「メイド・イン・テキサス」の戦争か
   −ジョージ・ブッシュの考察−

             豊旗 梢

2003.3.20 223


  イラク攻撃へ各国首脳を説得するブッシュ大統領 


 よく知られるように、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュはアメリカ南部出身の共和党の大統領である。ブッシュという人には大統領らしい独自の政治理念とか考えぬかれた政治哲学というほどのものは、ほとんど見あたらない。良くも悪くも世界の運命の一端を握る人がこうであるのはそれ自体不幸である、というよりは、はっきりいって災難である。加えて、彼には経済、社会、政治に対する抜きがたい偏った固定観念がある。これは彼がアメリカ南部それもテキサス州出身であることと、かなりの程度関わりがある。その関わりでコメントしてみよう。

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 南部出身の大統領はもちろん彼独りではない。クリントン(民主党) 、父ブッシュ(共和党) 、カーター(民主党) 、さかのぼってケネディー大統領暗殺後大統領に昇格した(後には選出) ジョンソン(民主党) など、むしろ最近は南部出身の民主党大統領も多い。それどころか、南部はアメリカ政治の伝統の中では相対的民権派である民主党の地盤であった。つまり、南部出身だからといって一通りではないのはあたりまえだが、それならなおさら、その中でジョージ・ブッシュの超保守ぶりが際だつのである。

 ジョージ・ブッシュは、有名な黒人霊歌「オールド・ブラック・ジョー」の世界からタイム・スリップして出てきたような人である。“若き日はや夢と過ぎわが友みな世を去りて・・・”と歌われる低賃金の黒人労働者の人生は苦しく短く、綿花畑の中に淋しく消えてゆく。これはなにも文学上の表現をしたのではなく、実際、ブッシュの現実世界は今でもこれと大きくは変わらない部品で作られている。これを完全に時代錯誤といいきることができない所に、ジョージ・ブッシュがアメリカ大統領に選出された素地と機会がある。

 つまり、綿花のかわりに今日では石油がとってかわったと考えれば、自身が「オイル・マン」とあだ名されるブッシュという人の経済・社会観念の、おおよその輪郭をつかむことができるからである。南部とくにテキサスでは、民家の庭先にも石油掘削井戸のポンプを見ることができる。そういう州である。そして、一次産品(資源)依存型の産業構造、労働集約経済、黒人やメキシコ系マイノリティー中心の低賃金労働、白人優位の人種主義と家父長主義、低税率、南北戦争以来の国家干渉への反発、と考えれば、ブッシュ大統領の行動の基本要素は理解できる。

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 もちろん、こういった要素はテキサスというよりも共和党の政治経済スタンスさらには民主党の支持基盤とさえ複雑に重なり、そう単純ではない。しかし、かつて同じくテキサス出身の民主党大統領ジョンソンが公民権運動を推進したことを考えれば−−もっともジョンソン政権はあのベトナム北爆でも記憶されるが−−、ジョージ・ブッシュの内政がいかに旧き「テキサス発」、旧き「メイド・イン・テキサス」であるかわかろう。テキサスといえば、州最大の都市ヒューストンの米航空宇宙局(NASA)に代表される先端的宇宙技術、カリフォルニアとならぶハイテク「サン・ベルト」地帯というもう一つの新しい顔がある。しかしブッシュという人は、こういう頭脳型を思い出させない。彼自らが好むイメージは、あくまでカウボーイとテンガロン・ハットに象徴される「勇猛」なのである。

 そういえば、テキサスの州旗は「ローン・スター」、つまり孤高の「星一つ」である。テキサスはアラスカを除けばアメリカ最大の州である。このアメリカ二番目の州は、地理的にも合衆国最南にあり、南北戦争より少し前、さらに南に位置する広大なメキシコ領の一部を有名な「アラモのとりで」の戦争の結果、いったん「テキサス共和国」として独立させ(一八三六年)、これを既存の諸州に併合して成立した(一八四五年)。

 この手荒な成立のルーツからして、テキサスはアメリカ建国のニューイングランド一三州とは地理的にはもとより心理的にも、文字通り離れているのである。テキサス人の意識の中に「われわれはテキサス人だ」とか、さらには「テキサスはアメリカではない」という独立のプライドがあるのもそれである。南北戦争後一五〇年近くも経たいまでも、テキサスだけでなくアメリカ南部の諸州では、星条旗をかかげず当時の南軍旗つまり「アメリカ連邦」旗をわざわざ掲げているのを旅行者は経験する。しかもそれは特別に奇怪という感じを与えず、逆の反発を引き起こすこともなく、合衆国全体での容認の範囲に入っている。

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 テキサス人がどのようなプライドをもつのも自由だが、それがアメリカ合衆国大統領という最高の権力と悪い形で結びつくのは、世界全体の災いである。「悪い形」といったのは、テキサスにはまた自由な開放的気質もあり全体としてバランスしていたのだが、危険な軍事的保守主義、孤立主義が、まずテキサス政界を、ついでアメリカ政治を、そして世界をテークオーバー(乗っ取り)しようとしているのが問題なのである。そこで、あえて、ジョージ・ブッシュの外交政策は、テキサス人のこの孤立主義ないしは粗野な分離主義を背景に考えるとわかりやすい。もちろん、これまた実際にはそれほど単純ではなく、ブッシュ家自体はテキサスではなく北部ニューイングランド出身なのだが。

 ジョージ・ブッシュの行動の第一の特徴は、同盟関係、協調関係に対する根深い不信と軽蔑である。その中心である国連、さらにいえば自国が事実上の盟主であるNATO(北大西洋条約機構)に対しても、システムとしての崩壊の危険を含むところまで来ても、特段の意に介さない。もちろん「国際協調」が今日の世界で十分に機能しないことは一般的な現象であり、万人が感じるところであるが、ジョージ・ブッシュの場合、そのいらだちから、協調の積み重ねで培われた実績に対してでさえ、自棄的、破壊的に走り、文字通り単独行動への誘惑を抑えきれない。またブッシュの示すこの単独行動志向、協調への冷淡さと信頼の不足は安全保障にかぎらず、政策全般におよぶ。京都における環境枠組み条約の締結国会議(COP3)でも、ブッシュ政権の非協力ぶりは多くの人にアメリカで起こっていることの奇妙さを印象づけた。もちろん、彼の石油コネクションからすれば、環境面でのしかも国家的規制は問題外であっただろう。

 第二は、その反面としての一方的な単独行動主義が軍事的手段で発動されることである。これは政策オプションの選択の結果というのでない。そこはケネディ大統領のキューバ・ミサイル危機での意思決定とは異なる。テキサスでは軍事力への確信に無条件の信念に近い歴史がある。ここからはいろいろと読める。核抑止の基本政策であったABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約からも早々と脱退し、かわってクリントン政権時代から先送りされてきた本土ミサイル防衛(NMD)を推進する。対イラク攻撃でパレスチナを含むバランスが壊れれば、父ブッシュ大統領の許容した枠組みさえも吹き飛ばす。そうなれば、影響は途方もなく測り難い、等々。

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 今回も、日本の政治家はブッシュの軍事行動支持の理由として、しきりに「日米同盟」をいうが、これは誤解ないしはそのふりをした利権的行動であろうか。ジョージ・ブッシュはそもそも反同盟主義者であって、その場の日本を「便利な助っ人」と考えているにすぎない。皮肉なことに、日米安全保障条約さえ相対的なのではないか、という推量さえ成立するのである。今、大国主義的な「メイド・イン・テキサス」「テキサス発」の世界戦争が起こるのかどうか、全地球の人々の眼が、このテキサン(テキサス人) の上に注がれている。


とよはた こずえ/大学教員・東京都在住

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