海外事情 シュレーダーの決断
      −選挙戦術から外交方針へ−

               藏重 元

2003.3.20 223


  ベルリンのイラク攻撃反対デモ

 はじめに

 先日の国連安保理において米英は、イラクの武装解除の期限を三月一七日までとする修正案を提出した。これはイラクに対する米英の最後通告に等しく、対イラク戦争がいよいよ避けられない状況になってきた。こうした米英の好戦的態度に対して、国際社会は激しく反発し、米英国内においても反戦の集会・デモが湧き起こっている。そのなかで日本政府は、米英の新決議案の修正案支持を早々と表明し、国際社会の失笑を買っている。

 その日本政府と好対照なのは、独政府の対応であろう。この間の独は、一貫して米英に批判的であり、武力行使の大きな抑止力になっている。しかし、シュレーダー首相の武力行使に対する態度は、実は必ずしも一貫していたわけではない。彼が武力行使については両義的な態度をとり続けていたのも事実なのだ。それが二月中旬を契機に、その両義的な態度が一変するのであるが、その背景にあったのが、国際世論と国内世論並びに国内外の激しい反戦運動の高まりであったのである。そこで、以下では、シュレーダーが国内外の状況によってその政治行動が制約されて、米英の武力行使反対の立場を明確にする過程をみていくことにしよう。

 国際世論と国内世論の高まり

 既に本誌(二一八号)において指摘したように、シュレーダーの米英の武力行使批判は、もともとは民主社会主義党の政策を横取りしたものにすぎず、昨年九月の連邦議会選挙上の戦術にすぎなかった。事実、選挙後、対米関係の修復にシュレーダー政府が積極的に乗り出し、武力行使に反対しながらも、武力行使は最後の手段として、米英の武力行使そのものを否定していたわけではなかった。実際に、シュレーダー政府は、本来対仏関係よりも対米英関係を重視しており、米英のアフガン攻撃に際して、「無制限の連帯」を主張していたし、米英のユーゴ空爆にも全面的な協力を表明していた。シュレーダー政府自体、武力行使そのものに対しては、別に否定的ではなく、むしろ積極的ですらあったのである。

 シュレーダー政府が対米関係改善のために対米批判を緩和させる意図は十分あったと考えられる。だが、シュレーダーにとって予想外の展開は、武力行使に対する国際社会の強い反発と仏の徹底した対米批判であろう。もともと対米英関係重視のシュレーダーは、それによって対仏関係が希薄になり、そのバランスを取り戻すための対仏協調路線であったが、その仏に引きずられる形で対米批判を強める結果となった。また、選挙戦術にすぎなかった米英の武力行使批判が、国内外で多くの賛同を得てしまい、彼としては、もはや前言撤回できなくなってしまった。事実、昨年において米英の武力行使には反対という国内世論は依然として強く、シュレーダーの対外政策に対する支持率も高かったのである。

 さらに今年に入ってシュレーダーが、フィッシャー外相とともに、武力行使阻止のための活発な外交活動を展開した背景には、独国内における反戦運動の盛り上りを指摘できる。興味深いことに、昨年においては、米英の武力行使に対する国内世論の反対は強いものの、仏伊に見られるような反戦集会・デモは殆ど独では行われていなかった。しかし、今年に入って、独国内においても反戦集会・デモが頻繁に行われるようになったのである。

 このように国内外の反戦運動に突き動かされるとともに、仏に引きずられる形でシュレーダー政府は、その選挙戦術だった武力行使批判を外交方針へと引き上げ、それに基づいて外交活動をせざるを得ない状態へと追いやられていったのである。しかもこの外交に対する国内世論の支持が、彼にとっては、政権維持のために必要不可欠な政治的なリソース(資源)ともなっているのである。

 シュレーダーの決断

 二月一二日付けの独週刊誌『シュテルン』の世論調査によると、七一%がイラク戦争反対の政府を支持しているものの、社会民主党(SPD)の支持率は二七%にまで急落し、逆に野党のキリスト教民主同盟は、その支持率を四八%にまで伸ばしている。今年初めの二つの州議会選挙においても、SPDは大敗を喫している。その原因は、シュレーダー政府の経済政策の失敗にある。現在、統一後失業率は最悪を記録しており、しかも経済状況はきわめて悪化している。それに対して、有効な措置をとれない現政府に対して、とりわけ政権党のSPDに対して、厳しい批判がなされている。

 シュレーダー政府の内政は強く批判され、外政は強く支持されているのが、現状である。こうした状況において、シュレーダーにとっては、内政上の失点を外政上の得点で補う必要が生じている。いわばシュレーダー政府は、外政上の支持率だけが頼りなのである。そのなかで武力行使批判を撤回したり、米英に妥協したりすることは、内政外政ともに失点を稼ぐことになり、SPDのさらなる支持率の低下は避けられない。また、支持率のさらなる低下は、政府危機を生じかねず、少なくとも米英がイラク攻撃をするまでは、武力行使反対を主張せざるを得ない状況なのである。

 シュレーダーは、米英の武力行使には批判的であったが、武力行使そのものは否定していなかった。事実二月一七日の欧州連合首脳会議直後、彼はユーゴ空爆やアフガン攻撃を引き合いに出して、「基本原則として武力行使を排除しているわけではない」ことを強調していた。このように彼は米英関係をも配慮して、武力行使に対しては両義的な態度をとっていたのである。しかし、彼は、翌一八日にきわめて重要な発言を行うに至った。すなわち、欧州連合首脳会議が平和的解決への外交努力の継続と「最後の手段」としての武力行使を排除しないとする共同宣言を採択したことに対して、彼は、武力行使反対という「独の立場はいかなる場合も変わらない」として、武力行使そのものを否定するに至ったのである。

 このシュレーダーの決断以降、彼はエジプトとの首脳会談でイラク問題の平和的解決を再確認する一方、仏との会談でも米英の対イラク武力行使容認の新決議案に一致して反対することを確認し、ロシアともイラク問題の平和的解決で一致するに至る。フィッシャー外相も対イラク戦争反対の姿勢を再確認し、三月五日には仏独ロ外相の共同宣言発表へと至るのであった。以上のような意味で二月一八日におけるシュレーダーの決断は、独外交の重要な転換点であったといえよう。

 むすびにかえて

 このシュレーダーの二月一八日の決断を直接的にもたらした要因が何なのか、現段階においてはわからない。しかし、国内外の世論や反戦運動、さらには国際社会の動向及びSPDの支持率凋落などが重要な要因であることは確かであろう。ブッシュやパウエルが予告しているように米英が国連決議なしに武力行使を行った際、シュレーダーの決断の真価が問われることになる。


くらしげ げん/福岡市在住 大学教員

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