論壇 戦争の勝利と道徳の敗北
    -イラク戦争とユーゴの経験-

     チャスラフ・ペイヨヴィッチ

2003.3.20 223


  ロンドンで史上最大の反戦デモ

 世界のほとんどの国は戦争に反対している。反戦のデモが世界中で見られる。しかし、米国は、明らかにすでに決定を下しているようだ。イラクへの最後通告−−現政権の交代−−から、その決意が伺える。ホワイトハウスのA・フライシャー報道官は、「イラクが武装解除し、イラクの政権が民主的な政権に交替するという条件でなければ戦争が避けられない」と述べた。今、サダム・フセインが何をやろうと、彼にとってそれは、全て不味い愚かな選択となるだろう。そのような状況は、唯一の超大国とそれに対抗する独裁政権との間の、長期にわたる係争の結果である。そうなると、民衆は事態を変えるのに無力となる。これは、ほんの数年前にセルビアが陥っていた状況に非常に似通っている。

 奇妙に思えるかもしれないが、アメリカもまた、二つの愚かな選択肢から選ばざるを得ないという、似た状況にある。アメリカが国連決議なしでイラクに対して戦争を仕掛けるほうが愚策なのか、それともイラクに対して威嚇をし、戦争の準備をした上で中止を決定するほうが愚策なのかは確かでない。

 もし、アメリカが前者を選択した場合、すでに弱体化した国連に致命的な打撃を与えることになり、EUに混乱をもたらすことになる(アメリカの中にはそれも悪くないと考える人達もいるが)。NATOにも混乱をもたらすだろう。その上、対イラク戦争は更にイスラム世界に反感を生み、テロリストたちに新たな動機を与えることになるかもしれない。アメリカにとってもう一つの付随したダメージは、世界の世論からアメリカに対する反感を買うことであろう。世界の世論はこの戦争に対する反対でほぼ統一している。

 後者を選択した場合、ブッシュはアメリカの威信に重大なダメージを生み出すことになる。そしてアメリカ政府高官は、このような状況下で「アメリカの威信」を重視したがるのである。威嚇をした上で撤退することは、アメリカの弱さと理解されるだろう。そしてそれは、アメリカとしてはとうてい受け入れることのできない決着なのである。

 まもなく戦争が始まる可能性は非常に高い。いったんアメリカが戦争装置を稼働させると、それを止めることは非常に困難である。何らかの本当に重大な新展開しか、この戦争を防止することはできない。世界のほとんどがこの戦争に反対している、という事実それだけでは充分ではない。

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 この戦争を正当化するために、アメリカ政府によってなされた議論が不十分であったことは明白である。ブッシュとその政権が世界世論を気にかけていないように思えるほど、今回のケースでは、戦争へのメディアの準備があまり念を入れては行われなかったという印象である。いくつかの国は、対イラク戦争を仕掛けるというアメリカの意図に何らかの正当性を見いだそうとしており、イラクによる不服従のどんな小さな痕跡でもホッとして歓迎するだろう。そうなれば、本当は自分たちも正当であると信じていない戦争支援をしなければならない時に、自らの困惑を隠す事ができるからである。

 アメリカ政府によって納得できる答が出されていない疑問点はあまりに多過ぎる。なぜ今イラクの武装解除が重要なのか、しかもあまりに性急に。イラクは本当に9 ・11テロ攻撃と関係があるのか。もしそうなら、どこにその証拠があるのか。イラクにあるとされる大量破壊兵器はどこにあるのか。たとえイラクがそのような武器を持っていたとしても、それは本当に妥当な開戦の根拠となりうるのか。

 もしそれが開戦の理由なら、なぜ北朝鮮ではなくイラクなのか。北朝鮮は核兵器のノウハウを持ち、ミサイルを持ち、核爆弾の材料を所有していることは知られており、アメリカに対してイラクよりも大きな威嚇を確かに表している。イラクが今の世界で「大量破壊兵器」を所有する唯一の国ではない事は確かである。アメリカ以上に大量破壊兵器を所有している国は他にない。そして歴史上、アメリカほどその兵器を使用した国はないのである。

 今回の危機で重大とされている問題の一つは、イラクが本当に大量破壊兵器を持っているかどうかである。国連の査察官はイラクの様々な場所でこれを探索したが、今のところそのような武器の存在を示す決定的な証拠は見つけられないでいる。一般的な法律の原則は「疑わしきは罰せず」である。立証責任は被告の側ではなく、原告の側にある。アメリカ政府はイラクがまちがいなく大量破壊兵器を所有していると主張し、イラクにそのような兵器を持っていないことを証明するように求めている。もし、検察官が被告に、罪を犯していないことを証明するよう要求したら、アメリカの裁判所はどう言うだろうか。判事に尋ねるまでもなく、法学を学ぶ学生でさえその答を知っている。

 たとえもし、イラクが大量破壊兵器を実際に持っていたとしても、イラクがそれを自衛以外の事にその武器を使おうと計画している証拠はない。イラクは過去一〇年間、戦争に携わっていないし、他国を攻撃すると脅しをかけたこともない。もう一つの重要な事実は、イラクの近隣諸国が、彼らにとっては当然の事ながら「大量破壊兵器」の存在に最も関心はあるが、誰一人としてこの戦争を支持していないということである。国際法上、開戦の口実は見あたらないということに疑いはない。

 世界中の戦争に否定的な反応、特にフランスやドイツなどアメリカの同盟国の反応は、明らかにアメリカ政府を驚かせた。アメリカの対イラク戦争に対する反対意見は広範なものであり、世界中がイラクの味方であるような印象がある。アメリカ批判はもちろんサダム・フセインとその政権の正当化を意味するものではない。率直に言えば、サダム・フセインはいかなる国も彼を支持するに値しない。戦争への反対はサダムの弁護ではなく、原則の擁護である。

 アメリカ政府は国際的な支援の欠如を、いくつかの国の指導部に対イラク戦争への支持を表明させるよう圧力をかけることで補おうとしている。アメリカは誇らしげに対イラク戦争を公式に是認するヨーロッパ諸国のリストを示している。その中にはEU加盟国のスペインやイタリア、EU加盟国候補のポーランド、ラトビアなどがある。しかし、これはこれらの国の政治的指導者の公式の支持にすぎない。これらの国に居住する国民の意見投票は全く異なった結果となっている。例えばスペインの「エル・モンド」が実施したアンケートではスペイン人の約八五%が戦争に反対で、わずか二・三%が戦争に賛成、四・六%が無回答であった。だとすると、スペインは本当にこの戦争を支持していると言えるのか。

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 アメリカの「人道主義的爆弾」の下で苦しんでいる国の国民としての私は、感情的には他の人達よりもこの種の戦争に反対する気持ちが強いこともあるだろうが、幾つかのことは他の人達よりも良く分かると思われる。まず第一に、宣伝機関が対ユーゴスラビア戦争の場合と同じような動きをしていることである。いわゆる人道的問題の議論が、再び強調されている。ユーゴスラビアの場合、キーワードは「人道主義的な介入」であった。

 当時のアメリカやイギリスのニュースを見ていて、私は「人道主義」の観念が、私がそれまで持っていたものとは異なった意味を持っているという印象を受けた。私は、南極のペンギンに飛行機の爆音が与える心理的影響の研究をレポートする傍ら、BBCのニュースキャスターが表明した同情を今でも思い出す。そのレポートはペンギンの居住する地域の上の飛行は避けるべきだという結論だった。その、まさに同じ時刻に、アメリカとイギリスの飛行機がベオグラードや他のセルビアの都市を爆撃していた。その爆撃後、長い間にわたって私の甥は救急車のサイレンの音を聞くといつも怯えていた。サイレンの音は市民にNATO軍の爆撃やミサイルの接近を警報する時の音に似ていた。南極のペンギンに与える心理的な衝撃のほうが、セルビアの子どもたちに与える心理的ショックよりも重要なのだろうか。多くのセルビアの子どもたちが、NATO軍の爆弾によって殺されていたのだ。イラクの子どもたちが殺された時、BBCやCNNでどんな話や正当化が放送されるのだろう。BBCのニュースキャスターは南極のペンギンに対してみせたのと少なくとも同程度の同情を示すのであろうか。

 ブッシュはイラクの人民をサダム・フセインから解放したいのだと主張している。しかし、アメリカ企業は民主主義を世界中に拡げる意志はあるだろうか。そしてこの民主化は親米的でない政権に対してのみ適用されるのか。アメリカは過去においてどれだけの独裁者が、約二〇年前のサダム・フセインも含めて、アメリカの支援を享受してきたか忘れたのだろうか。そのまさに同じ人々が、解放されるために爆撃されなければならないのか。セルビアでの経験はスロボダン・ミロシェビッチがNATO軍の爆撃によってではなく、爆撃後の一年以上経過してからのセルビア人民の反乱によって粉砕されたということを証明している。その時の爆弾は独裁者ではなく、無関係の人々を殺戮した。イラク国民もまた、そのような解放を望まないであろうことはほとんど疑う余地はない。イラクとサダム・フセインは同じものではない。もしそのことが理解されなければ、サダム・フセインがいてもいなくても、イラクにはほとんど希望はない。

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 戦争反対とある種の孤立はアメリカ人にとっては不愉快なことである。ニューヨーク・タイムズ紙は第一面に、第二次世界大戦中にヨーロッパで戦死したアメリカ人兵士の墓の写真を掲載した。その写真の上に書かれたタイトルには次のようにあった。「彼らはフランスのために闘って死んだ。しかし、フランスは忘れてしまっている」。

 これはかなり奇妙な主張である。アメリカ人はただ単に第二次世界大戦中にアメリカがフランス人を助けたという理由だけで、アメリカがする全てのことを支持することをフランス人に期待しているのか。世界はアメリカ合衆国を必要としているが、今私たちが目にしているのとは違うアメリカを必要としているのだ。もしアメリカがこの種の政策を継続したなら、世界の多くはこのようなアメリカの必要性に疑問を抱くだろう。アメリカなしの方が世界はより安全になるとさえ考えるものも出るだろう。

 国連の承認がないままにアメリカが対イラク戦争をやった場合の影響は重大である。戦争が始まっていない今でさえ、その影響は深刻である。ヨーロッパの状況は変わってきている。今ヨーロッパは「古いタイプ」か「新しいタイプ」かによって二分され、このイラク問題以前の姿とは決して同じではない。新しい同盟ができて、その中ではいくつかの国はどっち側につくかというジレンマに陥っている。

 セルビアとモンテネグロ(旧ユーゴスラビア)は具体的なわかりやすい例だ。セルビアは今回のイラク戦争に中立の立場を表明し、明らかに「古いタイプ」のヨーロッパ側の位置に立っている。一方で、モンテネグロはアメリカの対イラク政策を明確に支持し、アメリカに味方し、「新しいタイプ」のヨーロッパの位置にあることを表明している。その報酬はすぐに現れた。アメリカ政府はモンテネグロがセルビアの十分の一の大きさであるにもかかわらず、今年はセルビアより多くの資金を受け取ることになるという援助計画を明らかにした。このことにより、自国の対イラク政策を支持するように他国を「説得する」アメリカ政府の手法がよくわかる。

 しかし、スペインのケースのように、モンテネグロの国民が政府のそのような政策を支持していないことに疑いの余地はない。その政策がスペインの場合よりもはるかに大きなマージンをもたらすにしてもである。発生するかもしれないもう一つの問題は、セルビアとモンテネグロの連邦政府が、この問題に関してはっきりと意見が食い違う状況で、何をすべきかということである。

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 アメリカはとても強大で、自分が望む相手を力で押さえ込むことができれば、政治的解決を模索しようとしない国だというのが私の印象である。

 日本のテレビはブッシュ大統領の声明を繰り返し放送してきたが、その声明はそのような姿勢をはっきりと表している。「アメリカ合衆国は世界で最も精鋭の軍隊を持っている。そしてそれが我々が長として君臨する理由である」。

 これはぞっとする、恐ろしいことである。アメリカは、明らかに避けられそうにないイラクとの戦争に勝利するだろう。その戦争自体は、この問題のなかでは、重要でもなく関心もないことなのだろう。その結果はすでにはっきりしている。しかし、それは、とるべき方法なのか。恐怖が世界を統治すべきなのか。戦争の勝利が、ときには、道徳的な敗北となることもあるのだ。

 もっともな理由でこの世界のリーダーと認められる国が、今、リーダーとして取るべきでないやり方を明示している。リーダーは多数派の意志や利益に反して行動してはならない。さもないと、それは指導者ではなく、独裁者と見なされることになる。古代中国の物語に「万事塞翁が馬」とある。この戦争の勝利から、アメリカ人が将来において、もうこのような道義的に疑わしい同様の戦争を仕掛けないことを学び、本当に望まれ、必要とされるリーダーになってくれることを私たちは期待するのみである。


モンテネグロ出身・九州大学教授 /文責・編集部

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