現場からみた広島の教育破壊

            黒岳 輝

2003.7.20 227


 今年の年賀状を見ると、教職員仲間から来るものは決まって愚痴か怒りの言葉が書き添えてあった。昔の同僚と街で出会っても、お互いにやり場のない鬱憤を吐き出すばかりだ。元気をなくして多くを語らなくなった人。いつの間にか人間味をなくした人、病休に入った人など、僕の身近にも荒波に飲まれて行く仲間の姿がある。今、広島県の教育現場が大変なことになっている。職場が日に日に人間味を失い、子どもたちを大事にしたくても出来なくさせられて行く情況に対して、激しい怒りと危機感を感じる一人として、僕の知りうる現状を心ある人々に訴えたいと思う。

 広島県は日本の中でも教職員組合の強い県であった。日教組というとこれまでずい分悪い宣伝をされてきているから、世間から正当に評価されてないところがある。僕が組合に入ったきっかけは、校長の判断間違いを正そうとして果たせず、自分の無力さを思い知らされたことだった。校長や教育委員会も間違いを犯す。それに対して堂々と諌言できるのが組合の力だと思っている。他県から来た教職員は広島の職場が民主的なことに驚いたという。子どものことを思っての忌憚のない議論を、管理職とふつうにできる空気に感動を覚えるのだそうだ。教員として子どもに接する以上、自分の言動に自分が責任を持たなければならない。いちいち上にお伺いを立て、指示をもらわなければ判断できない人間を子どもは信頼しない。その意味であくまで現場で教育にあたるものは平等に尊重され、等しく責任ある立場を自覚すべきものである。このことが組合の主張の大前提にある。

 学校で荒れる生徒、人とうまくかかわれない生徒。子どもの課題を探っていくと、そこには必ず本人の人格が大切にされてない背景があった。そしてその背景はさまざまな社会の矛盾に行き着いた。学校にはいろんな立場の子どもがいて、さまざまなトラブルが起きる。それを表面のみ捉えて、薄っぺらい善悪の価値観で断罪してしまうのでは指導ではない。いかに背景を探り子どもの置かれた立場を理解するか、その感覚の有無が教職において玄人か素人かの分かれ目となる。僕は先輩からそう教えられた。主体性を持った教職員たちが、さまざまな生徒の課題に取り組む中で、自分の時間を割いて地域に出向き多くのものを学んできた歴史がある。その実践の積み上げは、社会の矛盾を正しく認識し、より人間の本質に迫る考え方に行き着いた。それが同和教育である。戦前のような独善的で排他的なエリートを育てる学力至上主義からの脱却を目指し、さまざまな才能や人間的魅力を正当に評価し伸ばしていこうとする発想が広がった。また広島は被爆地ということで、悲惨な戦争の記憶と、戦争へつながるものへの強い嫌悪感を持つ土地柄である。教育基本法に謳われた個人の人格形成。とりわけ民主主義を担う主体を育てるために、そうならなかった戦前の歴史から多くの教訓を学び、平和教育として研究され発展してきたのも広島教育の特徴であった。

 もちろん教育現場は人間の世界である。教育理論も「諸刃の剣」といわれるほどさまざまな考え方を内包している。なかなか理論通りに行かないジレンマはあったし、学校によって雰囲気の違いは当然あった。しかし上に述べたような考え方が大きな流れとして、広島県下の学校の空気を作っていたのは事実である。

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 上意下達でない学校組織。ハンディのある子をほったらかしにしない教職員の意識。戦争に反対する教育内容。これらは広島県でずっと教員をしてきた自分にとっては当たり前のことであった。しかし日本全体から見ると突出した動きだったようで、右よりの政治勢力にとっては目の上の瘤であったのだろう。産経新聞などを中心に広島教育バッシングが展開されたのが一九九七年頃のことである。そのころ東京にいる友達から『広島は大変だな。毎日のように地下鉄の吊り広告に広島教育批判の文字が躍っているぞ』と言われたことがある。当の広島にいる人間にとっては犬の遠吼えのようなものだったが、広島教育を標的にした外からの攻撃は、是が非でもという強い意力を蔵していた。広島の教育改革なるものはこうして外から持ち込まれたものであって、決して県民の意思として内側から盛り上がったものではない。

 広島教育バッシングの嵐の中で、ついに文部省も動き是正指導に入った。重箱の隅をつつくように見つけ出したいくつかの事例を法令違反と決めつけ、それに対して処分が出された。例をあげれば『国語』の授業を『日本語』と表記していた学校が槍玉に挙げられた。それは朝鮮籍やブラジル籍など外国籍生徒が地域に暮らしているという前提に立った教科表示であって、現場の教職員の良心的な判断であった。しかしそんなことは全く報道されない。鬼の首でも取ったように指導要領逸脱が宣伝され、学力が低いの、子どもが荒れているのと日本全国どの教育現場でも抱えている社会矛盾の一局面をことさら声を大にして県民の不安をあおり、その是正と称して文部官僚エリートであった辰野教育長が中央から乗り込んできた。

 辰野はそれまで行われてきた論議を一蹴して、広島教育が長年かかって築き上げてきた成果というべき同和教育の理念や、統一見解を一方的に叩き潰して行った。もちろん組合も闘っていったが、あくまで筋を通して話し合いで解決しようとする組合に対して、『理屈は通用しないぜ』という暴力団の恫喝そのままに処分を連発。なりふりかまわず広島教育の破壊を推し進めた。その尋常でない圧力を受けてついに自殺者まで出る最悪の事態となった。

 世羅高校の石川校長は卒業式の前日、君が代斉唱・日の丸掲揚の問題で一晩中県教委の圧力を一身に受けつづけ、帰らぬ人となった。それまでに組合との合意は出来上がっており、卒業式当日は何の混乱もなく式が進められるはずであった。この問題で、ひとりの人間を死に追いやった責任を問われるべき辰野は、組合に責任転嫁したうえに広島教育つぶしの宣伝に利用。マスコミもそれに乗って一方的な報道に終始していた。

 もうひとつ辰野が引き起こした異常事態に『破り年休』の問題がある。教員の勤務態勢はふつう朝八時一五分から午後五時までで残業手当はない。しかし多くの熱心な教員たちは、ハンディを負った子にかかわって深夜まで家庭訪問をし、また教材研究をしているのが現状である。その活動に対して何の補償もないので、県教委と校長会の合意で作られたのが破り年休という良心的な慣例であった。辰野はこれも一方的に破棄し、処分のための自己申告をしなかった教職員に対して大量処分を行った。戒告処分がその年広島県だけで一三一〇人。戒告処分はふつう日本中で一年に三〇〇人位だそうで、その内訳はハレンチ教員であるとか、体罰で子どもに怪我をさせて新聞沙汰になったとか、そういう内容なのだそうだ。それだけに広島県だけで一三一〇人という処分の異常さがわかる。これも中国新聞などマスコミは当局の発表通りの報道しかしないから、保護者や一般の人には『仕事をサボってゴルフにでも行っていた』程度の受け止めしかなく、悔しい限りであった。

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 二〇〇二年度から新指導要領に移った。学校五日制という大変化の中で、子どもの学力低下を危惧する声も多く、かつてないほどの物議をかもした内容である。広島県教委はこの変化の年にむけて、一昨年あたりから十分な事前説明のないまま次々と指示を連発、一段と締めつけを強めてきた。今年度の教育現場はどこもそれに振り回され、あたふたしているのが実態である。現場はほとんど窒息寸前と言ってもいい。

 そのひとつは教職員の徹底管理である。思想信条にまで踏み込むような細かい点検が、次々と導入されている。保護者への説明責任という大義名分のもと、計画書、報告書、評価規準、週案などの書類作りが強要されるようになった。特に年度始め一年間の授業の細かい内容やその授業ごとの評価基準をすべて書き出して、点検を受けなければならない。僕も提出した教科経営案、学級経営案について、何度も校長室に呼ばれては表現を変えるように求められた。それは『生活の知恵を習得させ、実践の勘を養う』とか『社会の不条理を見過ごしにしない熱のある集団を育てる。』といった自分なりのこだわりを表現した部分が、指導要領にない言葉を使っているからだめというのだ。やる気のない教員や主体性のない人間は、最初から指導要領丸写しで出している。自分の教育理念を自分の言葉で語ろうとしない・・・そんな風潮が広がっているような感じがする。

 一方それを言う校長の方も自らの信念で言っているわけではない。常に上の誰かの目を気にしているのだ。見識のない校長の中には、説明責任が果たせないとの理由で、教室にかけてあった平和カレンダーを強制的に撤去したり、原爆のことや原発問題、食品添加物などに触れた教材の採用に圧力をかける等々、当局の意に沿わないものを(自主的)に排除している者がいる。以前は校長が最も恐れていたのは保護者の意見であったが、今は違う。保護者の不満を押してでも県教委の指示に沿おうとする観がある。校長、教頭、教務主任(教務の仕事を担当する一教諭であるが、いつの間にか中間管理職にされつつある)が常に額を寄せては、県教委への対応にあたふたしているのが日常的な光景となっている。それこそ朝から晩まで毎日。したがって職員室の中に全くといっていいほど生徒にかかわれない「先生」が常時三人もいることになる。先生の数が一〇人を切る小さな学校でも、この三人は生徒どころではないのである。もはや校長という職に主体性を発揮できる余地は残ってないのであろう。「獣のような鋭さ」で当局の鼻息に敏感になっているといっても過言ではない。相次いで自殺者が出るわけである。

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 地域や保護者への『説明責任』の形として、昨年度からシラバスという計画書を作らされている。中学校でいえば教科が一〇教科あり、それぞれに一年二年三年の内容がある。それに道徳、学活、選択教科、総合学習まで加えると、計画と評価基準だけでも膨大な量の印刷物が出来上がる。こういったものを、すべての教員が連日パソコンの前に座って作り続けるのである。当然生徒と共に過ごす時間は奪われ、放課後の部活の指導など授業以外で生徒はほったらかしとなる。細かい字でぎっしり打ち込まれたプリントが、何十枚と綴じられた冊子をいったい誰が読むというのか。読むとすれば教員に対して悪意を持った人間が、あら捜しに利用する位であろう。少なくとも生き生きした教育活動はこんなものの中には絶対無いと断言できる。

 そもそも授業とは生き物である。その日その時の子どもの表情と教員の経験、そして情熱によって作られるハプニングが面白いのであって、計画は大略が決まっていればよい。新任の教師ならいざ知らず、ローラーでならしたように一年後の計画まで均質に作らされ、点検を受けながら事務的にその通り進めていくなど、ロボットでない限り不可能なことだ。こんなやりがいのない仕事に教員は忙殺され、エネルギーの大半を浪費させられているのである。

 エネルギーの浪費といえば、去年あたりから県教委が始めた広域人事がある。福山や大竹から東広島あたりへの転勤はざらで、中には戸河内や庄原まで飛ばされた人がいる。一時間以上かけて高速通勤する教職員がずい分増えたようだ。反抗的教職員への見せしめであることは一目瞭然であるが、教育成果をあげるため県教委にはもっとほかにやることがあるのではないかと思ってしまう。教職員のエネルギーの総和は、人間の数を増やさない限り増えないものである。教職員の数が定数に絞られ増やせないのなら、(定数では授業が舞わない実態もある。ほとんどの学校が時間講師で教員の不足を補っている。)限られたエネルギーを有効に使うことを考えるべきなのに、今の県のやり方は無駄なエネルギーばかりを使わせようとしている。このことに疑問はないのだろうか。結局県内すべての子どもの教育を高めることを本気で考えてないことは、こんなところからもはっきり感じられる。生かさず殺さず教職員をロボットにすることが一番の目的に違いないと、うがった見方をしてしまうのも当然である。もしそうだとしたら、教職員がロボットになってしまったあと、どのような命令が出され、子どもたちはどんな目にあわされることになるのであろうか?

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 次に学校を窮屈にしているのは、時間確保という締めつけである。文科省が出している授業時数は、一年を平たくならして機械的に割り出してある。したがって始業式、終業式、遠足に修学旅行、体育祭に文化祭と、授業でない行事を除いていくと、規定の時間数どおりにはなかなかいかないのが現実である。数年前まで県の指導主事はその八割を目標にせよと指導していた。それが一昨年あたりから鬼のように時間数確保を言い始めた。言うまでもなく学校というところは授業がすべてではない。折々の行事に向けて気持ちが高まったり、感動を味わったりして生活のメリハリが生まれてくるのである。特に最近は子どもの生活体験が乏しくなり、いわゆる指示待ち世代と言われるように、自ら進んで人とかかわったり、楽しみを作り出すことの出来ない子どもが増えている。それだけに豊かな活動の時間が必要なのだ。

 しかし時間数確保という指導の中で、子どもたちが楽しみにしている行事が次々と学校から消えている。遠足はもうとっくの昔になくなって、キャンプ合宿、音楽会、文化祭の劇がなくなり、体育祭は練習しなくてもできる簡素なものへ、そして文化祭や体育祭それ自体もなくそうという提案が職員会の議題にのぼり始めた。昨年、福山市内で文化祭などに向けての活動時間を確保するために、授業をカットしていた学校が摘発された。その学校はさんざんマスコミにたたかれた挙句、卒業式の後わざわざ生徒を登校させて、追加授業を行うという事態に追い込まれてしまった。現場の立場から見れば、それらはどこもごく普通の学校である。いやむしろ熱心な教員が生き生きとした活動を作り出そうとしていた学校だったのだ。学力というものは、生徒を長い時間机の前にすわらせていれば身につくというものではない。そんなことは現場にいればすぐわかることだ。子どもに生活の張りを与え、意欲を育てる必要性から、いろいろな行事が考えられて来たはずである。

 福山の話を聞いて管理職はみな震え上がったのであろう。授業時間の一〇〇%確保が至上命令となる。ぎりぎりの時間数確保では不安だとばかり、先を争うように授業時間の上乗せをしようとする学校も現れている。結果として毎日六時間授業。始業式終業式の日も六時間。定期試験の日も試験を行なった後六時間目まで授業を行う。挙句に夏休みにまで授業をする学校すら現れた。ゆとり教育を標榜しながらその内実は、生徒も教職員も息つく暇もない汲々とした生活を余儀なくされている。

 子どもは素直だから、こんな過酷な情況でも一生懸命適応しようと頑張っている。学校では苦しい声をあげることさえ自由にさせてもらえないから、子どもたちの悲鳴はなかなか聞こえてこない。しかし不登校の増加、高校の中途退学者の急増といった数字に、締めつけられる苦しさがじわじわ現れているように思う。教員の側も病休に入る人が急増している。代替講師の目ぼしい人を全て駆り出しても足りない。なかなか代替の先生が見つからなくて、二ヶ月近くその授業に穴の開いたままの学校もあるという。 

 僕の妻もやはり中学校に勤務しているが、昨年四月からずっと帰ってくるのが九時一〇時である。荒れた生徒にかかわってというのではない、無味乾燥な書類作りや子どもの顔が見えない会議で忙殺されているのである。そして本来は勤務時間内でやるべき教材研究を家に持ち帰っては深夜までやっている。土日もノート点検やテストの採点で追われている。これはもはや人間の生活ではない。体力的にも限界で、このうえ創造的な仕事をせよと言われてもそんなゆとりはどこにもない。結局こんな情況の中、無理のきかない年齢になった教員や人の痛みを感じる教員から、退職に追い込まれていくのではないかと思われる。

 まだ記憶に新しい尾道の高須小学校の校長が自殺した事件も起こるべくして起きた事件であると思わざるを得ない。その学校では、校長が自殺に追い込まれる前に、教頭が二人まで倒れたというではないか。現場にいればその辺の空気はものすごく実感できる。そしてこんな状態が続けば、さらに第三第四の犠牲者が出るのではと危惧される。

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 こんな話を外の人にすると「それでなぜ先生たちは黙っているんだ?」と言われる。決して黙っているわけではない。ずっとずっと以前から、非民主的な動きに対して民主的な意見を言い続けてきたせめぎ合いは昨日今日に始まったことではない。すでに述べたように、組織的で理不尽な力によって、反対できない状況に強引に持っていかれて今がある。しかし最も残念なことは、厳しい状況に立ち至って人の心が変わり始めたことである。

 今までは常識的にまじめな先生はいい先生だった。しかしこれからはまじめな先生といい先生はイコールではない。まじめな人ほど生徒の気持ちを押しつぶし、活力を失わせる皮肉な結果となろう。以前のように同和教育というものさしがあって、職員室のベクトルが元気で人間味豊かな子どもを育てるという方向を向いているときはよかった。人生や世の中のことをあまり深く考えてなくても、いい先生でいることは可能だった。しかし、今のような状況になってくると、体制に従うか生徒を取るか、究極の選択を迫られているようなものである。自分を持たない『いい先生』の化けの皮がはがれていくという、情けない事態となっている。以前人から聞いた話で、どんな世界でもやる気のある人一割、足を引っ張る人一割、あとの八割は主体性のない人だそうで、この割合は職員室でも当てはまる。確かに子どもの側に立って体制を批判できる筋金入りの信念を持った人は、一五人くらいの職員室に一人か二人いればいいほうで、常に体制側からものを言う管理的な教員が一人か二人、あとの八割はまじめで素直で、子どもといるのが好きな優しい人たちである。しかし残念なことに闘えない人たちなのだ。陰で愚痴や不満は言っていても、職員会議の席で発言をしない人たちなのである。彼らは「ほんとはこんなことやりたくないのに・・・」「今のご時世だから仕方がない・・・」とさしたる抵抗もせずに節を曲げていく。

 子どものことが好きだった教員が元気をなくしていく一方で、逆に元気になった教員もいる。子どもとかかわるよりパソコンに向かっているほうが好きな人たちである。同和教育のもとでは差別的な体質を批判されていた彼らが、県教委の締めつけの中では水を得た魚のように生き生きしているのも皮肉な現象である。このことも県教委が進める改革の方向性を示唆しているといえよう。

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 今年度からは教員一人ひとりの実績を問う能力主義が導入され、いずれ給料にも差がつけられるという。これまでの状況を見れば、県教委がどのような仕事を評価しようとするのか明らかであろう。『あたたかいクラスを育てる』といった自己目標を提出したところ、数値目標を出せとつき帰されたという。ある小学校では『優しい心』を数値化するために、教室に花を持ってきた児童の人数をカウントしようと大真面目に話し合っていると聞く。県の教育長を迎えるのに『歓迎常盤教育長様』と生徒会執行部の子らに強制的に看板を書かせた中学校があるというし、教職員の飲みの席に指導主事を呼んで、接待に気を使う学校が増えているとも聞く。二年前なら笑い話になるような話が笑えぬ話として伝わってくる。現場は完全に歯車が狂ったとしか言いようがない。この上もし能力主義が実働し始めたら、自分の実績にならない隣のクラスの生徒にはかかわらないという風潮になろう。また平均点を下げる生徒を切り捨てる心配もある。ハンディを負った生徒は全てを本人の責任にされ、ほったらかしにされよう。このままでは、ますます子どもも教員も元気をなくし、学校が冷たい苦痛な場所になっていくことは必至である。そこまでして県教委が作りたかった上意下達の体制。今後ここをどのような命令が流れてくるのか?主体性を持ったひとりの人間として注視し、抵抗していこうと思う。

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 平和学習をしていると、戦前の日本人はなぜファシズムに反対しなかったのか?戦争を止められなかったのか?と生徒たちが質問する。その答えが今身に沁みてよくわかる。自分の身の回りに次々と持ち込まれる驚くべき変化。時代が動くというのはこういうことだったのだ。


くろたけ あきら/広島県中学校教諭

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