「人間の盾」参加者から見たイラク攻撃

               中田 聖大

2003.4.20 224 


 治安回復を要求するイラクの人びと 

 私は二月下旬から約二週間イラク、バグダッドに滞在しました。その主な目的は「人間の盾」として現地で活動することでした(ちなみにイラクではこの活動の参加者をピースボランティアと呼んでいました、私自身肩書きとしては、人間の盾よりこちらのほうが気に入っております)。人間の盾のイベント以外でもイラク内での行動は、比較的自由であったため、街の様子をうかがい知ると共にイラクに住む人々と接することができました。そうとはいえ、この短期間で私が見聞きすることができたものは、イラクの一部分でしかありません。これを自覚した上で、イラク攻撃についての私見を述べてみます。

 イラクに来てみると日本人一般が持つこの国に対するイメージは、誤りであることに気がつきます。「悪の枢軸」「ならず者国家」「テロ支援国家」などの呼び方をされていると、あたかもこの国とそこに住む人々が危ないものであるという印象を受けます。実際、私はもっと治安の悪いところだと考えていました。しかし、少なくともバグダッドは、夜中に外国人が歩いても問題ないくらい治安のよいところであったのが事実です。四月中旬現在の治安は、ひどいと報道されています。フセイン政権という重しがあってこその治安のよさという一面と、貧しい生活を強いられてきた人々の不満が爆発したと見ることができますが、無政府状態ということを考慮する必要があります。

 また、ここ二〇年程の間、日本人が耳にしたイラクのニュースは、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、国連の経済制裁、そして今回のイラク攻撃(第二次湾岸戦争とでも呼ばれることになるのでしょうか) と戦争関連ばかりです。このような状況下、さらに欧米よりの情報が流れる中で、イラクに対する冷静な意見を持っている日本人が少ないことは、当然の結果かもしれません。しかし、イラクは決して「ならず者たちの国」ではありません。ひいてはイラクという国家とそこに住む人々を、分けて考えるくらいの良識は必要だと思います。私は、アメリカからの攻撃におびえ、家族を抱えて路頭に迷うイラク人に会いました。武器を取って戦うことは、イスラム教徒としての義務ではあるが、自分はどうするかわからないという人にも会いました。当然のようにイラク人たちも戦争への恐怖を持っており、できることなら避けたいと思っていたのです。平和な中で生活することは、武器商人やごく一部の人たちを除くすべての人々の願いだと思います。ジハードを叫ぶ人々の映像ばかりを目にしていると、そのような当たり前のことまでわからなくなってしまう危険性があります(これと同様なことが共和国「北朝鮮」にもいえると思います。金正日を称える彼らも決して怖い人々ではないと私は思います。現在の報道のなかで接することができるのは、現実の一断面にしか過ぎないことを自覚する必要があるでしょう。そのうえで共和国の人々に対する良識的な判断をしたいものです)。しかも、ジハードとは、専守防衛の立場です。侵略されない限り、人々が立ち上がることはありません。ましてや世俗的な色彩が強いイスラム国家のイラク人たちが、イスラムの義務よりも自分の命や生活を優先させることは考えにくいことではありません。あくまで予想でしかありませんが、バグダッドが陥落するまでに武器を取って戦った一般人は、当初の予側よりもはるかに少なかったのではないでしょうか。私がお会いしたイラク人の多くは、さまざまな生活上の困難があるにもかかわらず、私の安全を心配してくださるような明るく優しく寛容な方でした。武器を取って戦うことを想像し難い人が多かったというのが、イラク人と接してみた私の感想です。

 また、そういった性格上の理由ばかりでなく、シーア派の多くは、アメリカの攻撃は侵略と捉えているけれども、フセイン政権は転覆してもらいたいという複雑な思いを持っていたと考えられます。さらに彼らには、湾岸戦争後の蜂起の際に自分らを支援しなかったアメリカに対する不信感が根強く残っているはずです。どちらつかずになってしまったことは、不思議なことではありません。このようなことを踏まえると、一般人からの抵抗が少なかったからといってイラク人が、アメリカの武力による政権転覆を歓迎していると受け取るのは早計に思います。

 フセイン元大統領の写真を踏みつけたり、アメリカ軍を歓迎している人々の映像が流れ、この戦争(ここまで一方的なものをこう呼びたくありませんが)が終わったと考える方や多くのイラク人がアメリカを歓迎していると受け止める方は少なくないと思います。しかし、私はそのどちらも事実の一側面でしかないと考えています。前者に関して言えば、この攻撃はイラクの大量破壊兵器の廃棄と対テロ戦争の名目で始められたはずです。例えイラクが大量破壊兵器を保持していたとしても、ここまでイラクがそれを使用しなかった(できなかった)事実をアメリカは、重く受け止める必要があるでしょう。アルカイダとの繋がりもはっきりしておりません。また、ティクリートでの攻防も続いておりますし、散発的な抵抗はこれからも続くでしょう。アフガニスタンが示すとおり、暫定政権の中心につく人物の背景によっては、争いが起こる可能性もあります。アフガンほどではないにせよ、イラクもスンニ派、シーア派、クルド人と民族や宗教が複雑に絡まっております。これに国際社会、とりわけ米英の利益がかかわってくるため、一層複雑になるでしょう。アフガンの場合は直接の石油利権というより、パイプラインなどの間接的な利益であったことで、アメリカへの反発を少ないものとしていますが、直接的に石油が絡むイラクでは、その取り分によってアメリカへの反発からテロなどが起こることが考えられます。平和の対極を戦争と呼ぶのであれば、これからも当分戦争状態が続くでしょう。

 後者についてそのように考える理由のひとつは、先ほど述べました。二つめとしてあの映像の多くは、シーア派が多いサダムシティーのものであるということです。彼らは貧困層が多いこともあり、フセイン政権に対する不満を持っている人たちが多い地区でもあります。私はここも訪問してみましたが、ほかの地区の住民と少し違う雰囲気を持っていたことを思い出します。あの時には、俺たちはサダムカンパニーの一員だと叫んでいた彼らは、今何をしているのでしょうか。私の滞在時には、もし攻撃が始まったらフセイン大統領(当時)が一番最初に攻撃するのは、アメリカではなく、サダムシティーだという噂が流れていました。当時からフセイン政権にとってあの地区の人々は、脅威であったということです。歓迎している人々の背景を知ることで、もう少し冷静な判断ができると思います。あくまで私見ですが、アメリカ軍を歓迎しているのは、一部の人々なのではないでしょうか。そうとはいえ、こういった人々の憎悪を生み出したフセイン元大統領は、確かによい指導者ではなかったかもしれません。しかし、多くの無辜の人々の命を奪ってまで武力行使によって政権転覆をなすことは妥当であるのか。しかも他国が自分たちの国益(利益といったほうがよいかもしれません)のために行うことは、道義上や国際法上許されるのだろうか。私は未だに多くの疑問を抱いており、国連の決議や国際世論の賛意を得られなかった今回の攻撃に関しては、流す必要のなかった血であると考えております。

 イラク国民の歓迎振りを多く報道することによって、この攻撃の是非を曖昧にしておくことは避ける必要があります。しかし、どちらにせよ現在は、これ以上の犠牲者が出ないように、食料や医療面での復興支援を進めることが先決です。それをどのように進めるかということをあわせて、今回の攻撃によって浮き彫りになった課題は山積みです。ひとつの議論にかけられる時間は限られてしまいますが、できる範囲で議論してゆく必要があるでしょう。今はまだ終わっていないこの攻撃の総括もそのひとつです。その際にこの私見がイラク人の視点をも取り入れるきっかけになれば幸いです。


なかた きよひろ/山口県立大学学生

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