インタビュー 混迷きわめる小泉・竹中経済政策

                 侘美 光彦

2003.9.20 229


  経済財政諮問会議 

 −−日本経済の回復の見通しがなかなか見えてきません。最近ではりそな銀行への公的資金投入などが議論の的になっていますが、これらの状況をどのように評価されますか。

 前回にお話してから(本誌二二二・二二三号)、日本経済には大きな変化がなく好転の兆しはないというのが現実です。ゆるやかなデフレーションが依然として進行しており、投資も低迷したままで少し増加しかけては、また低下するという状況です。株価も一進一退で、局面的には九〇〇〇円台と少し上がったりもしますが、これがさらに大きく上がっていく可能性は見えません。日銀の金利も、事実上のゼロ金利のままで資金がだぶついて、ついに金融機関どうしのコール市場でマイナス金利という異常事態が生じています。金融政策がまったく効かないという点も変わっていません。ですから、私がこれまでも言ってきたように、ゆるやかなデフレ・スパイラルがつづいているということです。このような状況に対して、小泉政権の経済政策もあいかわらず混迷をきわめています。とくに最近では、財政問題について重税方針が各紙で報道されており、ますます景気の見通しが暗くなっています。

 議論の的になったりそな銀行問題については、「税効果会計」というのが少し複雑です。当期の貸倒引当金などの損失について、来期以降にその分が減税になって還付されるという効果を先取りして、それを自己資本として評価するという奇妙な制度だったのを、少し厳密に常識的な線で解決しようということになり、りそな銀行を監査したら、倒産まではいかないが、事実上その寸前であるという評価になり、公的資金を投入したということです。

 ところが、ここには二重の誤りが含まれています。銀行の自己資本などについて、厳密に評価しようというのは、一般的には正しいでしょう。しかし、二重の誤りの第一は、竹中平蔵大臣が、銀行経営を健全化すれば、景気が良くなると思っていることです。デフレ・スパイラルのもとでは、金融政策では問題を解決できないので、たとえ銀行経営を健全化しても、企業に対する貸し付けは増えないし景気は回復しません。第二の誤りは、りそな銀行に対して経営健全化を求める厳しい姿勢でのぞみながら、他方で、公的資金を投入するということです。この政策は、公的資金の投入を前提にしているわけで、二つの論理がまったく矛盾しています。銀行経営を健全化して、市場の活況をとりもどそうというのは、竹中大臣の市場合理主義にのっとっているのですが、他方で公的資金を投入するというのは、非市場主義的経済政策です。これらを同時にやろうというのです。

 もし、竹中大臣が公的資金を投入しなければ、首尾一貫します。もちろん、そうした政策をとったら日本経済はもっと酷いことになりますが、その後には、景気は回復にむかうかもしれません。ところが現状では、市場主義的政策と公的資金投入という非市場主義的政策を同時にやっているので、ひじょうに曖昧模糊としたやり方になっています。もし、公的資金を投入することが必要で、それが前提だと言うのなら、なぜ公的資金を投入しないといけないような経済情勢になっているのか、その根本的な原因をはっきり見極めないといけません。それは、銀行だけの問題ではなく、実体経済そのものが事実上のデフレ・スパイラルに陥っていることにあります。ですから、市場主義的な政策では対応できないことを見極め、財政・金融政策をきちっとやらないといけないのです。にもかかわらず、竹中大臣は、そのことをまったく見ていません。

 他方で最近、東大の吉川洋氏が新聞紙上に一つの見解を出しています。吉川氏は、ケインズ主義者ですが、小泉内閣の経済財政諮問会議のメンバーに入っています。彼は、公的資金の投入は、金融システム安定化のために必要だと主張しています。産業企業の場合には、それが破綻しても公的資金を投入する必要はないが、銀行の場合には、金融システム安定化のために公的資金の投入が必要だと言うのです。これは、ある意味では通常の考え方で、第二次大戦後の資本主義経済ではどの国でもそのような政策をとってきました。そうして通貨を安定させなければ、資本主義経済の基礎がもたないというのは、そのとおりです。しかし、金融システムの安定化だけが、経済システムを維持するための問題なのではなくて、金融システムの安定化を計らなければならないようなときには、同様に、産業や実体経済をどう安定化させるかという政策を、同時にきちっとうちださなければならないのです。ですから、産業や実体経済の問題を無視して、金融システム安定化だけを問題にするのは、首尾一貫しないと思います。

 −−それでは、日本経済を好転させる条件というのは、まったく存在していないのでしょうか。

 それについて言うと、日本経済には少し新しい状況が生まれています。というのは、昨年あたりから平均賃金水準がはっきりマイナスになり、下がりはじめたことです。それまでは、ゆるやかに下がり、少し上がっては、また下がるという状況だったのが、ついに年二%以上も下がるようになっています。それだけ、労働者に皺寄せがおよびはじめたということですが、この状況がすすむと、日本経済の条件として一つの転換点になる可能性があります。それは、労働生産性の上昇率と賃金の上昇率との関係が、企業利潤にとってきわめて大きな問題になるからです。企業が設備投資をする場合、それは労働生産性を上げて効率化するための設備投資なのですが、賃金がそれ以上に上がったら、企業利潤が賃金の方に取られてしまうものですから、労働生産性の上昇率の方が賃金の上昇率よりも高いということが、企業が設備投資を拡大する条件として大きいのです。そして、労働生産性の上昇率よりも賃金の上昇率の方が高い場合には、企業は設備投資を増やそうとしないので、財政支出による需要拡大政策は効かなくなるという問題があります。

 この点について少し説明しましょう。従来的な財政政策で代表的なケインズ政策は、需要と供給にギャップがあり、不完全雇用で失業者が増えたときには、ケインズ自身が言っているように、どんな無意味なもの。。例えば宝物をどこかに埋めてそれを掘り出すというようなこと。。であっても、需要の不足分だけ財政支出によってそれを埋めれば、景気が回復すると言う理論です。しかし実際には、歴史的に見ても、いつもそうなるわけではないのです。ケインズ政策が良く効いたのは、アメリカの場合には一九五〇年代後半から六〇年代前半、戦後の高度成長と呼ばれた時期です。その時期の労働生産性の上昇率と賃金の上昇率をくらべると、労働生産性の上昇率の方が高かったのです。ですから、ケインズ政策をおこなうと需要が拡大し、それにともなって企業の設備投資が拡大しました。設備投資をやると利潤が増加するので、企業が設備投資を拡大し、それがさらに乗数的に関連的な投資を拡大させていったのです。

 ところが、六五年にかけて労働生産性が次第に下がりはじめ、六〇年代後半以降は賃金が急速に上がっていったので、賃金上昇率の方が労働生産性上昇率よりも高くなり、その関係が逆転してしまいました。この時期から、ケインズ政策が効かなくなったのです。そして、この関係がさらにすすんだ七〇年代には、景気が停滞したもとでインフレーションがすすむという、いわゆるスタグフレーションの状況に陥りました。この時期にケインズ政策を実行すると、雇用状況は改善せずに物価だけが上昇するということになったのです。ですから、スタグフレーションというのは、労働生産性上昇率よりも賃金上昇率が高くなりケインズ政策が効かなくなった経済状況のなかでうまれたのです。こうした状況は、十数年間つづきました。

 そこで、八〇年代はじめにレーガン政権が登場して、レーガノミックスと呼ばれる反ケインズ政策をとるようになりました。新古典派理論による貨幣政策と供給重視のサプライサイド経済政策にもとづいて、減税や規制緩和をおこない、物価問題は貨幣量で調整しようとしました。ここでレーガンがやった規制緩和のなかに、ふつう言われる政府規制の緩和のほかに、「労働組合の規制緩和」というものがありました。当時、航空やトラクターなど労働組合の猛烈なストが行われていたのですが、レーガンはこれと対決して労働者の賃金を抑え込もうとしたのです。それまでのアメリカの労働契約は三年契約で、いったん賃金を上げるとそれが三年間続いたのですが、レーガンはこれを一年契約に変えて、契約毎に賃金を下げていって、三年間で賃金上昇率が大きく下がり、実質賃金の上昇率はほとんどゼロになりました。労働生産性の上昇率はわずかだったのですが、それまで高かった賃金上昇率を抑え込んだことによって、かつてのような、賃金上昇率よりも労働生産性上昇率の方が高い世界にもどりました。

 他方で、レーガンは財政赤字をなくすと言っていたのですが、実際には財政支出を増やしました。ところが、この財政支出が効きはじめたのです。八三年頃から、急速に企業の設備投資が拡大し、好況になり、その後の長期の景気拡大へとつながったのです。ですからレーガンは、反ケインズ政策を実行しながら、自らは自覚することなく結果として、「怪我の功名」でケインズ的な財政政策が効果をあげるような経済世界をつくってしまったのです。ですから、レーガノミックスの効用とは、良く単純に言われるような、政府規制の緩和によってアメリカの経済が良くなった、というようなものではなかったのです。

 −−そうしたアメリカの経験とデフレ下の現在の日本経済を比較した場合に、どのようなことが言えるのでしょうか、またどのような政策をとったら良いのでしょうか。

 アメリカの場合には、スタグフレーションのなかで財政政策が効かず設備投資が停滞する経済条件だったのですが、現在の日本の場合には、デフレーションのなかでそのような状況が九七年以降続いています。それが、ゆるやかなデフレ・スパイラルの特徴でもあります。この両者には、物価の上昇と物価の下落という違いがあるのですが、労働生産性上昇率よりも賃金上昇率が高く、設備投資が拡大しないというのは、同じ条件です。

 そこで話をもどすと、現在の日本で賃金が下がりはじめて、労働者への負担が大きくなってきたのですが、労働生産性上昇率が賃金上昇率を上まわる可能性をもったこの条件の下で、もし政府が正しい財政政策をとれば、それが効果をあげ設備投資の拡大と景気の回復につながる可能性があります。ところが小泉政権には、まったくそのような意識がありません。財政支出については、国債三〇兆円という枠があって基本的には増やさないことになっています。もちろん、財政支出を増やしても、これまでのような公共投資ではダメで、それが設備投資を拡大し労働生産性を上げるようなものでないといけません。そうすれば、経済状況は好転するはずです。しかし、小泉政権はまったくそれをやらないので、依然として日本経済は不況から脱却できない状況をつづけているのです。

 じつは最近、衆院の公聴会によびだされて話しをしました。「デフレ・スパイラルの下ではこれまでのような経済政策は効かないので、ちゃんとした財政支出をやるべきだ」と言ったら、自民党の「抵抗勢力」から「そうだ、竹中は間違っている」とおかしな声援を受けてしまったのですが、「財政赤字のなかで財政支出を拡大しても良いのか」という質問に対して、「不況がつづく限り税収が減って財政赤字は増えていくので、一時的に赤字が増えても景気を好転させてから、長期的に財政健全化をやれば良い」と答えました。その財政支出とは、これまでのように公共投資をバラまくのではなく、設備投資を増進できるようなもの、研究開発や生産性上昇を促進するような財政支出です。それしか方法はないでしょう。

 問題は投資条件の改善です。それが、労働者を犠牲にすることによって、やっと生まれはじめているのですから、ここで政府が正しい財政支出をやらないといけません。もしそうしないと、また日本経済は沈滞をつづけることになるでしょう。日本の財政赤字を解決しないといけないのは、そのとおりです。しかしそれは、いったん景気を回復させてから、長期の計画として少しずつそれをすすめるべきで、経済が立ち直っていないときにそれをやれば、状況はもっと酷いことになってしまいます。ところが小泉政権は、不況の根本的原因をみるのではなく財政や金融の表面的な問題点だけをとりあげて議論をしています。

 竹中大臣をはじめ経済財政諮問会議など小泉政権の政策担当者たちは、アメリカの近代経済学の理論にのっとっており、それを無条件に受け入れて、誤った政策をつづけているのです。彼らは、いつもアメリカから評価され褒められているのですが、どちらも同じ理論で基本が間違っているのですから、意味がありません。戦後のアメリカの近代経済学は、どんどん間違った方向にすすんできたと思います。経済学は、ひじょうに精密化されているのですが、間違った方向に精密化されています。とくに新古典派理論や、それをケインズ理論と合わせた考え方などは、非常に細かいことをやっているのですが、大恐慌の経験などをふまえておらず、大恐慌で事実上破綻した理論を復活させたものです。日本経済新聞の「経済教室」などに登場する評価も、ほとんどが新古典派理論によって占められています。経済動向の細かい事実は沢山ならべられているのですが、経済の全体をつかんで、どのように評価し、どうしたら良いのかという理論がありません。私のような主張は、国会では話させてもらったのですが、他にそのような主張をする人もあまりいません。小泉・竹中経済政策が、このままつづくようならば、日本経済の好転は、なかなか困難なのではないでしょうか。


たくみ みつひこ/立正大学経済学部教授・同大学経済研究所長。一九三五年生まれ。五八年東京大学経済学部卒業、六五年同大学院経済学研究科博士課程修了。八〇〜九五年東京大学経済学部教授。九五年同大学名誉教授となる。以後現職。著書に『国際通貨体制−−ポンド体制の展開と崩壊』七六年、『世界資本主義』八〇年、『世界大恐慌−−一九二九年恐慌の過程と展開』九四年(九七年日本学士院賞受賞)など。
※インタビューは2003年7月収録
 
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