焦点 「帝国日本」の成立促すイラク支援法

     纐纈 厚

2003.7.20 227


  イラクで抵抗勢力掃討作戦を展開する米軍

 戦後の出発において目標とした平和国家日本への展望は、今回の有事法制三法とイラク支援法によって打ち砕かれてしまったようだ。有事関連三法によって日本自衛隊は、アメリカ軍事戦略の枠組みのなかで共同作戦行動への踏み込みを確実にし、「イラク復興支援特別措置法」(以下、イラク支援法)によって当座はイラクを派兵対象地域としながら、実質的な戦闘地域への派兵を現実化することに成功した。

 アメリカ有事への支援法としての周辺事態法(一九九九年)の成立から本格開始された一連の対米軍事支援法の行き着いた先がイラク支援法であり、そのことは同時に最終的には日本がアメリカと同様に軍事発動において何ら規制要因を設定しないことを宣言したに等しい。従って、同法は政府の公式説明である「イラク復興」を目的としたものでは決してない。イラク支援法こそ、周辺事態法、有事法制関連三法と文字通り三位一体の関係のなかで捉えるべき軍事法制である。

 言うならば、周辺事態法で日本をアメリカ軍の兵站基地化し、有事関連三法によって日米共同軍事作戦の展開を用意し、イラク支援法によって自衛隊の単独海外派兵体制を構築するのである。それは一見バラバラな装いを持って登場してきた感があるが、実際にはこれらの法律がセットとなって機能する仕掛となっていることに注意を向ける必要がある。

 本稿では以上の視点を踏まえつつ、あらためて有事関連三法とイラク支援法の内容を整理し、これらの軍事法によって完成間近の「帝国日本」の行き先を予見してみたい。

 有事関連三法が描く「帝国日本」へのシナリオ

 筆者自身も既に本誌をも含めて繰り返し説いてきたことだが、有事関連三法の出発点は、五〇年も前に開始された日本再軍備と安保条約締結に求められる。それ以来、今日まで目標とされたのは、強化されていく自衛隊の米軍との共同軍事行動の円滑化に不可欠な有事法制(=軍事法制)の整備であった。

 米ソ冷戦の時代、自衛隊は「専守防衛」を基本スタンスとし、日本有事対処のみに重点を置いたが、ソ連の崩壊後、アメリカはアジアへの関与と拡大の戦略を掲げ、同盟国日本の役割も一層期待するに至った。このような外的環境の変化が、有事法制整備の追い風となったのである。周辺事態法が主にアジア地域を対象とする「周辺有事」対処法であるのに対し、本法は「日本有事」対処法としてある。

 だが、この二つは相互に深く連動しており、本法は「周辺有事」が「日本有事」へと波及する可能性を想定して創られた。本法で言う「武力攻撃事態」、すなわち「日本有事」が「周辺有事」の発生を前提としていることは間違いない。従って、本法が自然災害や石油・食糧の途絶など経済危機をも含め、あらゆる危機(有事)に対処する法律である、とする政府・防衛庁の説明は正確でない。それで、本法の問題点をあらためて要約しておけば以下のようになろう。

 第一に指摘すべきは、「武力攻撃事態」の定義が「武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合を含む)が発生した事態または事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」(第一章第二条二項)という規定の危うさだ。「おそれのある場合」と「予測されるに至った事態」などという曖昧な規定は、政府(首相)の恣意的な「事態」判定に事実上の白紙委任を与えるものだ。要するに、白紙委任の危険性が法制化されようとしているのである。これでは政府の裁量権を無限に認めさせ、いつでも、どこでも自衛隊がアメリカ軍と共同して軍事行動を起こせる事になってしまう。

 第二には、「有事」の判定や対処に関する首相の権限がアメリカの大統領と、ほぼ同レベルまでに強化された点である。有事に対処するための対策本部は最高戦争指導部であり、首相の指示権は地方自治をも完全に封殺する権限を確保することになった。

 第三には、自衛隊法改正で人も物も戦争目的での動員が強行され、そのために懲役や罰金などの罰則規定が盛り込まれたことだ。自衛隊やアメリカ軍の軍事行動を円滑に実施するため、政府や自衛隊が「公用令書」を国民に振りかざし、戦争協力命令の強制を可能とするものである。これは長らく有事法制の懸案であって、政府・防衛庁も従来は自制していたものの、本法では極めてストレートな表現でこの難題をクリアしようとしている。政府・防衛庁は懸命に打ち消そうとするが、こうした罰則規定による動員の強制が、戦前の国家総動員法との同質性を指摘されているのである。

 第四には、その治安立法としての側面である。第二条第七項(対処措置)の「イ 武力攻撃事態を終結させるために実施する次に掲げる措置(1)武力攻撃を排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動」の箇所での「その他の行動」が、マスコミや政党、市民団体の諸活動を対象とし、これを排除する含みを持っていることだ。軍事法制は国民動員体制を必然とする以上、治安立法の性格を多分に秘めたものなのである。

 本法は危機対処や武力攻撃対処を口実とする本格的な軍事法制づくりの第一歩である。一端軍事法制が創られるや、これを補完する次の軍事法制が整備されていくはずだ。そのことは憲法に掲げられた平和の原理を真っ向から否定するばかりか、戦後積み上げてきた国際的信用すら失いかねない愚行である。有事法制による軍事的安全保障論でなく、平和原理を根底に据えた平和的安全保障論を打ち出していくべきであろう。

 「帝国日本」の新中東戦略の一環として

 イラク支援法の目的が、自衛隊のイラク派兵にあることは明らかだ。先の小泉・ブッシュ会談で自衛隊派兵を確約してきた手前、小泉政権は国会の会期を延長してまで法案成立に懸命となった。だが、このイラク法提出理由には実に多くの疑問を感じざる得ない。

 第一に、イラク支援法の掲げる目的が実は極めて曖昧なことだ。同法は「安保理決議に基づき国連加盟国により行われた武力行使並びにこれに引き続く事態」を「イラク特別事態」と規定するが、実態の把握が全く説得的でない。これではまるでイラク攻撃を容認する国連決議がなされたように読める。事実はそのような容認決議はされていない。

 戦争反対の国際世論を押し切り、査察の継続を求めた多くの国連加盟国を無視して戦争発動に踏み切ったのはアメリカとイギリスであって、国連加盟国一般ではないのである。また、「引き続く事態」とは、間違いなく現在の「軍事占領」下における戦闘状態を示していよう。事実、イラクの現状は、軍事占領への不満や反発から生じる混乱の渦中にある。戦争終結宣言とは裏腹に、依然として戦闘状態が続いているのだ。従って、イラク支援法に示されたような「戦後の状態」と言うのにほど遠い。そのような状態への自衛隊派兵の意味を真剣に考えるべきだ。

 第二には、政府関係者が「安保理決議一四八三」をイラク支援法の国際法上の根拠として持ち出し、自衛隊派兵は国連決議に沿ったものとする勝手な解釈が横行していることだ。決議自体はアメリカとイギリスの占領権力を容認する項目が並んではいるが、その決議の基本目標を示した前文は全く無視されている。すなわち、前文にはイラク主権や、「イラク国民が自由に自らの政治的将来を決定し自らの天然資源を管理する権利」の尊重が謳われているのである。安保理決議は決して自衛隊派兵による軍事的貢献を要請したものではなく、あくまでイラク国民の自由と平和回復のための貢献策を求めているのである。

 第三には、イラク支援法の柱から「大量破壊兵器処理支援」が削除されたため、結局は「人道・復興支援」と「安全確保支援」の二つになったが、それを額面通りに受け取るわけにはいかないことだ。占領権力の下での「人道・復興支援」は事実上、アメリカとイギリスによる「大量破壊兵器」の保有を理由とするイラク攻撃を容認することを意味する。今日に至っても所在が確認されない「大量破壊兵器」の確認のために多数のイラク国民に犠牲を強いた大義なき戦争発動を容認することの意味は頗る大きい。

 第四に、もう一つの柱である「安全確保支援」とは、占領軍による治安行動への支援を意味することだ。イラク支援法は「武力による威嚇または武力の行使に当たるものであってはならない」とするが、アメリカ軍のマッキャナン現地司令官が六月一二日の記者会見で、「軍事的にはイラク全土が戦闘状態で、しばらくその状態は続く」と言明しているように、実はイラクは依然として戦争が続いている。派兵された自衛隊が戦闘に従事する米英軍に武器や弾薬を運ぶ任務に就くのであり、その時に戦闘に巻き込まれる可能性は高い。つまり、自衛隊がイラク国民から「敵軍」として見られることになるのだ。そのことをイラク支援法策定者たちは、どれほどの危機認識を持って説明できるのであろうか。

 イラク支援法策定の本音に対イラク復興支援より「対米貢献」や「対米外交重視」の論理が優先していることは明らかである。アメリカ国防総省は、現在既に四〇カ国以上がイラクへの軍隊派兵を申し出ているという。日本政府もそれに連動しての判断と思われるが、果たして自衛隊派兵がイラクの復興に直結するかは大いに疑問である。自衛隊のイラク派兵は、イラクをはじめとする中東諸国の日本への眼差しを一変させることになろう。それによる日本の損失は計り知れない。民間レベルでの支援や民間医療グループの派遣など、平和国家日本なりの独自の支援の途は決して少なくない。日本自衛隊がその選択肢を最初から放棄し、はじめに自衛隊ありきの議論が先行すること自体、国際社会に占める日本の位置を貶めるものと言わざるを得ない。

 「帝国日本」の成立に奔走する小泉政権

 周辺事態法から有事関連三法、そして今回のイラク支援法に至る一連の軍事法制のなかで、文字通り「帝国日本」への大胆なシフトが強行された。今年一〇月に予定されるイラク派兵には約一〇〇〇名規模の自衛隊という名の武装集団が大挙して戦場地イラクに上陸を果たすことになったのである。いま、イラクの人びとが欲しているのは職場の確保であり、安定した生活基盤であり、健康の取り戻しである。それは明らかに非軍事的領域としての民生支援の領域である。従って、間違いなく日本自衛隊が米英軍と一定の連携を保ってイラクで展開することになれば、自衛隊は米英軍による占領行政に不満と反発を抱く圧倒的多数のイラク人から怨嗟の対象となることはあっても、決して支援者としては受け取られない。

 それにも拘わらずイラク派兵を強行するのは、以下二つの理由があろう。一つは、多くの論者が指摘するように、「イラク復興支援」の名を借りて自衛隊の海外派兵の恒常化、取り分け戦闘地域への派兵による派兵先の非限定性への実績づくりである。つまり、派兵対象地域がどのような政治状況にあろうと、派兵主体の恣意的な判断により派兵を強行する環境を整えることである。

 このことこそが、文字通り「帝国日本」の成立を意味している。それが例え、帝国アメリカからの執拗な要求に対応したものであったとしても、派兵を決定した主体としての日本政府の判断は極めて大きい。日本政府=小泉政権の判断と、これを支える翼賛化した国会をはじめとして、イラク派兵に賛成した者たちの、敢えて言うならば赤裸々な帝国主義者ぶりが、ここに来て一気に噴き出した感がある。日本版ネオ・コンサーバティストたちの振る舞いが大手を振っているのである。

 もう一つの理由に関して、イラク派兵が実は北朝鮮問題におけるアメリカの支援との引き替えによる政策手段なのだとの判断があるが、筆者はこの説を採らない。むしろ、ポスト北朝鮮問題との絡みこそ重要であろう。つまり、日本政府は北朝鮮問題が早晩終息することは必然であり、問題はその後における自衛隊の運用先として中東方面における軍事的な関与を深め、自衛隊の役割期待を確保しようとしていることである。それは同時に資本にとっても石油資源の確保と軌を一つにする。

 現代の「帝国日本」には、確かにかつての如く「帝国国防方針」という公式化された国家戦略文書は存在しない。だが、一連の軍事法制の制定経緯や背景を追っていくと、そこには不透明部分は残りはするが、全体として一つの大きな流れを掴むことは可能である。

 それはかつての「帝国日本」が中国大陸に足場を築き、文字通り大陸国家日本への変転を目指し、国内的には高度国防国家の道を整備していったと同様に、現代においては中東に足場を築いた国家戦略の構想と展開が射程に据えられ始めていることだ。既に予定されていた軍事法制の整備を果たした現在、国内軍事体制は完成の域に達しているのである。その文脈のなかで、今回のイラク派兵の意味をとらえる必要があろう。これら「帝国日本」の新中東戦略を着実に推し進めるために、北朝鮮脅威論がダミーとして、極めて恣意的に喧伝されていることを忘れてはならない。


こうけつ あつし/山口大学独立大学院東アジア研究科教授

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