった。だが今後の展開は予断を許さない。最初の難問は、イラクがこの国連決議一四四一を受諾するかどうかである。この原稿を書いている一二日現在、イラクからの回答は出ていないが、恐らく受諾するだろう。それから先が正念場となる。

 もし最終的に「戦争」に突入すれば、イラクの生物化学兵器が使用される恐れがある。またアメリカが核兵器使用に踏み切る恐れもある。核兵器が実戦使用されることになれば、広島・長崎以来じつに五七年ぶりとなる。国防総省が二〇〇一年末にまとめた「核態勢見直し」(NPR)を、ブッシュ政権は核兵器開発利用の基本政策としているが、その「核態勢見直し」には核攻撃の可能性が明記されており、「ならず者国家」五か国(北朝鮮、イラク、イラン、シリア、リビア)に、中国とロシアを加えた七か国が、核攻撃による対応が必要となるような事態を引き起こしうる国として想定されている。

 このうち北朝鮮、イラク、イランの三か国は周知のように、ブッシュ大統領が二〇〇二年一月二九日の一般教書演説において「悪の枢軸」(evil axis )と非難した国々である。「核態勢見直し」には単に生物化学兵器による攻撃やその脅威を受けた場合の対抗措置としてだけでなく、壊滅的敗退の危機から抜け出したり、通常兵器では破壊困難な標的(たとえばきわめて堅牢な地下施設)を撃破するための、アメリカによる核兵器使用の可能性が示唆されている。対イラク戦争での核兵器使用が懸念されるゆえんである。

 この短期連載では、「不安定化する核兵器開発利用をめぐる国際情勢」と題して、この領域における国際情勢の最近の不安定化をもたらしている主な国々の状況について分析を加える。

 筆者は当初、核兵器のみに対象を絞らず、大量破壊兵器の開発利用をめぐる国際情勢について幅広く論じようとも考えた。それは一〇月二六日にロシア特殊部隊がモスクワの劇場占拠事件に際して「毒ガス」(阿片性の麻酔薬フェンタニルを主成分とするガスであるとロシア当局は主張しているが、大量殺人ガスに対して「毒ガス」以外のどんな呼称があり得ようか)を使用し、一二八人の人質が死んだ事件(犯人四一人全員も射殺された)に触発されてのことであった。

 昨年の「九・一一事件」以後、強き者が弱き者を力づくで屈伏させる強硬姿勢をとり、場合によっては大量破壊兵器の使用をも辞さないような状況が、罷り通るようになっている。それは紛れもなくブッシュ政権のアフガニスタンへの「対テロ戦争」的行動が、ドミノ効果によって他国にも波及しているためである。

 ブッシュ政権が核兵器による「予防」的な先制攻撃の可能性を強く示唆している状況下で、ロシアのプーチン政権が核兵器よりも国際世論の反発が相対的に低い「毒ガス」使用に、敢えて踏み切ったと見ることもできる。そしてロシアの行動は、アメリカのイラクに対する核兵器使用への心理的障壁を低くする効果をもつ。そうした意味で、大量破壊兵器全般について論ずることは意義あることである。しかしそれでは分析対象が一気に広がるので、短期連載という形で論ずることは不可能となる。そのことを考慮して今回は、核兵器問題に焦点を絞ることとした。

 今回の連載において、アメリカ以外に取り上げるに値する国としては、イラク、北朝鮮、日本などがあげられる。一九九九年にはインドとパキスタンが相次いで複数回の核実験を行い、世界に大きな衝撃を与えたが、そのショックが収まる間もなく、新たな脅威が高まっている。その実態を明らかにすることがこの連載の狙いである。連載は二ページずつ三回程度を予定しているが、今後の事態の展開の予想が容易ではないテーマに関するリアルタイムの評論となるので、状況変化に柔軟に対応したい。

 まだ少々紙面が残っているので、この連載の分析対象とするアメリカと日本を除く二つの国の状況を簡単に整理しておきたい。まず第一にイラクは、湾岸戦争時に核兵器開発計画を進めていたことが明らかとなっている。停戦後の国連の徹底した調査・破壊活動により、現在のイラクは核兵器製造能力を持たないと見られるが、一九九八年一二月以降停止している国連の査察活動の再開が長引けば、核兵器製造能力を獲得する可能性がある。

 第二に北朝鮮は、平壌北方約二〇〇キロメートルの寧辺地区にある原子力研究センターの保有する実験炉(電気出力五〇〇〇キロワット、黒鉛減速ガス冷却炉、一九八六年運転開始)の運転にともなって生じた照射済核燃料から、プルトニウムを抽出して核兵器を製造する計画を持っていたといわれる。また出力を四〇倍にした同型実用炉(ただし規模は先進国の原型炉並み)を建設中だった。もし実験炉が高い稼働率で運転されていたならば、稼働中の八年余りの間に十数キログラムのプルトニウムが生成されたと見られる。それはプルトニウム爆弾一〜二発分に相当する(ただし原爆製造に至るまでには、幾多の困難な工程が必要である。プルトニウムの照射済核燃料からの抽出が実施されたかも定かではない)。

 しかし一九九四年一〇月二一日の米朝枠組合意により黒鉛炉計画は中止された。その見返りに、ABBコンバッションエンジニアリング社(ABB−CE社)が開発し韓国重工業が技術習得につとめてきた「韓国型軽水炉」(電気出力一〇〇万キロワット)二基を、米韓日の三か国の資金提供により北朝鮮に建設する、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)計画の推進が合意された。これにより北朝鮮の核武装構想は頓挫したと見られていた。

 だが一〇月一六日のアメリカのバウチャー報道官の発表と、それを「大筋で事実」と認めた北朝鮮国連代表部の一七日の発表により、遠心分離法ウラン濃縮によるウラン爆弾の開発計画を北朝鮮が進めていたことが明らかとなった。それは現時点では何の現実的脅威でもないと思われる。日本原燃六ヶ所村ウラン濃縮工場にある最新型の遠心分離機一台で製造できる兵器用高濃縮ウランは高々年間一〇〇グラムであり、一発分を貯えるのに二〇〇年はかかる。しかも北朝鮮はパキスタンから購入したというから、処理能力ははるかに低いであろう。ウラン濃縮用遠心分離機の製造にはきわめて高度な技術が必要であり、しかもガラス細工のように壊れやすいので、それが近い将来に現実的脅威となるとは考えにくい。とはいえ北朝鮮がKEDOにより閉ざされたかに見えた核兵器開発への道を、必死に模索していたという事実は、注目に値する。


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 アメリカ東部時間一二月七日夜(日本時間八日未明)、イラク政府はバグダッドの国連査察本部に対して、大量破壊兵器及びその運搬手段の研究・開発・製造・保管等の全容についての申告書を手渡した。申告書はただちにニューヨーク国連本部に届けられた。この申告書の提出は国連安保理事会決議1441(一一月八日採択)によって三〇日以内(一二月八日一杯)の提出が義務づけられていたもので、その期日は守られた。報道されるところによると申告書は全部で一万一八〇七ページからなり、一二枚のCD−ROMが添えられている。

 申告書の内容は非公開だが、アメリカ政府の強い要請により国連安全保障理事会常任理事国五か国のみに、完全なコピーが渡された。他の非常任理事国一〇か国には、査察団により機微情報の消去が行われた上でコピーが配付される。イラク政府高官は大量破壊兵器を保持していないことを申告書に明記したと述べている。国連査察団(国連監視検証査察委員会UNSCOMと国際原子力機関IAEAの混成部隊)はすでに分析作業に入っている。約一〇日かけて申告書に関する予備報告を安保理事会に対して行い、一月下旬に正式報告を行うと見られる。ただしイラク査察そのものを終えるには、約一年を要すると見られる。大統領宮殿だけで全国に約九〇か所も存在するなど、査察すべき施設が膨大な数にのぼるからである。

 イラク政府は一一月一三日の決議受諾後一貫して国連に協力的であり、国連査察団の活動にも、今までのところ妨害を加えていない。フセイン政権転覆を目的とするアメリカは、何とかして申告書内容の虚偽や遺漏を、独自の調査分析によって摘発し、それを理由に軍事攻撃を仕掛けようと虎視眈々と狙っているが、国連中心の平和的な問題解決のシナリオが動きだした以上、それを否定することはアメリカにとっても容易ではない。こうした事態の展開をみると、国際紛争解決に関わる国際レジームがそれなりに機能していることがわかる。

 アメリカは冷戦終結後、武力を用いて自国や同盟国に攻撃を仕掛けてくる恐れのある国に「ならず者国家rogue state 」等のレッテルを貼り、「敵視政策」をとってきた。さらに9・11同時多発テロ事件を契機として、「敵視政策」の政策上のオプションとして、国家そのものに対する直接軍事行動を加えるようになった。そしてアフガニスタン軍事介入の余勢をかってイラクを制圧しようとした。しかしその野望は国際社会の抵抗によって辛くも未遂のままとなっている。

 ただしひとつ懸念されるのはイラクの「低姿勢」がどこまで堅持されるかである。湾岸戦争後のイラク査察に詳しいジャーナリストによれば、破壊に近い形での査察活動が日常的に行われてきたという。そうした破壊的査察にイラクはどこまで耐えられるだろうか。もしイラクが妨害行為をすればアメリカの軍事介入の恰好な口実となる。あるいはアメリカは申告書のわずかな瑕疵にかこつけて強引な軍事行動に踏み切らないとも限らない。そして戦争状態に突入すれば前回述べたように、アメリカの核兵器使用の危険が生ずる。

 ブッシュ・ジュニア政権が二〇〇一年一月二〇日に発足してから、丸二年が過ぎようとしているが、この間の動きを見ているとブッシュ政権の軍事外交政策は「近視眼的利権主義」というキーワードで特徴づけることができる。よく使われる「単独行動主義」や「国益至上主義」といったキーワードは、それぞれ「近視眼的利権主義」の重要な特徴を言い当てている。

 アメリカといえども長期にわたって単独で世界支配を続ける能力が備わっているはずもない。それゆえ平和維持に関する国際レジームを維持・強化していくことは、長い目で見ればアメリカの国益に叶うものである(その意味で前述の「国益至上主義」という表現には語弊がある)。だがブッシュ政権は目先の視点からアメリカの有力利益集団(ブッシュ政権の政治基盤を形づくる集団)にとって好都合と思われる国際レジームを擁護しつつ、そうでない国際レジームを無力化することに余念がない(その意味でこれは「国益至上主義」ではなく「特殊利益至上主義」に他ならない。国益という概念は軽々しく使うべきではない)。

 この「近視眼的利権主義」の視点から見れば、核兵器使用もまた軍産複合体の存在感を高めるものとして、有力な政策上の選択肢となる。それが長い目でみて国際秩序をどれほど不安定化させるかについての想像力は、この政権の政治リーダーには欠落している。筆者が対イラク戦争でのアメリカの核兵器使用があり得ると考えるのは、そうした理由からである。

 ここでブッシュ政権の国際平和レジームに対する姿勢を、あらためて確認しておこう。同政権がまず決定したことは、ミサイル防衛(MD)計画の推進である。同政権は二〇〇一年五月一日、従来のNMD計画に代わる大規模な弾道ミサイル防衛システムの開発・配備の方針を打ち出し、世界各国を行脚して同意を求めるとともに、その開発・配備の国際法上の障害となる対弾道ミサイル(ABM)制限条約(一九七二年発効)を見直す意思を表明した。そしてついに一二月一三日、この条約からの一方的な脱退を通告した。条約の規定により、六か月後には正式の脱退が実現した。

 次いでブッシュ政権は、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准について否定的姿勢を示し、それからの離脱の可能性も示唆した。アメリカといえどもCTBTへの署名を破棄しない限り、地下核実験再開に踏み切ることは困難だと思われるが、ブッシュ政権は臨界前核実験を積極的に進めている。さらに地下核実験再開についても、それに至る準備期間短縮のための検討を進めている。

 二〇〇二年一月九日に国防総省が発表した核態勢見直しに関する報告書(九四年以来八年ぶりに改定、大部分は非公開)は、核兵器の実戦使用についてきわめて前向きの姿勢を示し、具体的な使用条件について考察を加えているのが特徴である。この報告書は今後さまざまの形で、ブッシュ政権の政策決定の指導原理として活用されるであろう。

 核軍縮そのものに関しても、アメリカは消極姿勢を強めている。二〇〇二年五月二四日に両国首脳が戦略攻撃兵器制限条約(モスクワ条約)に署名したが、その内容は二〇一二年末までに実戦配備中の戦略核弾頭をそれぞれ一七〇〇〜二三〇〇発に削減するというものである。しかしながらこれは従来の戦略兵器削減条約(START)よりも削減ペースを遅らせているのみならず、ミサイル等から外した形での保管に関しては規制を設けておらず、ザル法であると指摘されている。

 今までアメリカは、軍事分野における国際レジーム構築において、リーダーシップを発揮してきたが、それはこの分野において世界に君臨する者として、国際合意によって現在の力関係の凍結をはかることが、自国の利益になるという考え方に基づくものであった。そのためには相当の譲歩・妥協が必要であることを、歴代の関係者たちは認識していたはずである。だがブッシュ政権にはそうした「盾」と「矛」とのバランス感覚が不足しており、自国の利益に固執することで、国際軍事秩序の不安定化に拍車をかけている。


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 国連監視検証査察委員会(UNMOVIC、ブリクス委員長)と国際原子力機関(IAEA、エルバラダイ事務局長)は一月九日、国連安保理事会の非公式会合で、イラクの大量破壊兵器査察活動に関する中間報告を行った。その要点は、大量破壊兵器の存在について、決定的な証拠は見つかっていないが、申告書にはなお多くの不備や疑問点が残されており、それに関するイラクの早急な返答が必要だというものである。査察チームは一月二七日に総合的な評価報告を発表する。

 それを受けて国連安保理事会で協議が行われるが、もしイラクが「重大な違反」を行っていることが認められれば、新たな決議が発せられ、米英の軍事介入へのお墨付きが与えられることとなる。あるいは新決議によらず米英が軍事攻撃に踏み切る可能性もある。ところでIAEAのエルバラダイ事務局長は一月一三日、完全な報告書をまとめるにはあと数カ月を要すると示唆した。もしイラクが二七日の評価報告発表の前に、査察活動への協力姿勢をより明確にするならば、開戦は当面回避される可能性が出てきた。ともあれこの一か月間、イラクの核問題について大きな転回は見られなかった。それに対して朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題については、目まぐるしい動きがあった。そこで今回は北朝鮮問題を中心に論じたい。

 昨年一〇月一六日のアメリカのバウチャー報道官の発表(北朝鮮がウラン濃縮開発計画を進めていたことに関する発表)と、それを「大筋で事実」と認めた北朝鮮国連代表部の翌一七日の発表後、北朝鮮の核開発を国際的に抑止するメカニズム--米朝枠組合意(一九九四年一〇月二一日署名)と核不拡散条約(NPT)を大黒柱とする--が、存亡の危機に立たされていることは周知のとおりである。

 昨年一二月から今年一月にかけてその危機が一段と深まった。アメリカが強い措置をとり、北朝鮮が別の強い措置で応答し、アメリカがさらに別の強い措置をとる、という形で、関係悪化のエスカレーションが進んでいるのである。九月一七日の日朝首脳会談を契機に北東アジアの緊張緩和が一気に進むかに見えたが、おそらくその流れに歯止めをかけるべく核疑惑情報を流したアメリカと、拉致問題を理由に交渉全体を無期凍結状態に追い込み再開の糸口さえ失った日本の対応により、日朝首脳会談以前よりもはるかに険悪な状態となっている。

 この関係悪化のエスカレーションの中で、最初に発動された強い措置は、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の一二月からの重油供給停止(米朝枠組合意では年間五〇万トン--電気出力二五万キロワット級の原発一基分に相当--が保障されていた)である。米朝枠組で二〇〇三年に約束されていたKEDOの電気出力一〇〇万キロワットの大型発電用軽水炉二基の引き渡しがアメリカのKEDOへの消極的姿勢などで大幅に遅れている中で、さらに一号機引き渡しまで約束されていた重油供給までもが停止されたことは、北朝鮮にとって打撃であった。

 それをアメリカによる重大な米朝合意違反行為と判断した北朝鮮は、米軍とスペイン軍によるイエメン沖での北朝鮮輸送船検分事件(一五発のスカッドミサイルと通常弾頭を確認)直後の一二月一二日、対抗措置として枠組合意にもとづく核施設凍結を解除し、稼働と建設を再開すると発表した(なお念のためにいうと、アメリカと北朝鮮のどちらが先手でどちらが後手かは本質的な問題ではない。国際社会の中での権力関係が重要である)。

 その障害として立ちはだかったのが国際原子力機関(IAEA)の監視システムであるが、北朝鮮は査察官(二名)立ち会いのもとでIAEAの封印と監視カメラの撤去を開始し、さらに査察官の追放を決定した(三一日出国)。これにより寧辺(ヨンビョン)にある電気出力五〇〇〇キロワット(熱出力二五〇〇〇キロワット)の発電実験炉(黒鉛減速炭酸ガス冷却炉、一九八六年運転開始)は稼働準備作業に入り、また同地に九六年完成予定だった放射化学施設(再処理施設)も建設再開準備に入ったと見られる。

 発電実験炉はフル稼働しても年間三キログラム程度のプルトニウムを含む使用済核燃料しか生み出さない。北朝鮮は二五〜三〇キログラムのプルトニウムを使用済核燃料の形で保有している可能性があるという推定が、アメリカ中央情報局(CIA)から出されているが、それは運転開始から米朝合意までの八年間余りフル稼働したと仮定して最大限生成可能な理論値と思われる。かりに通算の設備利用率を五〇%とし、核分裂爆弾一発に要するプルトニウムの量を八キログラムとすれば、一〜二発分の原料が北朝鮮には存在することになる。しかし放射化学施設は未完成でありプルトニウムは抽出できない。またプールの中の使用済核燃料もボロボロになっていると見られている。八年以上停止していた実験炉の復活も一朝一夕ではままならないだろう。またパキスタンから一台持ち込んだとされる遠心分離機の高濃縮ウラン製造能力はきわめて低く、また稼働してもいないと見られる。北朝鮮の核兵器に関して、国際社会への差し迫った脅威は存在しないと思われる。

 そうしたお寒い懐事情にも関わらず北朝鮮は、今年に入ってさらに強い措置をとると宣言した。それが一月一〇日に朝鮮中央通信によって報道された、北朝鮮の核不拡散条約(NPT)からの脱退と、同条約にもとづいて締結されている同国と国際原子力機関(IAEA)との間の保障措置協定(査察協定)の拘束からの完全な離脱に関する宣言である。北朝鮮は九年前、それを行おうとしたことがある。同国は一九七七年にIAEAに加盟し、一九八五年一二月にNPTに加盟し、一九九二年一月にNPTにもとづく保障措置協定をIAEAとの間に締結した(四月発効)。それは冷戦終結後のNPT/IAEA体制の抜本的強化の動きと、湾岸戦争後のアメリカの強硬な圧力に、それなりに譲歩したものだった(因みに米ソ中心の国際核秩序づくりに反発してきたフランスと中国も、NPTに一九九二年に加盟した)。

 これにもとづきIAEAの査察が行われたが若干の疑問点が浮上し、その少し前に米仏のスパイ衛星映像による疑惑も生じていたので、IAEAは追加の特別査察を要請した。それを過剰な介入と見た北朝鮮が態度を硬化させ、九三年三月一二日にNPT脱退を宣言した。しかしNPT脱退が確定する六月一二日の前日に、北朝鮮はそれを凍結した。そしてさらに多くの紆余曲折をへて、九四年一〇月二一日に米朝枠組合意が署名されたのである。こうしてしばらくの安定を保障されたかに見えた秩序が、アメリカの重油供給停止を契機に、崩壊の危機にさらされている。

 北朝鮮サイドからみれば、譲歩を重ねてもなお強硬な姿勢で押しまくるアメリカや、その意向を忠実に代弁していると見られるIAEAに対し、国家としての体面を保とうと、必ずしも内容の伴わない核開発計画を交渉カードとして、必死に抵抗してきたというのが、基本的な歴史認識であろう。それを瀬戸際外交と呼ぶのは自由だが、両サイドがともに瀬戸際外交を演じていることについて、冷静な認識をもつことは必要である。


よしおか ひとし/九州大学大学院比較社会文化研究院教員

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