不安定化する核兵器開発利用をめぐる国際情勢C

                  吉岡 斉

2003.4.20 224


 劣化ウラン弾の犠牲になったイラクのこども 

 二〇〇三年三月二〇日は、正当な大義名分のない武力行使であり、大きな歴史上の汚点として、人類史の中に刻み込まれることであろう。日本人としては今回のフセイン政権崩壊劇は、五〇〇年前の豊臣政権崩壊を彷彿させる。ブッシュ政権のこじつけ的な大義名分も、徳川政権のそれと酷似している。豊臣政権崩壊劇との違いは、イラク戦争がローカルではなくグローバルな事件であり、社会秩序の安定化ではなく不安定化に寄与すると予想されることである。

 イラク戦争は最初から勝敗が明白であったが、開始からわずか三週間後、米英両国を中心とする連合国軍はバクダッドを制圧した。しかしバクダッド市内ではなお散発的な戦闘が行われ、略奪行為も頻発している。そうした状況はバクダッドのみで起きているわけではない。「連合国軍の平和」の確立までには相当の期間を要すると見られるゆえんである。

 それどころか同様の事態が、アメリカの軍事力行使によって周辺国にも、ドミノ倒しのように拡大することが懸念されている。現にシリアは、フセイン政権幹部をかくまうとともに、化学兵器を隠し持っているとの疑惑をアメリカから突きつけられている。またイランは周知のように「悪の枢軸」の一角をなす。

 なおイラク戦争の大義名分については、大量破壊兵器の保持による国際社会への脅威を取り除くこととされてきたが、大量破壊兵器は発見されていない。無いものが見つかるはずはない、というのが筆者の見解である。

 蛇足を付け加えれば、アメリカの国際政治学者の多くは、国家には秩序があるが国際社会は弱肉強食の無法地帯だという趣旨の学説を支持してきた。ただし弱肉強食仮説の妥当性の根拠が説得的に示されることはなかった。都合のよい例証を挙げたり、(トマス・ホッブスのような)有名な思想家の引用文を示したり、ゲーム理論による解釈を付け加える(仮説の検証とは何の関わりもない装飾である)のが関の山であった。

 これほど根拠薄弱な仮説が支持されるのは、自然科学の世界ではあり得ないが、社会科学では政治的信念がそのまま公理として通用することがある。ブッシュ的世界観と国際政治学のリアリスト的思考とは、根が同じである。それは「社会科学の社会被拘束性」の、最もプリミティブな事例である(京都大学の佐和隆光教授は、新古典派経済学の論理構造がアメリカ人の経済感覚とよくマッチしている点を、二〇年余り昔から繰り返し指摘してきている)。

 さて、イラク戦争が大規模武力衝突の段階を終えたおかげで、アメリカによる核兵器の使用可能性は遠のいた。国際的な核問題の焦点は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に集中することになると見られる。これについては、新しい展開があり次第、まとめて論ずることとし、今回はイラク戦争でも使用されたと見られる劣化ウラン兵器問題を主題としたい。一般的には劣化ウラン兵器は、核兵器には分類されていないが、それと兄弟関係にあるものであり、この連載で取り上げるに値する。

 劣化ウラン兵器とは、劣化ウラン(depleted uranium,略称DU)を詰めた砲弾を指す。劣化ウラン(DU)とは通常、ウラン濃縮の「しぼりかす」を指す。照射済又は使用済核燃料から再処理によって分離抽出されたウランも、英語では同じ用語で呼ばれている(日本語では減損ウランという用語で使い分けている)。だがそれがそのまま砲弾に加工されることは考えにくい。

 天然ウランの中には核分裂性ウラン(U−235)が約〇・七%しか含まれないが、その比率を四〜五%(原子力発電の場合)又は九〇%以上(核分裂爆弾の場合)まで高めるのが、ウラン濃縮という工程である。その過程で濃縮ウランの六〜八倍(原子力発電の場合)又は一八〇倍(核分裂爆弾の場合)程度の量の「しぼりかす」が生ずる。その核分裂性ウラン含有率は〇・二〜〇・三%程度である(濃縮コストと天然ウラン価格との兼ね合いで、経済的に最適な回収濃度が決められる)。

 天然ウランの放射線毒性は、放射能の中では比較的低い。ウランの半減期は核分裂性ウラン(U−235)で七億年、天然ウランの九九・三%を占める非核分裂性ウラン(U−238)で四五億年なので、単位時間に出す放射線の個数はわずかだからである。同様の性質をもつ核分裂性プルトニウム(Pu−239)は、この世で最も毒性の強い元素と呼ばれることがあるが、その半減期は二万四千年であり、ウランよりも四〜五桁短い。その分、単位時間に出す放射線は多い。一グラムのU−238の放射線毒性を一とすると、U−235のそれは約一〇、Pu−239のそれは約二〇万である。

 先に減損ウランが砲弾に加工されるとは考えにくいと書いたが、それはプルトニウム等の不純物が混入しており、ウラン濃縮の「しぼりかす」よりもはるかに放射能が高く、厳重な放射線防護システムを必要とするからである。劣化ウランの放射線毒性は天然ウランとほぼ同等、原子力発電用の低濃縮ウランの七割程度で、ほぼ同等と見なしてよい。

 劣化ウランという用語には、放射能レベルが低いという語感が伴うが、それにつられたのでは真実を見損なう。単にウラン兵器と書いたのでは核分裂爆弾を想起させるが、劣化ウラン兵器と書けばそのような誤解を招く必要はないので便利である。しかし放射線毒性は、劣化ウランと低濃縮ウランとの間に大差はない。

 劣化ウラン兵器のリスクに世界の人々が懸念を抱くようになったのは、一九九一年の湾岸戦争を契機としている。その時、戦史上初めて、劣化ウラン兵器が大量実戦使用された。戦車砲の砲弾として、航空機・装甲車に搭載される機関砲の砲弾として使われた。砲弾全体でなくその中軸部をなすペネトレーター(貫通体)のみが、劣化ウラン合金で作られており、外皮部は発射時に飛散する。
 劣化ウランは密度が大きく、しかも常温での結晶系は硬いので、劣化ウラン砲弾は戦車の鋼鉄の分厚い装甲を撃ち抜く能力が高い。またペネトレーターは通常の砲弾よりはるかに軽いので、射程も大幅に伸びる。さらに装甲を貫通する際に摩擦熱で高温状態となれば、融点(摂氏一一三二度)よりも大幅に低い数百度の温度でも、空気中では激しく酸化して高熱を発するので、焼夷弾として機能して戦車搭乗員を焼き尽くす。

 ウランに劣らず密度が大きくしかも硬い金属としてタングステンがあるが、劣化ウランとの重要な相違点は、焼夷弾の機能は備わっていないことと、コストが高いことである。とくに重要なのは後者である。劣化ウランは理論的には、高速増殖炉サイクルに組み込まれることを前提として、プルトニウム原料資源となり得るが、その実現可能性はないと考えられており、経済的価値はない。それどころか放射性物質なので、管理コストが嵩み、廃棄することも容易ではない。それは低レベル放射性廃棄物に分類されるが、半減期が長いため特別の管理を必要としており、ウラン廃棄物という独自のカテゴリーを割り振られている。それを砲弾として使ってしまえば、核廃棄物問題の解決も同時に図れるので一石二鳥である。

 以上のような動機にもとづいて使われ始めた劣化ウラン兵器であるが、「湾岸戦争症候群」と呼ばれる被害を、イラク住民や帰還した多国籍軍兵士の間に、引き起していると見られる。白血病やがんの多発がその代表的な徴候である。それを契機として劣化ウラン兵器に対する国際的批判が強まった。しかしアメリカ軍にとって、劣化ウラン兵器の有毒性を認め、現存する劣化ウラン兵器を廃棄するという選択をとることは、みずからの面子をつぶし、退役軍人などからの補償請求を呑まされ、余分の砲弾調達コストを支払うという結果をもたらす。これだけ国際的批判が高まっているのだから、新規製造には慎重にならざるを得ないとしても、在庫分は早く使い切ってしまいたいというのが、アメリカ軍の本音であろう。今回のイラク戦争での使用状況の綿密な検証が必要とされるゆえんである。


よしおか ひとし/九州大学大学院比較社会文化研究院 教員

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