もんじゅ設置許可処分無効判決の意味

                  吉岡 斉

2003.2.20 222


  もんじゅ訴訟判決報告集会 


1.判決に至る経緯

 核燃料サイクル開発機構(一九九八年に動力炉・核燃料開発事業団の改組により発足した、日本の原子力関係ナショナルプロジェクトの中枢的推進機関)の高速増殖炉原型炉もんじゅ(電気出力二八万キロワット)に対する行政訴訟の控訴審判決が、二〇〇三年一月二七日、名古屋高等裁判所金沢支部によって言い渡され、原子炉設置許可処分の無効が判示された。この訴訟は一九八五年九月に、民事訴訟(核燃料サイクル開発事業団に対して建設・運転差し止めを求めるもの)と同時に提起されたもので、原告適格に関する長い攻防をへて、一五年後の二〇〇〇年三月に福井地方裁判所が、双方について原告請求を棄却し、原告住民側が控訴していた。控訴審では行政訴訟を優先して審理を進めた結果、このたび民事訴訟よりも一足早く判決が下ったのである。

 日本の原子力施設に関する訴訟には大別して、設置許可処分の無効を求める行政訴訟と、建設・運転差し止めを求める民事訴訟の二種類があり、住民側は多くの場合、双方を同時に提起する。今回の判決はそれら原子力訴訟において、原告請求が認められた日本最初のケースである。被告である政府はこの判決を不服として一月三一日、最高裁判所に上告した。今後の展開としては、最高裁での審理中に、名古屋高等裁判所金沢支部が、民事訴訟判決を言い渡すであろう。そこで原告請求が認められれば、政府は最高裁に上告すると見られる。二つの訴訟で判決が確定するまでには、なお数年を要すると見られる。

 もんじゅは試験運転中の一九九五年一二月にナトリウム漏洩火災事故を起こして以来停止しているが、核燃料サイクル開発機構は事故対策のための改造工事を行った上で二〇〇五年に試験運転を再開することを目指していた。二〇〇五年という年は、日本の核燃料サイクル開発史上、記念すべき年となるはずであった。もんじゅ運転再開だけでなく、日本原燃六ヶ所村再処理工場の操業開始も、この年に予定されていたからである。このスケジュールに間に合わせるべく、もんじゅは二〇〇二年末、改造に関わる安全審査を終え、工事開始に必要な福井県知事の同意を求めようとするばかりであった。だが少なくとも最高裁で二つの判決が確定するまでは、地元の合意を得る作業は凍結状態となる見込みである。ただし司法的判断の確定を待たずに、政治的ないし行政的判断により、もんじゅ廃止が決まる可能性もある。

2.予防原則に根ざした未来志向の判決

 今回の判決は、日本の高速増殖炉開発の将来、核燃料サイクル開発の将来、ひいては原子力開発利用の将来にとって重要な歴史的意義を有することはもちろんである。だがそれにとどまらず、予防原則思想の発展という観点からみても、注目すべき歴史的意義をもつ。ここで予防原則思想とは、不確実な技術リスク、とりわけ生命・健康に直接関わる技術リスクに、対処するための一般的な方針を指す。大きな潜在的リスクをもつと推定される技術のうち、その危険性の度合いや性質についての科学的知識が不足している技術については、それが商業技術として運用されているか否かを問わず「実験的技術」と見なし、細心の注意を払って取り扱わねばならない、というのがその基本的考え方である。そこから導かれるのが、次のような指針である。その技術を社会に導入しようとする関係者は、高度の注意義務を負わねばならない。その技術が十分安全であると推定するに足る状況証拠を揃える責任を、関係者は負わねばならない。それでもなお残る不確実な危険性については、安全側に立った措置を講ずる必要がある。

 今回の判決は、二一世紀において人間社会が強力な技術と付き合っていくために欠かせない知恵である予防原則思想を、首尾一貫した形で理路整然と、もんじゅの安全性に関して適用した未来指向の判決であり、今後の高度技術関連訴訟の判決の模範たりうるものである。予防原則の基本的考え方は、第1章第2節「原子炉設置許可処分の司法審査と無効要件」(総論部に当たる)において明瞭に述べられ、第2章の各論において具体的問題に即して展開されている。

3.判決の三つの重要なポイント

 この判決の重要なポイントは三つある。第一は、高速増殖炉技術が未熟な幼稚段階にあることを重視し、幼稚段階の技術については予防原則の観点から安全・環境リスクに関する特別の注意義務を政府は負うべきであると判断したことである。原子力施設には商業用軽水炉のような、世界全体で一万炉年に近い運転実績をもつものもあるが、それ以外の種類の施設はみな基数はわずかで、運転実績も乏しい。高速増殖炉も例外ではない。もんじゅの安全審査では、商業用軽水炉とは次元の異なる、高度の注意義務が課せられる、というのが判決の基本姿勢である。この議論を裏返せば、軽水炉に対しては高速増殖炉ほどの高度の注意義務は課せられないという結論が導かれる可能性もあるが、再処理工場を含めた大多数の原子力施設について、この判決の精神が適用される可能性を開いた意義は大きい。

 第二は、安全に関して政府側に大きな立証責任を課し、安全審査が手続面でも内容面でも、期待すべき水準に達していないということを理由に、無効判決を下した点である。高度の立証責任を国に求めたという点は、予防原則の模範的適用のケースと見ることができる。安全審査が不十分であったと裁判所が認めたのは、主として次の三点である。第一点は、ナトリウム漏洩火災事故に対する対策が不十分であったこと、第二点は、蒸気発生器伝熱管の大量破損事故を予期していなかったこと、第三点は炉心崩壊事故が起こりうる可能性をあらかじめ審査の対象外としていたことである。たしかに安全審査の結論が示された一九八三年には、世界的に見ても高速増殖炉の運転実績は乏しかったし、原子力発電の実績もまだ不足していた。その後の事故経験により、これらの危険性が認識されるようになったのである。第一点は一九九五年のもんじゅ事故、第二点は一九八八年のイギリス原型炉PFR事故、第三点は炉型は異なるが一九八六年のソ連チェルノブイリ四号機事故が、貴重な経験となった。日進月歩の科学技術を扱う裁判では、二〇年近く昔の安全審査の適法性・違法性は、現在の科学技術水準に照らして判断される。安全審査終了後の手痛い経験を考慮して安全審査をやり直さなかったことが、政府の落ち度であると裁判所は認めたのである。

 第三は、「無効要件は違法の重大性をもって足り、明白性の要件を不要」とした点である。そして重大性の基準として「具体的危険性を否定できない場合」としている。国の安全審査には多くの重大な欠落事項があることが、「具体的危険性を否定できない」ことの決定的根拠と見なされ、それが原子炉等設置法違反に当たると判断されたのである。これはシンプルで明快な論理である。原子炉等規制法の条文は抽象的であり、また安全リスクの評価については専門家の間でも意見が分かれる。したがって、違法の「明白性」を立証することは困難である。そこで裁判所は「重大性」をもって足りるとせざるを得なかった。これは従来の判決のスタンダードからはみ出しているが、社会に破滅的影響を及ぼすおそれのある技術に関しては、違法の「明白性」の証明まで要請することは予防原則の精神にもとると裁判所は判断したのであろう。

4.若干の留意点

 以上のように、今回の判決は予防原則思想を高度技術に適用した模範的判決であり、高度技術の生命・健康リスクの社会的統御に関わる司法判断として、今後のニュー・スタンダードたりうるものである。耐震設計の誤りに関する原告主張を退けている点は、予防原則の節度ある適用によるものと解釈できるので、むしろ判決の説得力を高めている。一九九五年の阪神淡路大震災のような地震が発生し、原子力施設に予期せぬ損傷を与えるようなケースがこの十数年間に起きていれば、おそらく原告主張は認められたであろうが、この分野では安全審査の有力な反証例はまだ出ていない。

 また炉心崩壊事故の可能性について裁判所が踏み込んだ判断を示した点について、政府・業界サイドの原子力安全専門家たちは口を揃えて、そこまで最悪の事態を想定することは専門家からみて非常識的だと批判している。しかしながら筆者からみれば、従来の過酷事故に関する原子力安全専門家たちの事故想定は、恣意的裁量の余地の大きなものである。それには決定論的リスク評価(Deterministic Risk Assessment )と、確率論的リスク評価PRA(Probabilistic Risk Assessment )の、二つの評価方法があるが、日本の安全審査では前者のみが実施されている。そこにおいて「仮想事故」(技術的見地からは起こるとは考えられない事故で、「重大事故」よりさらにランクの高い事故を指す)として、立地許可を得られるような中規模事故のシナリオを作るのが専門家の役割である。裁判所が今回あえて炉心崩壊事故に言及したのは、そうした「仮想事故」の恣意的性格を批判する意図があったと思われる。

5.今後の核燃料サイクル政策への影響

 ともあれ今回の判決により、もんじゅ運転再開の目処は全く立たなくなった。これは核燃料サイクル政策を抜本的に見直す好機である。なぜなら今まで、高速増殖炉サイクルという絵に描いた餅のおかげで、再処理路線が直接処分路線と比べて、実力以上に高く評価されてきたからである。高速増殖炉サイクルとのリンケージを抜きにした、二つの路線間の冷静な総合評価が、今や可能となった。もちろん、もんじゅに続く高速増殖実証炉計画が白紙となっていた以上、もんじゅの生死はプルトニウム需給の大勢に影響を及ぼすものではなくなっていたが、シンボル的な意味はなお大きかった。これを勘定に入れずに六ケ所村再処理工場の建設・運転の可否について、国民的議論を始めなければならない。


よしおか ひとし/九州大学大学院比較社会文化研究院教員

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