宜野湾市長選挙と普天間移設問題
−革新勝利の背景と15年期限の呪縛−

                前泊博盛

2003.5.20 225


 沖縄の米軍普天間基地

 四月二十七日、米軍普天間基地を抱える沖縄県宜野湾市に革新市長が誕生し、日米安保と保守政治の潮流に楔を打ち込んだ。

 当選したのは、前県議の伊波洋一氏(五一歳)。宜野湾市職委員長などを務めたのち、一九九六年に県議初当選。二期目の今年、市長選挙に絡む違法献金事件で現職市長の逮捕・辞職という不祥事を受け実施された市長選挙に社民、社大、共産、民主各党の推薦を受け立候補し、自民、公明など保守各党が推薦する県議の安次富修氏(四七歳)を七百十票の僅差で破り、初当選した。

 安保と保守潮流の転換

 選挙は「二つの大きな政治的転換点」となるもので、全国紙にも大きく報道された。

 「転換点」の一つは、米軍普天間基地移設問題での「県内移設」から「県外移設」への転換。もう一つは一九九八年の県知事選挙で大田昌秀前知事が現在の稲嶺恵一知事に敗れて以降続いてきた沖縄での「革新の退潮、保守の隆盛」の政治潮流の転換だ。自公協力体制確立後の沖縄での選挙で、保守勢力は九八年以降、国政選挙や知事選、市長選挙など節目の選挙で一本化候補はすべて勝利を収めてきたが、今回の選挙で初めて敗北を喫した。

 中でも、今回の市長選挙の最大の争点となった普天間基地移設問題では、日米両政府が一九九六年のSACO合意で返還を決めた在沖米軍基地十一施設のうち、最も象徴的な返還となるはずの普天間基地が、「五年ないし七年以内の返還」で合意したにもかかわらず七年の期限を迎えた現在も、返還されていない事実を指摘。「爆音はさらに増え、市内全域に広がっている。このままでは二十数年たってもそのままだ」として、「日米両政府に約束を守らせるために、五年以内の国外移設による返還実現」を公約に掲げた。

 一方、保守候補の安次富氏は「日米両政府が基地を重要視する以上、普天間基地返還問題では国、県が進める名護市辺野古沖移設を推進することが返還の早道」と訴えた。

 結果は冒頭の通り。同市の当日有権者数六万二千七百五十九人中、五五・五四%に当たる投票総数三万四千八百五十九人のうち、伊波氏が一万七千五百八十三票を獲得し、安次富氏に七百十票の僅差で大激戦を制した。

 敗因について保守側は「保守候補の一本化の遅れによる選挙戦の出遅れ」「違法献金事件での自民党関係者の逮捕というマイナスイメージ」などを挙げた。
 一方、勝利した革新側は「普天間基地の県内移設反対と五年以内の返還実現の公約が、市民の信託を得た」と、強くアピールした。

 動揺隠せぬ日本政府

 日米両政府はこれまで普天間基地返還に伴う名護市辺野古沖への新基地建設を着々と進めてきた。しかし、七年が過ぎる今回、露骨に反対を唱える革新市長が宜野湾市に誕生した。

 当選結果に、日本政府は「宜野湾市長は協議会のメンバーでもなく、移設作業に無関係。返還される普天間基地の所在する首長に過ぎない」(防衛施設庁幹部)「普天間基地移設問題では閣議決定もしているし、建設協議会も進んでいる。移設反対の市長が誕生したとしても移設への影響はない」(内閣府幹部)と平静を装っている。

 しかし、裏側では「移設と跡利用は一体。市長が国との信頼関係を構築しなければ、前に進まない」と、数千億円規模の予算が必要とされる四百・もの広大な普天間基地跡地利用での「政府支援」の取りやめをちらつかせ、揺さぶりを掛け始めている。

 揺さぶりは露骨で、「移設反対の一方で跡利用や西海岸開発を求められても、こちらは冷ややかになる」「大田昌秀前知事が、移設反対を表明した際には、沖縄振興策が棚上げされた事実もある」「国の政策に協力しないで、金だけをくれという話になると、冷ややかになるのは事実だ」などと政府関係者のコメントが新聞紙上でも踊っている。

 今回の革新市長誕生が、いかに政府に危機感を与えているかをうかがわせる中身だ。

 日本政府にしてみれば、普天間基地返還を含むSACO合意は、当時の橋本龍太郎首相がクリントン米大統領とのトップ交渉で実現した最高レベルの外交交渉であり、それを一革新市長によって覆されることになれば、日米安保体制への影響のみならず、日米関係全体に大きな波紋をもたらしかねないとの強い懸念がある。

 「15年使用期限」の限界

 市長に当選した伊波氏は、初会見の席で、普天間基地の名護市移設や普天間代替施設の建設後十五年使用後、民間空港として県に返還するという「十五年使用期限」を、移設容認の条件とする稲嶺保守県政や移設を受け入れる名護市の岸本建男市長に対し「選択は最悪だ」と批判している。

 その理由として伊波氏は「基地負担を軽減するためのSACO合意の原点が失われ、巨大な海上基地建設計画が進められている。五年〜七年以内の返還合意のはずが、このままでは二十数年後になる」と説明。さらに「十五年使用期限で三十数年後に返される飛行場が県民の財産といえるのか。豊かな辺野古(移設先の名護市東海岸)の海こそが財産だ」と知事に移設問題の再考を促している。

 普天間基地移設問題で、移設容認を切り札に一千億円の「北部振興策」をはじめ、年間百億円の沖縄特別調整費など政府の振興策を獲得する稲嶺県政だが、移設問題で唯一掲げた「十五年使用期限」の知事選時の公約実現は、今のところ日米両政府から相手にされず、実現の見通しはまったく立っていない。

 もっとも、政府が「十五年使用期限」を受け入れたとしても、それが本当に十五年で返還されるかどうか、疑わしいものがある。

 普天間基地代替施設問題で、「使用期限」を切ったのは、政府の方が先だったからだ。その時は「十五年期限」ではなく「二〇一五年期限」で、稲嶺県政誕生の前年、九七年十二月二十二日に官邸執務室で討議された。打ち出したのは古川貞二郎官房副長官(現職)、安達俊雄内閣内政審議室審議官(当時、現・内閣府政策統括官=沖縄担当)、守屋武昌防衛審議官(当時、現・防衛庁防衛局長)の三人。これに前国土審議会会長の下河辺淳氏、秋山昌廣防衛事務次官らが加わって論議された。そのときの様子が「官邸メモ」として残っている。

 九七年末といえば十二月二十一日に普天間基地移設問題の是非をめぐり名護市で住民投票が行われ、移設反対が過半数を占め、官邸で討議が行われた「二十二日」には在沖米軍基地の再契約問題で政府に揺さぶりをかけた、当時の大田昌秀県知事の参謀を務めた吉元政矩副知事が、沖縄県議会で再任を再び否決されている。

 「官邸メモ」にみる政府の欺瞞

 官邸は普天間飛行場の移設が地元の反対で棚上げになり、吉元氏の副知事解任で、大田県政とのパイプ役も失い、「代替基地の二〇一五年使用期限案」を、大田知事との交渉材料にしようと目論んだ。

 実際には、直後に次の「官邸メモ」の一部が新聞報道され、表面上は立ち消えた。しかし、大田県政に続く稲嶺県政は、二〇一五年使用期限案を逆手に「供用開始から十五年で返還」を打ち出し、政府との交渉材料とすることになる。

 「官邸メモ」の詳細は拙著『検証「沖縄問題」』(東洋経済新報社)で紹介し、物議をかもした。ここでは概要紹介にとどめるが、左記の通りである。

 「九七年十二月二十二日午後十一時すぎ。官邸、官房副長官の執務室で、古川官房副長官、安達審議官、守屋審議官の三人が集まり、沖縄の基地問題での協議。

 古川 案はできたか?

 安達 1案と2案です。

 古川 すいません。下河辺淳先生の部屋につないでください。お風呂にも入らずに、ずっとまたせてしまって申し訳ございません。大田知事の電話番号がですね××××××・。知事公邸の電話番号が×××××××です。遅くてもですね、二十四日の夕方までには知事の感触を探って頂きたいのです。必要であれば、外務省と防衛庁の審議官を送って知事に会わせますから。文案はですね・・・・・。二十四日には防衛庁長官と大臣折衝がありますから。

 守屋 二〇一五年以降に政府として基地を撤去することをコミットするものではないということをきちっと言わなくてはなりません。

 古川 そうれはそうだ。永久に撤去などするわけないんだから。
  (中略)

 安達 秋山(防衛事務次官)さんはやはり、二〇一五年という数字を出すことには反対しています。ちゃんと正攻法で行くべきだといっています。

 古川 それは秋山君の変な幻想であってね。違うんだよ。とにかく連絡してくれ。
  (中略)

 安達 やはり二〇一五年というのがひっかかるのです。秋山さんに言わせれば、これは単に、とりあえず二〇一五年という期限だけでいいから預かってくれ、とお願いするようなものだと。

 古川 だから、これは行政手続き的なものだ。こういう水面下のなんだからしょうがないだろう。私はもっと真剣にやっているんだ。

 守屋 どうして二〇一五年とするのか、やはり分かりづらいと思います。

 古川 だから、行政手続きとしてだ。大きな政治的な話には大田[注:沖縄県知事]さんだってしたくないんだ。安全保障上のとか、極東情勢とか・・・何だってあるだろ。(略)」

 「官邸メモ」は在京の大手新聞社による「壁耳」と呼ばれる手法で聴取されたもので、関係者の間ではその存在は既知のものだ。

 特に「二〇一五年」を返還期限とする下りで「政府として基地撤去をコミットするものではないということをきちっといわなくてはなりません」との防衛庁幹部の指摘に、古川官房副長官が「それはそうだ。永遠に撤去するわけはないんだから」とあっさりと返すあたりに、政府の本音がみえる。

 しかし、この事実すらもまったく無視され、SACO合意の象徴的な事案であるはずの普天間返還問題は、日本政府の財政負担による五千億円とも一兆円ともみられる基地建設費の日本側負担による二十四時間使用可能な最新鋭の米軍海上基地建設問題に刷り変えられている。

 その中で、普天間移設問題に異議を唱え、「米軍基地はいったん造ってしまえば米国の自由というのが日本政府の公式見解」として基地被害を米国の不法行為として提訴する動きすら見せる革新市長の誕生は、対米追従の日米安保体制のあり方のみならず、敗戦後五十八年を経てなお被占領国として、宗主国・米国に物が言えない日本の悲哀を白日の下に曝け出すことにもなりかねない。


まえどまり ひろもり/沖縄県在住 新聞記者

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