連載 ある学徒兵の戦後(28)

          上尾 龍介

2004.11.1 242  


 伐採作業が開始されてから二度めの休養日の朝、僕は泥のような深い眠りから目ざめた。

 二重窓になった枕もとの窓ガラスが凍って、すりガラスのように白い。

 雪の結晶に似た花模様が、明り窓ほどしかないガラス窓一面に、ぎっしりと生じていて、よごれたガラスを白くしているのである。

 針で描いたような、天然の花模様である。この幾何学的な精巧な造花を、じっと見つめていると、思わず、ゾッとするものが背中を走って、反射的に顔をそむけると、頭から毛布を被った。

 明るくなった今頃は、いつもならば、よろける足を踏ん張りながら、山道をたどっている時間である。だが今日は、寒風にこごえながら歩かなくてもよい。

 今しがた、外から入って来た不寝番の、いくらか気合の入った

 「めし上げ」

の声が、まるで呼び売りの声のように響くと、いつものように、飯盒の触れ合う金属音と、人のざわめきとが混り合って、めし分け、がはじまる。いつもなら、まだ明けていない真暗な室内の、ペーチカから洩れてくる明かりの中で、それは始まるのだが、今日はすでに、小さな窓から、ぼんやりと薄い外界の明かりが入って来ている。

 その、どんよりと明るんだ捕虜小屋の内部には、昨夜来の濁った空気が、まだ眠ったように淀んでいる。その空気を掻き回すように“めし分け”がはじまるのである。

 僕たちの棟の北西の、少し離れた場所に炊事の小屋はある。各小隊の不寝番の者は、雪明かりの中を、その炊事小屋まで行き、湯気のこもった暗がりの中で

 「第三小隊、三十名」

と叫んで高粱(こうりゃん)めしを受け取ってくるのである。三十名分のゆるいめしは、六本の飯盒に、べったりと、一杯に詰められている。その飯盒の一本を五人で分けるのであるが、分け終るまでの長い間を、兵隊たちは息を詰めるようにして、飯盒の蓋をじっと見較べる。

 ウラジオに上陸して以来、僕たちは慢性的な飢餓状態に置かれていたが、山の収容所に来てからは、その上、未経験な伐採作業という重労働に従事させられることになったために飢餓は急速に深まっていったのだった。

 どの兵隊も、見る見る衰弱の度を加えて行き、八キロの道のりの往復にも苦しむようになっていった。

 その頃の僕は、この収容所の食糧は、ウラジオストックのよりも、かなり少いのではないか、などと思わぬ日はなかった。食事の支給は、日に三度であったが、そのわずかな糧食は、食べ終るたびに、いつも、空腹を呼び覚ました。

 普段はどこかに眠ってしまっている空腹感という人間らしい感覚が、この時、思い出したように眼をさますのである。「露助の奴、腹減らすためにメシ食わしよる」などと、あきらめたような顔で、時に冗談を言う者も居た。こんな生死の土壇場まで追いやられていても、人間というものは冗談を言う。

 だが、食後に蘇ってくる、あの竹で削(そ)がれるような空腹感も、食べ終ってのち、時間が経つにつれて、いつの間にか薄れていって、その後には喘(あえ)ぐような体力の弱りと、そのまま倒れ込んで、眠りに落ちてしまいそうになる脱力感とが全身を蔽った。だから兵隊たちは、誰も、眼をつぶって時間さえあれば横になった。

 普通の生活では考えられもしないことだが、眼をあけているという、ただそれだけのことが、どれだけエネルギーを要することなのかを、僕たちは痛切に知った。

 そんな状態に置かれた日常の中では、めしを食うことのほかには、何の関心も僕たちにはなかった。

 シベリヤの捕虜になるまでの青年時代をつうじて、人間の最も根源的な欲望というものは、性欲であるに違いない、などと僕はずっと思っていたのだったが、シベリヤの捕虜という境遇に置かれてみて、はじめて、それが動物としての浅い体験に立ったものに過ぎなかったことを知った。

 こんな状態だったので、兵隊の関心は、朝晩の“めし上げ”の時に集中した。

 飯盒の蓋に盛られた自分のめしを、ほかの者のそれと較べる時、兵隊たちの窪んだ眼は、たちまち生気を取り戻して異様な光を帯びるのである。それは僕も全く同様であったに違いない。

 兵隊たちには、めしを食うたのしみと、眠ることのたのしみ以外には、何もなかった。思えばこの二つは、そのまま、生き延びる力につながっていたのだ。

 兵隊たちはその頃には、それぞれが、板を削って作ったスプーンを持っていた。スプーンと言うより箆(へら)と言ったほうがよいような平べったいしろ物なのだが、柔らかすぎて粥に近い僕たちのめしを食べるのにこれは最適の道具であった。当番の者たちは、その自分の箆で五人の者のめしを分け始めるのである。

 兵隊たちは、彼の手もとをじっと見つめている。一粒でもこぼれることを許さぬ張りつめた視線の集中の中で、当番の者が、五人の蓋に念入りに分け終えると、それまで、まばたきもせず、一部始終を見つめていたというより監視していた者たちは、今度は、当番に代ってそれを見くらべ始めるのである。

 腰をかがめて、水平の位置から見透かすように眺めて、盛り上りかたの高低を較べながら、

 「こっちが少し低い」
という者が居れば

 「いや、そんなこたあねえ」

などと言い合う者が居たりもしたが、それよりも、次つぎと手に取ってみて、その重さを較べることの方が多かった。

 彼らは、すべすべした飯盒の蓋から、じかに手に伝わってくる高粱めしの温もりを感じながら、首を少し傾けるようにして、それぞれの重さの微妙な違いを量ろうとした。

 誰かが、或る一つを下に置いて、

 「これ、ちょっと重くねえか」

と言うと、ほかの者は、すぐに手にとって、自分で確かめようとした。

 めしを分け終ると、兵隊たちは自分の寝床へ持って行って舐めるように食べた。食べながらも、彼らは辺りを警戒していた。それは、少し前に小さな事件があったからだ。

 その頃は、晩めしの時は狭い木の卓に並んで、それを囲むようにして食べていたのだが、或る晩、一人の初年兵が、分配を受けためしを、さあ食べようと卓に置いたとたん、後から伸びた手に、突然、めしの半分ばかりを「ぐしゃっと」さらわれてしまう、という事件が起きたのだった。

 めしをさらった兵隊は、素知らぬ顔で自分の寝場所に戻って行き、事件はそれで終った。

 この時、さらわれた初年兵が、相手の古兵を殴りつけるなどということは、到底考えられぬことであった。捕虜になった第一年目のこの頃までは、まだ旧軍隊の規律が、かなり残骸をとどめていたのである。

 だが、この時のめし泥棒が、仮に同じ初年兵だったとしても、取られた男は、彼に殴りかかるようなことは、恐らくしなかっただろうと思う。

 たとえ殴りつけてみたとしても、食われためしが返りはしないのだから。ならばと、外に出て野草をむしって食おうとしても、そこには雪しかない。

 だがそれより前に、彼にはすでに、人を殴る力など残ってはいなかった。もし多少の力が残っていたとしても、その争いで失われた力が再び、戻ってくるあては、どこにもない。

 めしを取られた初年兵は不運であったと、ただそのように誰もが思ったに違いない。そして、明日、自分を見舞うかも知れない災厄を誰もが恐れた。

 このことがあって以後、兵隊たちは皆、自分の寝床の毛布の上に座ってめしを食うようになった。そして、飯盒の蓋を手で蔽うようにして、警戒しながら食べた。


かみお りゅうすけ/九州大学名誉教授

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