インタビュー イラクに対するブッシュの予防戦争とヒトラー

                          藏重 元

2003.5.20 225


 −−アメリカやイギリスによるイラク戦争はフセイン政権が倒れるという形で決着しました。その後のイラクでは政治的混乱や反米の動きもあり、復興をめぐっては大国間の駆け引きもありますが、この戦争を基本的にどう評価されますか。

 イラク戦争の結果について、大国のあいだの国際的な関係では、フランスや中国が態度を変化させはじめています。「結果オーライ」と言ったら良いのでしょうか、プロセスはどうであれ、イラクのフセイン体制が崩壊し、ある意味ではアメリカのシナリオ通りになったことで、それに追随するような風潮もあります。しかしこれに対して、国際法学者などは強く警鐘を鳴らしています。イラクに対するアメリカやイギリスの戦争は、あくまで国連憲章や国際法に違反しており、これを批判していかなければならないという主張です。これについては、私も同じ立場で、このイラク戦争の不法性を、今後も強調していかなければならないと思います。

 とりわけ、ブッシュ政権は大量破壊兵器の査察がうまくいかず、それを口実に戦争を始めたのですが、いまだに、そのような大量破壊兵器は見つかっていません。戦争の大義名分が、まったく証明されていないということを確認しておかなければならないと思います。この戦争は、まったく大義のない侵略戦争であったということです。ブッシュやブレアが行なったイラク戦争は、その思惑どおりにフセイン政権の打倒という結果になったのですが、この戦争の性格の不法性があらためて問われなければならないというのが、私の評価です。

 −−ご専門のドイツですが、フランスとともにイラク戦争に対して反対の態度をとったシュレーダー政権の政策は、今後どのように展開していくでしょうか。

 ドイツのシュレーダー首相が、そもそも英米主義者であり、大西洋主義者だということは、以前に私も本誌のなかで述べてきました。たしかにシュレーダーは、このイラク戦争の問題で、フランスに同調してドゴール主義的な立場をとっていました。しかしそれはあくまで、冷えきったフランスとの関係をEU(ヨーロッパ連合)のなかで改善するためにとった戦術であり、シュレーダーの英米主義という戦略は変わっていなかった、と言うことができると思います。

 シュレーダーは、フランスに対して配慮しているうちに、その反米的な姿勢に引きずり込まれ、かつまた、世論がそれを支持しているというので、英米主義的な政策にもどるにもどれない状態だったのです。

 ですから、この間も、何かのきっかけがあればアメリカとの関係を修復しようというシグナルは、何度も出していたのですが、イラク戦争の終結によって、シュレーダーは再び英米主義的な態度にもどっていくと思います。事実、彼は最近、ドイツのテレビ報道で、今回の戦争については目をつむり、イラクの復興に関しては全面的にアメリカやイギリスに協力したいと強調しています。これは彼の本音だと思います。今回の戦争については目をつむるというのですから、シュレーダーの反戦的な態度は、やはりポーズであったということです。

 こうしたシュレーダーの態度を今後も規定するであろう要因は、フランスの動向であり、国内世論の動向です。シュレーダーは経済政策で失敗しているので、彼の内政に対する不満は強く、イラク戦争に反対する世論もいまだに強いので、これは引き続き、彼が英米主義的な政策にもどるにあたってのブレーキになっていくと思います。小泉と似たような、シュレーダーの英米主義的な態度は、どんどん露呈していくと思いますが、彼の姿勢を規定するのは、フランスの動向と国内世論の動向であり、ドイツでのイラク戦争に反対する世論や関心が薄れれば薄れるほど、シュレーダーは、英米への接近と関係修復に動いていくでしょう。

 −−フランスはかなり強固なイラク戦争反対の態度をとったのですが、そのおかげでフランスの国防産業がアメリカ国防総省からの受注を止められたという話もあります。こうした国防産業の状況について、ドイツの場合にはどうでしょうか。

 あまり知られていない事ですが、アメリカのハイテク兵器の多くは、海外からの技術輸入に依存しており、実はその多くがドイツからだと言われています。この間、そのドイツの輸出高も伸びていたので、ドイツの武器輸出という点から見ると、好況をむかえていたのです。シュレーダー自身は、「自動車王」と呼ばれるほどのドイツ産業界の利益代弁者ですから、何らかの形で、この武器輸出とのつながりがあったとも考えられます。

 ですから、シュレーダーはフランスや国内世論との関係では「反戦」と言わざるを得なかったのですが、彼が英米主義的な態度にもどりたいと思っている原因には、自身が英米主義者、大西洋主義者であるのと同時に、産業界からの圧力というものも十分に考えられます。図式的に表現すると、シュレーダーは、フランスと国内世論、彼自身の大西洋主義的志向、それに産業界のうごきのあいだで板挟みになり、その力学のなかで、彼の政策や発言が表明されていたのだと思います。シュレーダーの態度は、フランスのシラク大統領に比べると、どうも首尾一貫していないのです。そこには、こうした政治力学がからんでいたのではないかと思います。

 日本では、しばしばドイツが理想化され、シュレーダーが信念の人で反戦の立場をとっているかのような報道がされています。しかし決してそうではなく、シュレーダーも、いわゆる政治力学のなかに身を置き、色々な利害の調整という観点で舵をとっており、それがある意味では「長けている」のだということを、忘れてはならないでしょう。日本人のメンタリティーとして、どうしてもドイツを模範にしがちで、こうした事は無視されがちなのですが、シュレーダーも所詮は狡猾な政治家であるという点を、見落としてはならないと思います。

 これまでも私は指摘してきたのですが、シュレーダーは徹底した反戦主義者ではなく、反戦主義故のイラク戦争反対ではないのです。事実、ドイツはアフガニスタンに一万人の兵隊を送っています。ですから、ドイツの国際政治における狡猾な外交手腕というものを、リアルに見ていく必要があるでしょう。

 −−ドイツ近現代史を考察するなかで今回のブッシュの戦争を見ると、かつてナチス・ドイツのヒトラーが行なった戦争と酷似していると指摘されていますが、具体的にはどのような事でしょうか。

 国際法学者や平和活動家も指摘しているのですが、今回のブッシュの戦争は、「予防戦争」的な側面が強いと思います。ブッシュに言わせると、「狂った独裁者が大量破壊兵器を持つとどんな脅威になるか分からない」ので「予防的に彼らに対して先制攻撃をするのだ」というのです。大量破壊兵器は捜せばすぐに発見されると言っていたのですが、要するに「先制攻撃容認」なのです。このような「予防戦争」「先制攻撃」論は、多くの国際法学者や平和活動家の批判を受けました。この批判に反論して、ブッシュがもちだしてきたのが、ヒトラーなのです。すなわち、「ヒトラーのような独裁者」が世界に脅威を与えるので、前もって「先制攻撃」し、その脅威を取り除くと言うのです。

 しかし実は、このようなブッシュの「予防戦争」「先制攻撃」論を容認すると、ヒトラーの第二次世界大戦を正当化する事になるのです。というのも、この問題は忘れ去られているのですが、まさにヒトラーの行った戦争、とりわけ独ソ戦争こそが、「予防戦争」「先制攻撃」であったのです。ヒトラーは独ソ不可侵条約を結んでいましたが、スターリンが戦争を仕掛けて来るのではないか、このまま放っておけばソ連がルーマニアの油田をおさえるのではないかそのような「恐れがあるので」、これを先制的に叩いて予防し、ソ連の影響がドイツの勢力圏や西ヨーロッパに及ぶのを予め抑えるのだと主張しました。こうした大義名分でヒトラーは、独ソ不可侵条約を破棄し、ソ連に攻め込んで行きました。

 このヒトラーの戦争は、「予防戦争」「先制攻撃」の側面を持つものです。これについて、興味深い問題があります。実は、ドイツのニューライト(新右翼)とされる歴史家が、一九九〇年代半ばから、独ソ戦争を「予防戦争」だと評価する論文を発表してきているのです。これを考えると、位相は異なるのですが、ブッシュ政権やアメリカのネオ・コンサバティブ(ネオ・コン、新保守主義)の「予防戦争」「先制攻撃」論と、ヨーロッパとくにドイツのニューライトがヒトラーの独ソ戦を「予防戦争」として正当化しようとする立場が似ているのです。思想的には、この両者のあいだに類似性があるのかも知れません。

 ですから、ブッシュやネオ・コンの人々が、ヒトラーを例えにしてサダム・フセインを攻撃するというのは皮肉な話で、彼らの論拠そのものが、まさにヒトラーの論拠なのです。このまま、ブッシュの国際法違反・国連憲章違反である「予防戦争」「先制攻撃」が正当化されるとするならば、ヒトラーの独ソ戦争に対する歴史的な評価も、書き直さなければならないという事になります。

 ましていわんや、ヒトラーのポーランド侵攻についても、ポーランド兵がドイツ国境を侵したとでっち上げ、それを防ぐという口実で開始され、第二次世界大戦が始まったのですから、戦争の口実のでっち上げという点では、ヒトラーはブッシュの先例に過ぎなかった訳です。だから、ブッシュの戦争は、ヒトラーの侵略戦争さえ免罪化するような歴史の大きな書き換えを要請する論理をはらんでいると言う事ができます。

 第二次大戦が終わった一九四五年以降、そのような「予防戦争」「先制攻撃」的な侵略戦争や戦争口実のでっち上げに対する反省から、国連憲章の制定や国際法によるルール化がさらに整備された事は、ある意味で人類の英知でもありました。ブッシュとブレアのイラクに対する不法な戦争は、それを第二次大戦以前、もっと言うならば一九世紀の帝国主義的な戦争の世界に、再び戻しかねないものです。

 ブッシュ自身は、その事に気がついておらず、単純な善悪二元論で、自分たちは善だと思い込んでいるのでしょう。ブッシュの世界観のなかには、キリスト教文明と非キリスト教文明との争いという文明論的な二元論があり、それにもとづいてイラクとの戦争をやったのでしょう。それと同じように、ヒトラーもソ連のボリシェビキという非ヨーロッパ文明とヨーロッパ文明との争いだ、という捉え方をしながら戦争をやったのも事実なのです。こうした、世界観における善悪二元論とその独善性という点で、ブッシュとヒトラーは非常に良く似た思想構造をもっていると思います。

 −−そうしたイラク戦争のなかで小泉政権の対米追従姿勢は際立っていたのですが、復興支援などに積極的にのりだそうという日本政府の政策をどう評価されますか。

 日本がイラクの復興支援を行なうこと自体は、別に否定はしませんが、その在り方が問題です。国連の枠組みの中で行なうべきだという意見は、その通りであり、アメリカやイギリス主導のもとで、その「後方支援的」な形で行なうべきではありません。日本のアフガニスタンへの支援にしても、これまでNGO・NPO(非政府組織・非営利組織)を通じて行なわれてきました。日本政府はイラクについても、こうした活動を財政などをつうじて支援するという形をとるべきでしょう。さらに政府自身がかかわるとすれば、それは国連の枠組みにしたがい、その法制度を整えたうえで行なうべきでしょう。

 ところが今の状況を見ると、日本政府にはとにかく「自衛隊を派遣したい」という結論が先にあることは、あまりにもはっきりしています。自衛隊が国連PKO(平和維持活動)でカンボジアに派兵された事を思い出します。自衛隊を出したいというのが先にあって、イラク復興支援をその口実にしようという思惑が、ありありとしています。復興支援と言うならば、イラクの人びとに届く支援が必要なのであって、これまでの日本の支援物資は、ことごとく、当地の何らかの中間権力に吸収されてきたというのが実態です。本当に戦争で犠牲を受けたイラクの人びとを支援するのであれば、NGO・NPOの方が、はるかに高いノウハウをもっているのですから、それを政府が支援するというのが、はるかに現実的であり有効なのではないでしょうか。

 にもかかわらず、政府は自衛隊の海外への派遣を、さらに拡大したいという意図をもっているようです。それは恐らく、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核問題などと関連させ、有事法制の問題などにも、有機的に結びつけていこうという思惑なのではないでしょうか。ですから、イラク復興支援という形での自衛隊の派遣については、批判的に監視していく必要があります。

 とくに、北朝鮮の核問題については、マスコミもヒステリックに報道していますし、それを有事法制や個人情報保護法案と有機的にむすびつけて、まさに「高度管理国防国家」のような形での国家の再編に利用されかねない状況です。イラク復興支援は、そのようななかにあるのですから、自衛隊を出させない事が大事だと思います。

 −−イラク復興支援については、石油利権の獲得など日本の国益を追求すべきだという主張もあるのですが、どうでしょうか。

 イラク復興支援についての経済界などの本音は、石油利権をふくめた国益の追求というところにあるでしょう。これについては、フランスが何故、今回のイラクの戦争に反対し、今またアメリカとの関係を修復しようとしているのか、という事を考えてみると良く分かります。

 フランスの石油資本にトタルというのがあります。トタルはイラクに石油の採掘権をもっていたのですが、今回の戦争でその採掘権がなくなるかもしれないというので、フランスはイラク戦争に頑強に反対していたという背景があります。そしてフセイン政権が倒れてからは、その採掘権を維持したいので、対米関係の修復に動いているのです。

 そのやり方について見ると、ロシアもイラクに石油の採掘権をもっていたのですが、ロシアは米英主導の復興ではそれが危ないので、国連主導の復興を主張し、フランスの場合は、むしろ対米関係修復でそれを実現しようという戦術上の違いもあらわれているように見えます。
 こうした動きを見て、日本も何らかの形で石油の採掘権を手に入れようと思っているのでしょう。これはまさに、第二次世界大戦前の姿に似ています。ドイツがフランスを占領して、インドシナの勢力圏を得ようとしたような「バスに乗り遅れるな」的な発想というのは、戦前と変わっていないのではないか、という事です。

 これに自衛隊の派遣がからめば、まさに一九世紀的な帝国主義の亡霊が、二一世紀になって、また這い出してきているという事です。ソ連の崩壊以降、「帝国主義」という言葉は死語になりましたが、ブッシュやネオ・コンの登場によって、それによる分析が、またあてはまる世界になっているのではないでしょうか。彼ら自身の行動が、それを実証しているという皮肉な状況を、イラク戦争が生み出したと言う事ができるでしょう。


くらしげ げん/福岡市在住大学教員 ドイツ近現代史

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