論壇 アメリカのイラク侵攻と中東戦略
    −露呈した「ブッシュ・ドクトリン」の狙い−

                   纐纈 厚

2003.4.20 224 


 イラク攻撃を訴えるブッシュ米大統領 


一、アメリカの一極支配めざす「ブッシュ・ドクトリン」

 アメリカ・イギリス合同軍によるイラク侵攻は、開戦後約三週間を経て事実上のイラク占領によって「終結」した。これを機会にアメリカのイラク侵攻の意図が一体何処にあったのかを、アメリカの〈軍事戦略の転換を示した戦争〉という視点から検証しておく必要があろう。そうした作業を筆者も今後の課題としていく予定でいるが、本稿もその一つとしてある。

 本稿では、先ずアメリカ・ブッシュ政権の軍事戦略である「国家安全保障戦略」(通称「ブッシュ・ドクトリン」)の要約から始めたい。既に筆者も多くの機会にも触れ、また他の論者も指摘しているように、「ブッシュ・ドクトリン」(以下、「ドクトリン」と略す)は、アメリカの軍事戦略だけでなく、国際秩序の基本原則にも大きな転換を迫る内容である。

 第一に、戦後アメリカは世界中に張り巡らした基地ネットワークを根幹に膨大な軍事力を展開し、核兵器を基盤とする核抑止戦略を基本原則としてきたが、「ドクトリン」は、従来の抑止戦略を放棄して、明らかに先制攻撃論を採用するところとなった。アメリカの国益に反する国家、組織、人物を先んじて攻撃し粉砕することを軍事戦略の基本原理に据えたのである。

 国連憲章を持ち出すまでもなく、直接的な侵略を受けていない段階での自衛権の発動が固く禁止されていることは国際常識である。アメリカは二つの世界大戦を経て獲得された平和獲得のための知恵とも言うべき、国際的な合意事項を正面から否定したのである。アメリカの先制攻撃論採用の理由は、冷戦体制下にあって核の鬩ぎ合いを演じてきたソ連という超核兵器大国が消滅したことにより核戦争の可能性が相対的に低下したこと、軍事革命(RMA)により圧倒的な打撃力(火力)や機動力を保有することになったこと、等があげられる。

 しかし、そのような軍事的なレベル以上に、常に軍事行動への敷居を低くすることによって、軍事力による恫喝や脅迫を政治力の有効な道具として使用し、対アフガン侵攻や今回のイラク侵攻で見せたように躊躇することなく軍事力の投入を果たし、国際世論を無視してアメリカの好む国際秩序の形成を図ろうとすることが最大の狙いである。
第二には、軍事行動の正当性を主張する根拠として、「大量破壊兵器」(WMD)の「保有国」を殲滅すべき相手として恣意的に認定しようとしたことである。この場合、WMDとは核兵器・化学兵器・細菌兵器(ABC兵器)の総称である。しかし、言うまでもなく現在、質量共に圧倒的なWMDの保有国は、他でもなくアメリカ自身である。そのアメリカが他国のWMD保有について執拗に拘るのは、自らのWMDの独占状態を堅持することで圧倒的な軍事力を恒久的に保持する体制を構築したいからである。アメリカがWMDの危険性を繰り返し強調するのは、政治的メッセージとして有効であるからに過ぎない。

 そして、アメリカはWMDの開発・生産・保有、さらには同盟国への輸出を独占的かつ自在に展開できる体制を堅持することで、アメリカ国内の軍産複合体を潤すためにも他国のWMD保有の廃棄を迫り、それを口実として軍事行動への選択をも自在に手にする意図が「ドクトリン」の基本的な指針となっている。その事実を今回のイラク侵攻によって具体的に実行して見せたのである。
 
 二、新保守主義者の危険な世界認識と世界覇権主義

 「ドクトリン」が明らかにした軍事戦略は、同時に世界史という視点からすると、より大きな転換を示す画期となり得る可能性を秘めたものとしてある。すなわち、「ドクトリン」は戦争と革命の世紀であった二〇世紀の歴史体験を教訓として生み出された国家主権・民族自決・内政不干渉の尊重を中心とする近代国際法あるいは国際秩序を真正面から否定する意図を露骨に孕んだものとしてある。世界史をさらに遡って言うならば、主権国家の存在を確認するなど、近代的な西欧国家体系成立の主要な画期とされるウエストファリア条約(一六四八年)によって形成された国際秩序をも否定しかねない内実を孕んでいる、と言っても決して過言ではないであろう。この点は既に少なからず論争となり始めてもいる。

 勿論、ここに掲げた近代国際法や国際秩序の有り様が完全である訳がなく、イギリスやフランス、そして、アメリカなど一部の大国の恣意的な選択設定のなかで国家も民族も、そして市民も翻弄され続けてきたことは確かであった。この枠組みのなかで帝国主義や覇権主義が横行し、数多くの戦争や反革命、そして権威主義体制が生まれた。従って、そこでは多くの克服すべき課題を背負っていることもまた事実である。

 しかし、例え現時点で不完全性が顕著であるとしても、所与の前提としての国家主権や民族自決・内政不干渉が、軍事力という暴力によって否定されることを了解することは到底できない。それでは再び二〇世紀的な、さらには一九世紀的な世界史を歩むことを強制されるに等しいことになる。「ドクトリン」を貫く戦略目標は、「新しいアメリカの世紀」(New American Century)の構築である。

 つまり、一九世紀がイギリスやフランスなど、奇しくも今回のイラク侵攻作戦の主導者であるラムズウエルド米国防長官が言い放った「古いヨーロッパ」の世紀であり、二〇世紀は、その「古いヨーロッパ」にソ連とアメリカ、それにドイツや日本など新興国家群が台頭し、二つの大戦を経由して米ソが世界のヘゲモニーを掌握し、大戦以降米ソ冷戦体制のなかでアメリカが生き残り、「勝利」したとするのが、「ドクトリン」の策定者であるチェイニー副大統領やラムズウエルド国防長官に代表される新保守主義者(ネオ・コン)等の世界認識である。取り分け、レーガン政権以来の「強いアメリカ」の信奉者で、ネオ・コンの代表格であるウォルフォウィッツ国防副長官は、ブッシュ政権ばかりか、現在のアメリカの方向性を一身に体現する人物として注目される。

 ネオ・コン達は自らの構想するアメリカ主導の世界秩序の実現に向け、軍事的には既述の通り先制攻撃論によって、また政治的には新孤立主義を採用しようとしている。先制攻撃論は今回のイラク侵攻によって典型的に示されたが、それは単に軍事的レベルでの戦術の域を脱して、平時における政治外交政策と軍事政策(軍事行動)の線引きを事実上解消し、外交と軍事の一元化・一体化が常態化することを意味する。つまり、常に軍事行動を用意することは、間違いなく、常に軍事力が恫喝や抑圧の手段として投入されることである。

 そのことは軍事力の使用(戦争発動)に幾重にも足枷をかけることで、最終的には自衛権の発動としてのみ軍事力の使用が擁護されるという国際法秩序の解体を結果する。要するに、アメリカは政治力や経済力だけでなく、むしろそれ以上に軍事力によって支えられた新たな世界秩序を「自由世界」や「民主主義」の実現という表看板によって構築しようとする。そこではアメリカの言う「自由世界」や「民主主義」の絶対性と普遍性が強調され、これに強制的同意を求めるのである。

 もう一つ指摘可能なのは、この新たな世界秩序の構築に向けて、アメリカが従来のような軍事同盟政策を根本的に修正する意図を抱いていることである。既述の通り、新孤立主義とも表現できる内容の一国単独行動主義である。かつてアメリカは南北アメリカ大陸に閉じこもり、ヨーロッパ諸列強の干渉を排除するために孤立政策(モンロー主義)を採用したことがある。現在でもアメリカ共和党内のブキャナンのようにモンロー主義の後継者が存在するが、そのような意味での孤立主義ではなく、筆者の言う新孤立主義とは、国連という国際秩序の統轄機関や同盟関係などの干渉や制約条件から一切解放されようとする主義である。

 そこでは、ヨーロッパ諸国のみならず日本や韓国などアジアの同盟国との間に存在する既存の同盟条約をも相対化・自在化しようとする。これは明らかに共和党内に有力であった国際協調派を圧倒する勢いにある。勿論、そのことは直ちに日米安保条約や米韓安保条約などの解消に繋がるものではないが、純軍事的なレベルで言えば軍事革命により、一段とハイテク化され、高速機動化された軍事力の展開には、必ずしも同盟諸国の存在が絶対的な要件ではなくなりつつあるということである。

 しかし、それ以上にアメリカをして新孤立主義に向かわせているものは、戦後国際政治経済秩序を形成してきた中核的存在としての国連、なかでもアメリカ以外の常任理事国であるイギリス、フランス、ロシア、中国との関係性自体にある。つまり、アメリカが目標とする世界秩序の実現のためには、国連の存在がある種の抑制要因となり得ると踏んでいるのである。将来的には実態としてのEUブロックと、可能性としての中露ブロックの形成と展開という状況のなかで、アメリカが自らの覇権主義を貫徹しようとすれば、これらブロックとの協調路線よりも、文字通りこれらブロックの干渉を廃して独自のブロックを固め、それを世界化(グローバル化)することが有利とする認識でいることである。

 これだけを指摘するとブロック間の競合の時代と括れそうだが、少なくともEUブロックも中露ブロックも政治経済連合体としての性格であるのに反し、アメリカの構想するブロックは単独の軍事ブロックの世界化という点で決定的な違いがある。その点は注意深く見ておかなければならない。

 三、アメリカの中東戦略の新展開

 今回のイラク侵攻と占領の狙いが世界第二位の石油埋蔵量を持つイラクに親米政権を樹立し、これまでフランス、ロシア、中国などが獲得している石油採掘権を一端白紙に戻すことにあるとする見方は間違っていない。アメリカは脱原発の方向に踏み出しており、国内基幹産業のエネルギー資源としての石油の需要は、天然ガスと共に今世紀一層膨らむことが必至である。同時にアメリカとしては、イラクの石油を押さえることで石油の国際価格の実質的なコントローラー(価格決定者)の位置に座りたいとの思いに駆られている。世界一の石油消費国であるアメリカが外的な要因によって石油価格の変動に翻弄される事自体が、国力(=アメリカ資本主義)の衰退に直結する課題であることを強く認識しているのである。

 今回、アメリカはイラク占領に「成功」したが、実はもう一つの狙いがイラクの隣国であり、世界一の石油埋蔵量を誇るサウジアラビアへの梃子入れにあるという意図が隠されている。この点は殆ど議論も分析もなされていない点だが、イラク戦争は同時にサウジの「間接占領」を狙ったものである。

 確かに、サウジ王政は親米政権だが、サウジは王政という専制を敷く独裁国家である。つまり、王室との関わりを持たない圧倒的多数のサウジの民衆は決して親米的ではない。彼等のアイデンティティはサウジ王室にあるのではなく、言うまでもなくイスラム教である。そのようなサウジの政体への梃子入れは、アメリカにとって緊急を要する課題である。そこにアメリカの言う「民主的な政権」を形成し、サウジ民衆に潜在している反米感情を早期に除去しておかないと、将来的には第一の石油産出国・埋蔵国を喪失する可能性は大と踏んでいるのである。

 敢えて言えば、今回のイラク戦争の最大の目的はサウジを喪失するような事態に万が一陥った場合にでも、イラクの石油を確保しておけば安全とする見積もりがある。アメリカとして、サウジとイラクを同時的に「民主政体」に転換することで反米政権成立のリスクを完全に断つことが、まさに中東戦略の要諦なのである。その点からして、アメリカにとって、イラクの軍事占領による「解放」や「自由」の実現は、同時に中東石油産出地域の「統制」と「管理」を意味する。

 このようなアメリカの極めて恣意的なスタンスからすると帝国主義国家としての横暴ぶりは、イラク占領体制の構築過程にも遺憾なく発揮されそうだ。既にアメリカはイラクの復興計画のなかでネオ・コンの牙城である米国防総省管轄下に復興人道支援局を設置し、元米陸軍中将で親イスラエル派の人物として知られるガーナー氏をトップに据えた。

 ガーナー氏を通して、アメリカのユダヤ人が圧倒的に支配する石油メジャーにイラクの石油利権を確保するルートを提供し、同時的にイラクを筆頭する反イスラエル連合を崩壊させることで、イスラエルの中東における「安全」確保と影響力を絶対化すること、さらに復興に投下される莫大な資金を占有することが重要な任務とされる。その意味はイラクの「イスラエル化」である。つまり、ここにもう一つの「アメリカ」を建設し、イラクを起点に中東全域を射程に収めたアメリカのブロックを形成しようとしているのである。このような方針に基づくイラクの「イスラエル化」は、しかしながら、逆にイラクの「パレスチナ化」を結果する可能性が高いと思われる。

 このようなアメリカの行動に対する各国の対応ぶりも重要な問題点を含む。イギリスは英米合同軍の一翼を担うことで、アメリカを取り込む「国際共同体」構想を追求し、実現することでアメリカの単独行動主義に一定の歯止めをかけようとする一方で、アメリカ同様にイラクを中心とする中東の石油利権の拡大を求めている。このイギリスのアンビバレントなスタンスには、当然ながら賛否両論がある。

 ところで、当事者であるアメリカ自身が相対化を進める同盟政策に全面的に依拠し、相変わらず運命共同体的なレベルでしか動こうとしない日本政府の盲従ぶりが、ここに来て一段と顕著である。アメリカは新孤立主義のなかで既存の同盟政策を事実上破棄し、「同盟なき帝国主義国家」への道を歩み出した。そこでは当然ながら対等な同盟関係は成立しない。それでもイラク戦争後において日本がアメリカ主導の世界秩序に無条件で参画しようとすれば、一方的な命令に従う屈従外交を余儀なくされることもまた明らかであろう。


こうけつ あつし/山口大学教員

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