海外事情 「これは平和主義ではない」
        -フランスの場合-

         八谷 まち子

2003.3.20 223


  パリのイラク攻撃反対デモ

 対イラク攻撃に反対し同国の核査察の継続を主張するシラク大統領は、世論の圧倒的支持を獲得している。「フィガロ」紙が一月に発表した世論調査では、七七%、実にフランス人の四人に三人はイラクへの攻撃に反対している。国会議員に限ってみれば、左派の八四%、右派の七八%が攻撃に反対(どちらかといえば、を含む)であり、この数字は昨年九月以来大きな変化はないという。また別の調査では、六六%がイラク攻撃に反対、二四%がアメリカを支持すると表明している。同じ機関による昨年八月の調査では、五八%と三二%であったから世論がフランス政府への支持を高めていることが読み取れる。また、この調査で、国連決議が出された場合にフランスはどうすべきかを尋ねたところ、攻撃に参加すべきが一五%、外交活動に限定すべきが三九%、決議を支持せず攻撃不参加が二二%、決議を非難すべきとする意見が一六%という結果であった。(一月七日実施、全国レベルで一八歳以上の一〇〇二人に電話インタヴュー)

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 三月七日にアメリカ、イギリス、スペインによる修正決議案が国連安全保障理事会へ提出されたが、世論の高まりを背景に、常任理事国であるフランスは、決議案が採択に付された場合の拒否権行使を明確にしている(ルモンド紙、三月一一日)。こうした政府への支持は国民の九〇%を超えているといわれている。フランスが拒否権を行使するとすれば、それは一九八九年のパナマ危機の時以来となり、フランス外交にとっては大きな賭けである。

 フランスとアメリカとの間では意見を異にする分野は多いが、安全保障においては同盟関係を基本としてきた。拒否権の行使は、同盟関係を真っ向から否定することになる。そうした行為がフランスの国益に与えるであろう不利益を考慮し、与党第一党であるUMP(大統領多数派連合)の右派議員の間には、イラクへの介入を必要と認める少数派意見も存在したが、一〇日のテレビインタヴューでシラク大統領は次のようなコメントでアメリカとの関係を肯定してみせて、拒否権行使に対するUMP全党一致の支持を取り付けた。曰く、「フランスは反アメリカ主義ではない、両国間には二世紀に渡る共通の歴史と価値の共有があり、両国民の間の深く根付いた友情は一時的状況を超越しており、論争によってこれまでの関係が揺らぐことはない。」

 シラクによるフランスの立場は、平和主義ではなく人道主義であり、したがって非人道的な戦争ではなく国連の合意である査察の徹底こそがイラクの武装解除という目的を達成させ得るし、それは既に効果が現れている、戦争はテロの危険性をあおることになる、フランスは安保理常任理事国の状況がどうであろうとも修正決議案採択にはノンの投票を行なう、というものである。

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 インタヴューでのシラクの発言は、アメリカとの関係にも配慮したものであるが、国民の間では明らかな「反米、反ブッシュ」意識が高まっている。三月五日の全世界的戦争反対デモの際には、グルノーブルでも五〇〇〇人の高校生や大学生が参加した。また、今年になって発売された『ブッシュ家の戦争』(La guerre des Bush このタイトルの発音は「戦争が姿を現す」deboucheと同じで、かけ言葉になっている)という本は、ブッシュ一族とビン・ラーディンの一族とが湾岸戦争までは緊密な関係にあり、アメリカは他の地域と比較すれば中東の石油市場へ食い込むことができないでいる、と暴露した内容になっている。

 フランスがイラクへの武力攻撃に反対するのは平和主義だからではない、というのは一般的な論調である。例えば、欧州議会議員でありフランス緑の党の党首であり、かつての反体制の闘士であるコーンベンディットは、三月三日に訪問先のワシントンで次のように述べている。「フセイン体制は転覆させるべきだ、だが、フランスが反対するのは、その手段である。目的の達成のために武力を用いることは決して容認できない、特に今回はフセイン後のイラクがアメリカ軍のもとに再建されるとは思えない。」ついでに彼は言う、「ブッシュ大統領は一九六八年という僕の若かりし頃を思い出させる。世界を変えたいのだろうが、真実を手にしていると信じきってボルシェビキのように行動した僕の仲間たちのようだ。」

 フランス人の議論は決してアメリカ人のように直線的ではない。フランスの反米思想については、『アメリカという敵L'Ennemi americain』の著者であるフィリップ・ロジェは次のように解説する。即ち、フランスとアメリカはまず、市民革命のライヴァル同士という特殊な関係から始まったが、一八九八年アメリカの対スペイン戦争以後、フランスのインテリたちはアメリカ人を帝国主義者とみなすようになった、そして一九一四年にフランスがドイツの襲撃を受けたときは救助に現れず、遅れて来ては銀行を倒産させて自らが利益を得たという不満がひろがった、同時に極右の間にはドレフュス事件を契機に、アングロサクソンと結びついたユダヤ系銀行の発展に対する反ユダヤ主義も存在する、これらはしかし古い反米思想である。今日の反米とは、アメリカの目的の不透明さに対するもので、なぜ対イラクの予防戦争が必要かを説得すべきであり、これは理性的な反対というゴーリストの伝統にのっとったものと見える、とロジェは説明する。アメリカの態度はフランス人の目には傲慢と映り、9・11当時の同胞意識は続かず、アメリカ陰謀説がベストセラーとなる状況に至ったと言う。しかし、彼は、条件反射のような古い反米論に陥らないようにと警告する。そのような態度は、反ユダヤ主義と混同されて、対イラク攻撃に反対するフランスのあらゆる立場へのアメリカの批判を呼ぶだけであり、それこそがアメリカによるゲームに参加してしまうことになると言うのである。

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 フランスのイラク攻撃への反対は反米でもなければ単純な平和主義でもない、それは理性が要求する解決ではないという理由である。

 振り上げたこぶしを下ろすタイミングを失して声高に主張するアメリカに対して、真の理由が単なる対抗意識であったか商業的利益を維持することであったかは憶測を呼ぶが、その一方でイギリスの『エコノミスト』誌(二〇〇三年二月二二日−二八日号)にはノーベル平和賞受賞かと揶揄されもしたが、今回ばかりは、ひとたび表明した主張を容易には引っ込めないフランスの頑固さと自国の栄光への誇りという「古い価値観」が頼もしく思えるのである。


はちや まちこ/九州大学大学院法学研究院教員

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