9・11後の呉基地とイラク攻撃

        湯浅 一郎

2002.11.20 219


 おおすみとLCAC


 昨年九月一一日の「同時多発テロ」を口実として、アメリカがアフガニスタンで始めた一方的な戦闘行為は、今も続いている。昨年一〇月七日から今日までアフガンで起こってきたことは戦争そのものである。「テロ対策としての国際的取り組み」と言うが、少なくとも四千人以上の一般市民が殺戮され、いまだにアメリカによる一方的な空爆が続いている。

 日本は、常時五隻の艦船をインド洋に派兵し、日本が提供した燃料は、延べ一一六回、約二〇万キロリットル(約七二億円分)に達し、米海軍が消費した燃料の実に四〇%に当たると言われている。これは、すごい量である。

 呉からは、まず補給艦「とわだ」が一一月二五日、「対テロ特措法」による初の派兵部隊として、インド洋に向い、予定より遅れて四月二五日、帰還した。そして七月一日、護衛艦「いなずま」が、七月二四日、補給艦「とわだ」が再び派兵され、行きっぱなしである。更に九月一七日には、護衛艦「ひえい」「さみだれ」が派兵された。こうして今年一〇月一二日現在、呉からは四隻の艦船が派兵されている。呉は、米軍のアフガン空爆に戦争協力をする町となってしまった。市民四千人以上、兵士も入れれば数万人にのぼる被害者をだした責任の一端は、紛れもなく呉の海上自衛隊にある。間接的とは言え、呉は、殺人の片棒を担いでいるのである。

 また三月九日には戦車揚陸艦「おおすみ」が、東ティモールPKO(国連東ティモール暫定行政機構UNTAET)へ派兵され、四月二七日、帰還した。この時期、呉の艦船は、二つの海外における作戦行動に従事していたことになる。インド洋の補給艦「とわだ」、東チモールの揚陸艦「おおすみ」である。こんなことは、戦後において初めてである。

 今や、自衛隊が海外にいることは「普通のこと」になってしまっており、このこと自体に日本の病んだ姿が見えている。そして何よりも問題なのは、そもそも戦車揚陸艦「おおすみ」を輸送艦と称して海外に派遣することである。

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 他方で、海外派兵を担う呉基地は、更に強化されている。三月一六日、揚陸艦「おおすみ」の二番艦である「しもきた」が呉基地に配備された。一九九八年に「おおすみ」が配備された日と同じ日である。搭載する強襲上陸用舟艇LCACの整備場が、江田島町にしかない状況から、「おおすみ」型は、ことごとく呉に配備される可能性が高い。「おおすみ」型の輸送艦は、戦車揚陸艦であり、LCACと相まって海外への侵攻を可能にする能力を持つ侵略のための軍艦である。どう見ても、専守防衛の自衛隊が持ってはならない軍艦が、呉市に次々と配備されているのである。

 昨年の「テロ特措法」や、「国籍不明船撃沈事件」などを経て、新ガイドラインの後半部分である有事法制への動きが強まっている今、それに並行して進む自衛隊の質的転換を見過ごすことは将来の呉市民に大きなツケを残すことになる。有事立法は、軍隊の自由を保障し、市民の基本的人権、生活権を奪うもので、それ自体が憲法九条の放棄に等しいものである。「専守防衛」の自衛隊が、敵前上陸可能な軍艦を二隻までも持つことは、どこからみても<戦争をしかける軍隊>になることを示している。このような自衛隊と「共存・共栄」する呉市は、憲法九条をも捨てて、戦争体制を作ることに加担しようとしていると見られても仕方がない。

 また、ブッシュ政権がしきりに進めているイラク攻撃が不幸にも始まったとき、呉基地が何らかの形で関与することは必至である。まずは、米陸軍秋月弾薬廠からの弾薬輸送である。湾岸戦争の時は、海上保管弾薬が最大の問題であったが、今回、そういう形はない。しかし、輸送船により、弾薬がインド洋のディエゴガルシァ基地に持ち出されることは間違いないだろう。湾岸戦争のときのことから類推すれば、場合によっては、秋のうちから持ち出されている可能性もある。八月末、川上弾薬庫から、広を経て、日本から弾薬が持ち出された可能性もある。 

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 更に問題は、自衛隊が関与するための法律的な措置が講じられるのかどうかである。ブッシュ政権は、9・11とイラクとの関連について何らかのでっち上げをし、それを口実として戦闘を始めるかもしれない。その時は、「対テロ特措法」で自衛隊は参戦できる。しかし、「核査察への拒否」という理由の場合、「対テロ特措法」の適用は無理である。「周辺事態法」も難しいのではないか。そのとき、政府与党がどのような姿勢を示すのかが問題である。

 アメリカにつきあうことを旨とする小泉政権にとっては、何らかの新たな法的措置を作り上げる道を選ぶかもしれない。相手がある程度の経済力、軍事力を持っていることを考えると、一九九〇年の秋に、当時自民党幹事長だった小沢一郎が出してきた「国連平和協力法」に匹敵する法律が登場することになるかもしれない。

 その法律ができれば、海上自衛隊には、総合的な後方支援を行うと言うことで、いくつかの任務が与えられることになる。まずはアフガン戦争への加担のためにインド洋で行っている燃料の補給作戦である。これは、今と同じように補給艦と護衛艦が組むことになり、呉は中心の一つである。洋上給油ができる「とわだ」型の補給艦は、呉、佐世保、横須賀に配備されており、これらが交互に担うことになる。

 次は、湾岸戦争の時には、戦後の後始末として参加した掃海作戦。今度は、戦時下において、ペルシャ湾における機雷の除去が仕事になる。これも、呉、横須賀が中心となり、掃海母艦「ぶんご」や掃海艦、掃海艇が交替で出ていくことになるだろう。第三は船舶検査であり、これには護衛艦が関わる。更に、第四に輸送作戦として「おおすみ」「しもきた」の大型揚陸艦などが動員されるだろう。この間の日米共同演習の中身から推測すると、「おおすみ」は、捜索・救難にも使われる可能性がある。これらは、どの作戦でも、呉基地が一つの中心となることは必至である。アフガン空爆と比べて、質的にも、量的にも、戦後初の大規模な形での後方支援活動となり、本格的な参戦になることもあり得ると考えておかねばならないだろう。

 有事立法、憲法改悪といった日本を戦争のできる「普通の国家」にしようとする動きが急速に進んでいる。このことは、「国際貢献」の名目で自衛隊という名の日本の軍隊を海外派兵することが当たり前になっていることと軌を一にするものである。広島県内の街が、戦争に深く関わる時代が、既に始まっている。しかし、行政は、それを直視しようとせず、知らぬ振りをしている。この欺瞞を暴く作業が強く求められている。


ゆあさ いちろう/ピースリンク広島・呉・岩国

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